黒い巨人

 これは僕が浄化するよりも、浄化用クリーンの付与魔道具で手分けして浄化した方が良さそうだ。


「みんな、これでおかしくなっている人達を浄化して!」


 とりあえず、収納リングから浄化用魔道具を取り出して、仲間たちに配った。商業ギルドに納品するために作っておいたものだけど今は非常事態だ。申し訳ないけど、使わせて貰おう。


「はい、これで大丈夫だよ」

「こっちの倒れてる人にも使っとくね~」

「お、おお! 声が消えた! 助かったよ、お嬢ちゃんたち」


 ハルファとスピラはコンビを組んで“声”の影響下にある人を浄化して回っているみたいだ。二人は上級冒険者と比較しても平均よりマナは高めだ。現状で声の影響を受けている人達を浄化するくらいなら二人で十分だろう。


「おい、待て! 手を出せば洗脳されるぞ!」

「わかっている! 問題ない!」

「……なんだ今の光は?」

「倒す前に浄化した。これで数を減らせる」

「おお!」


 ローウェルは魔物を減らす方向で活躍している。“声”を植え付けてくる特殊個体は事前に浄化すれば通常固体に戻るみたい。おかげで安全に倒すことができる。こっちにはシロルにプチゴーレムズまでが加わっているね。外見的に魔物には見えないだろうけど、明らかに人じゃない存在が、魔物に対して魔法を放っているんだ。事情を知らない冒険者たちは、ちょっと戸惑っているね。とはいえ、思ったよりも混乱は少ない。意外とシロルたちの認知度が高いんだ。例の筋肉焼きの……なんて声が聞こえるから、理由はわかるけど。


 みんなの活躍で、“声”の影響下にある人は周囲にはいなくなったはず。魔物も少しずつだけど数を減らしている。ただ、魔物が押し寄せているのはここだけじゃないんだよね。まだまだ数が多い。やっぱり、浄化の使い手が不足しているね。


「少年、来てくれたか!」


 作った付与魔道具をどうしようかと考えているところに、ザッハさんがやってきた。どうやらトルタさんが探してきたみたい。ここの実質的な指揮官であるザッハさんなら託すにはちょうどいい相手だ。戦力のバランスを見て、適切に配ってくれるだろう。


「ザッハさん、これを!」

「……は? いや、なんだこれは?」

「浄化用の付与魔道具です! ちょうどいい素材がなかったのでゴウブに付与しました」


 ゴウブはゴボウみたいな根野菜だ。素材にしていた木材が切れたので、代用した。数日前に大量買いしたので在庫は十分ある。


「信じられないかもしれませんが、ちゃんと浄化できます。ほら、あそこでローウェルがやってるみたいに」

「いや……そのことを疑っているわけじゃないんだが。君が突拍子もないことをするとはラーチェから聞いていたからな。ただ……ちょっとこう……もう少し素材はどうにかならなかったのか」


 ザッハさんはゴウブがご不満みたいだ。でも、一番木の棒に近いのがゴウブだったんだよね。他の野菜よりはマシだと思う。


「緊急事態でしたので」

「……そうだな。緊急事態だからな」


 ザッハさんは一瞬だけ苦しそうな表情を浮かべた。まるで、言いたいことを無理矢理飲み込んだような、そんな表情だ。だけど、すぐに気を取り直して、魔道具の使い方をあれこれと聞いて去って行った。さすがはAランク冒険者、見事な切り替えの早さだね。


 もっとも、去り際に「これが魔道具だと、どうやって説明すれば……」なんてぼやいてたけど。そこはAランク冒険者のカリスマでどうにかして欲しい。


 ある程度、ゴウブに付与を終えたところで僕も浄化に回る。ザッハさんは無事、説得に成功したみたいで、魔物撃破数が急激に増え始めた。とはいえ、数が数なので、掃討にはかなり時間がかかりそうだけど。


 多くの冒険者たちはある程度マナを消費したらエンチャンテッドゴウブを別の冒険者に手渡しているから、それほど負担は大きくないみたいだ。一方で、僕らはずっと浄化を使いっぱなしなので、かなりのマナを消費している。邪気転換の指輪で回復速度が上がっているとはいえ、浄化に必要なマナを賄えるほどではないからね。だから、マナ回復ポーションを在庫が空になる勢いで使ってしまった。


 とはいえ、奮闘の甲斐もあって、魔物の数はかなり減ってきている。掃討が完了するのも時間の問題だろう。


 そんなことを考えていたときだ。どぉんと重たく響くような振動がどこからか伝わってきた。一度や二度ではない。定期的な揺れは少しずつ発信源が近づいてくるようだ。


「おいおい、マジかよ……」


 近くにいた冒険者の一人が、空を見上げながら呟く。慌ててそちらを見ると、そこには山のようにそびえ立つ黒い巨人がいた。そいつは、街の中心のあたりから、こちらに移動してきているみたいだ。遠近感がおかしくなっているから、そいつの歩みはゆっくりに見えるけど……実際にはかなりの移動速度らしい。その大きな足は人間どころか、下手したら建物さえもぺちゃんこにしてしまいそうな迫力がある。


 近づいたからこそ、わかる。あの巨人は邪気の塊だ。鎧のように纏った黒い靄からは、嫌な気配がする。


 巨人はゆっくりと周囲を見渡すと……ある一点で視線を止めた。というか、たぶん、あれは僕を見てるね。


「見つけたぞぉおお! やはりぃ、お前かぁぁ! お前はぁぁ、試練の邪魔だぁぁ! 直接葬り去ってやるぅ!」


 その巨人はゴドフィーの声でそう言った。ずいぶんと怒っているみたいだ。

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