こんなときこそ、例のあれ

 突如、轟音が響いた。どうやら、巨人の足下の地面が陥没したみたいだ。たぶん、廉君が何かしたんだと思う。


 陥没でできた穴はかなり深いらしく、巨人は完全に右足が埋まってしまっている。そのせいで僕を踏みつぶそうとしていた左足も狙いが逸れたみたい。おかげで、踏みつぶされずに済んだ。


『邪気の結界が緩んだからギリギリで干渉できたよ。もう、瑠兎は無茶するなぁ』


 ホログラム……ではないんだろうけど、そんな感じに薄らと透けた廉君が目の前に姿を見せた。今まで廉君の干渉をはじき返してきた結界のようなものが緩んだ隙をついて僕を助けてくれたみたいだ。


 結界が緩んだのは、たぶんゴドフィーが攻勢に出た影響だろう。大量の特殊個体に高密度な邪気を纏った巨人。結界に回す分の邪気まで使って僕を潰すつもりだったんだと思う。その判断は、ある意味成功で、ある意味失敗だったと言える。僕はたしかに追い込まれたけれど、その代わりに廉君の干渉を許してしまったわけだからね。


『時間がないから手短に説明するよ。結界が緩んだとはいえ、僕が干渉できるのはこれっきりだと思う。いくら使徒相手とはいえ、大きな影響を与えることは許されていないんだ。それに結界が少しずつ復活する兆しもあるし』


 廉君が申し訳なさそうな顔でそう言った。神様っていうのは、やっぱり不自由そうだね。そんな中でも廉君が最大限僕に力を貸してくれているのはわかる。不満なんてあるはずもない。

 ふいに、歓声が上がった。そちらを見れば、氷の茨が巨人をギリギリと締め上げるように拘束していた。その力の源泉はスピラとローウェルから立ち上る青白い光のようだ。


『よしよし。打ち合わせ通り、精霊神も力を貸してくれているみたいだ。あいつが使徒を通して、巨人を拘束してくれる。でも、それも長くはないはずだ。精霊神も過度な干渉は禁じられているからね。だから、瑠兎にはその間にどうにか巨人を倒して欲しい』

「うん、やってみるよ!」

『ありがとう。苦労をかけて悪いね』


 最後にそういって廉君の姿は消えた。

 廉君は申し訳なさそうにしているけど、僕だってこうなることはわかって使徒になったんだ。気にすることはないのにね。この世界には廉君もいるしハルファたちもいる。邪神だろうと試練神だろうとどちらでもいいけど、そんな奴に好きにさせるつもりはないんだ。


「とはいったものの……どうしようか」


 さっきの感覚からすると、一度や二度追加でクリーンをしたところで、巨人にはほとんど影響はないだろう。それほどまでに高密度な邪気を、あの巨人は纏っている。僕のマナは同レベル帯でもそれなりの量らしいから、僕以外の冒険者にもあの巨人を浄化しつくしてしまうほどのマナがあるとは思えない。


「だからといって、正面撃破も厳しいんだよね」


 巨人が拘束されて身動きできない今は攻撃のチャンス。冒険者たちはこぞって攻撃を仕掛けているけれど、ほとんどダメージを与えているようには見えない。うざったそうにしているから、全然意味がないってことはないんだろうけどね。でも、拘束が解ける前に致命打を与えることはおそらく無理だ。


 効率を考えると、やっぱり浄化が一番だと思うんだよね。どうにか、あいつを浄化できるだけのマナが確保できればいいんだけど。どこかに、大量のマナを保持しているような存在はいないかな。


 ……あれ、待てよ?

 マナをどの程度所持しているかわからないけど、でっかい存在が目の前にいるぞ。これだけでっかければ、それなりにマナを持ってるんじゃないかな?


 いや、例え持っていなかったとしても、マナが枯渇すれば大抵の生き物は身動きがとれなくなる。こいつからマナを引き出してこいつ自身を浄化すれば、浄化が完了するかマナが枯渇するかで決着がつくんじゃない?


 そんな都合のいいアイテムがあるかといえば……あるよね。そう、僕が作った特製爪楊枝だ。筋肉焼きの屋台が急に閉店になったから、作り置きの爪楊枝が大量に余っている。今こそ、あれを活用するときだ!


「ラーチェさん、ザッハさん! 協力してください!」

「お? ニャんだ、ニャンだ?」

「何か手があるんだな?」


 二人を含めて、近くの冒険者たちに特製爪楊枝の効果を説明して協力を仰ぐ。


「ニャはは! さすが、トルトだニャ! あいかわらず、突拍子もないニャ!」

「今度は爪楊枝か……。爪楊枝が街を救うのか……」


 ラーチェさんはノリノリで、ザッハさんは何かしらの葛藤を抱えたまま、それでも協力を約束してくれた。二人だけじゃない。マッソさん率いる戦士団のみんなも、筋肉焼きの恨みだとばかりに爪楊枝を巨人に突き刺し始めた。


「なんだ? 何をぉ、しているぅ?」


 それに気付いた巨人が何か喚いているけど、残念ながらまだ精霊神様の力を借りた拘束は続いている。あいつにできることはない。


「レイモンさん、巨人の顔めがけて、一番強い炎の魔法を放ってくれませんか?」

「お? 僕が仕上げ役でいいの? まかせといて!」


 特製爪楊枝で自己クリーンが発動する条件は、爪楊枝に触れた状態で『熱い』と考えること。攻撃を受ければ多少なりともダメージはあるんだから、巨人も火の攻撃を受ければ熱いと思うんじゃないかな。それに、どんな状態なのかはわからないけど、あの巨人にはゴドフィーとしての意識が宿っている。目の前に炎が迫れば、反射的に熱いって思ってしまう物だよね、きっと。


 今、レイモンさんによる渾身の一撃が、巨人の眼前へと迫る。ダメージそのものは軽微だったかもしれない。だけど、その効果は劇的だった。


「なっ、なにを!? か、体が……体が消える!? やめろぉおお!」


 直視できないほどの強い輝きが、巨人の体から放たれた。それと同時にやたらと大きな叫び声も。


 目と耳をやられて僕らも大変だったけど、巨人は――ゴドフィーは大変ではすまなかったみたいだ。光の強さと反比例するかのように、叫び声は徐々に力をなくし……ついには聞こえなくなる。


 光が収まったあと、まるで幻だったかのように巨人の姿は消えていた。代わりにそこにいたのは、横たわる一人の男。ゴドフィーの姿だけだった。


 今度こそ、決着がついたみたいだね。

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