高密度の邪気
「邪魔者はぁ……排除するぅ!」
黒い巨人が僕を踏みつぶそうとしてくる。迫り来る足はあまりにも大きく、その範囲から逃れるだけで一苦労だ。どうにか逃げ切って後ろを振り返ると、即席のバリケードの一部がぐしゃりと潰されていた。あんなのに踏まれたらひとたまりも無い。
完全に狙われているから、とりあえず逃げるしかない。
まあ、実を言えば逃げるのはそれほど難しくないんだけど。シャドウリープがあればわずかな時間で遠くまで移動できるからね。ただマナ消費がそれなりに大きいから、無闇に使うとマナ切れのリスクはある。それに僕だけを狙ってくるのはある意味で都合がいい。他の人が比較的自由に動けるからね。ここは僕が囮になって、他の人に攻撃して貰うのがいいだろう。そんなわけで、僕は魔法も使わずにひたすら逃げ回っている。僕の逃げた先の人を巻き込むことになるから、それはちょっと申し訳ないけどね。
巨人の攻撃は圧倒的な破壊力を誇る。だけど、動きが読みやすいから避けるのはそれほど難しくなかった。避けるのにもなれて、ちょっとだけ余裕ができたので周囲の様子を窺ってみる。僕の意図を察してくれたのか、ローウェルやザッハさん、それにいつの間にか駆けつけくれたらしいラーチェさんやマッソさんが、巨人の足に攻撃を仕掛けているのがわかった。
「くっ……! これは効いているのか?」
「ダメージは入っているはずニャ! とにかくひたすら攻撃するしかないニャ!」
「ぐぬぬ! 筋肉でもないのにこの強度とは……! しかし、そんなものは邪道!」
必死の猛攻は、あまり功を奏しているとはいえない。そもそも巨人が歩く度に足が動くから、なかなか攻撃を集中させるのが難しいんだと思う。グレイトバスターズのレイモンさんやネイトさんを筆頭に、何人かの魔法使いがタイミングを合わせて魔法攻撃をしているけど、そちらも有効打にはなっていないみたいだ。ちょっと鬱陶しい羽虫に対処するみたいに、手で振り払ってかき消している。
状況は……劣勢、かな。こちらの攻撃はほとんどダメージを与えているようには思えない。一方で、こちらは一撃でも喰らうと致命的だ。特殊個体撃退からの連戦で体力の消費も大きい。戦いが続けばどこかで致命打を受けかねない。
加えて、巨人から漏れる濃い邪気が僕らの体を蝕んでいく。それに気がついたハルファが鎮めのうたで浄化してくれているけど、マナ消費の関係で長期戦になればそれも途切れてしまうだろう。
となれば、やはりどこかで仕掛けないと駄目だ。幸いなことに僕には邪気浄化用クリーンという切り札がある。問題はあの巨体をどこまで浄化できるのかということ。おそらく“声”の浄化とは比べものにならないほどのマナが必要となるはず。
「でも、やるしかないよね!」
呟いて意志は決まった。次の踏みつけ攻撃のあとに仕掛けよう。
轟々とうるさい風音を響かせて、大足が迫る。ドンという地響きが踏みつけの瞬間を教えてくれた。すぐに振り返って、巨人の足のそばにシャドウリープで跳ぶ。
これならいける……!
「〈クリーン〉」
巨人に向かって魔法を放った。僕の身体から吸い上げられたマナが浄化の光となって巨人の体を覆っていく。
「おお……!」
「浄化の光か!」
近くにいた冒険者から声が上がった。見た目の上では特殊個体を浄化するときと同じような現象だからね。中には勝利を確信したような声もある。でも、実際に魔法を使っている僕の実感はまるで違った。
キラキラと眩しい光が巨人の全身を覆っても、マナの吸い上げが止まらないんだ。
足りない。絶望的にマナが足りない……!
「うっ……!」
思わず漏れたうめき声と一緒に、マナの吸い上げが止まった。浄化が完了したわけじゃない。マナが枯渇した影響で、意識が飛びかけて魔法が中断したんだ。
いや、実際に一瞬だけ意識が飛んだはず。それをつなぎ止めてくれたのが、傍に転がっているポーション瓶だろう。粉々に砕けて中の液体がぶちまけられている。おそらく、中身はマナ回復ポーション。どこかのお店から転がって来たんだと思う。運良く僕に降りかかったおかげで僕のマナが回復したんだ。
これは【運命神の微笑み】の効果かな。最悪な状況は避けられたけど……状況の好転とはいかなかったみたいだ。僕のマナは八割程度回復しているけど、頭がくらくらして、気分は最悪。まともに動ける状態ではない。
「ぐは……ぐははは……! かかったなぁ、小僧ぉ? お前ならそうすると思っていたぞぉ!」
巨人が――ゴドフィーが嗤う。
どうやら、僕は彼が仕掛けた罠にハマってしまったみたい。おそらく、この巨人はとんでもない量の邪気をつぎ込んで作られているんだ。巨鳥とは比べものにならないほどの高密度の邪気。それを浄化しようとして僕がマナ切れを引き起こすことを見越して。
見上げた巨人は、もしかしたらわずかに縮んでいるのかもしれない。だけど、その判断がつかない程度には、圧倒的な巨体が維持されている。そして、その左足が大きく持ち上げられた。
僕を踏みつぶすつもりなのは間違いないだろう。
マナ切れの影響で体の動きが鈍い。走って逃げるのは無理だ。それならと、シャドウリープを唱えようとして――ズキンと頭が痛んだ。たちまちに魔法は霧散して発動に失敗してしまう。
絶体絶命の状況。そんなときだった。
『ふぅ。ぎりぎりセーフ!』
廉君の声が聞こえた。
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