またもや潰える邪神側の企み
冒険者たち視点(三人称)
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アイングルナで一番の冒険者といえば誰かと問われれば有力な候補が何人か挙がる。いずれも才能豊かで一人に絞るのは難しい。だが、一番のパーティーはどこかという問いにはほぼ決まった答えが返ってくるだろう。そのパーティーこそがグレイトバスターズだ。メンバーはいずれも戦闘能力に長けたAランク冒険者。個々の能力もさることながら、連携の巧みさは見事と言うほかない。アイングルナダンジョンの最前線を担うパーティーの中でも頭一つ抜けた存在だ。
彼等は第三十一階層の探索を終え、予定通りアイングルナへと引き返すところだった。
「やっぱり、ラーチェがいないとちょっときついよね」
「そうだな。殲滅力がどうしても落ちる。その分、俺たち前衛への負担も大きい」
「前衛だけじゃないですよ。彼女がいないと落ち着いて魔法が唱えられません」
「ラーチェさん、ああ見えて細かくフォローしてくれますからね。改めて、かなり楽させてもらってたんだと感じました」
話題となっているのは、パーティーメンバーのラーチェ。彼女は臨時のギルドマスターに就任してしまったため、不在となっている。今回の遠征は彼女が不在となってから初めての最前線探索だった。
「まあ、それでも下への階段は見つけられた。ドヤ顔で煽られずにすみそうだな」
「あはは! たしかに、成果がなかったら絶対言われてたよね。やっぱりアタシがいないと駄目なのニャ~って!」
「ふふ……そうかもしれませんね」
「……そんなことになってたら、絶対僕に代われって言いますよ、ラーチェさん」
彼等が進んでいるのは第三十層だ。未だ油断できる状況ではないのだが、それでも彼等にとっては慣れた場所。周囲を警戒しながらも、談笑する程度の余裕はあった。
「おっと、魔物だ」
「ロックマジロ……でしょうか?」
そんなときだった。ロックマジロの特殊個体に遭遇したのだ。アイングルナではガルナラーヴァの声を警戒して特殊個体には手を出すなという指示が出ているのだが、長期遠征に出ていたグレイトバスターズはそれを知らない。難なく撃破したが、結果としてリーダーのザッハが声に憑かれることになった。
高レベル冒険者だけあってザッハの精神抵抗力は高い。簡単に洗脳されるようなことはなく、声に抵抗していた。とはいえ、そんな状態でダンジョンを進むのは無謀と判断。その階層で休むことした。帰還のクリスタルも所持していたが、アイングルナのダンジョンでは何故か手に入らない貴重品。ザッハの抵抗力が高く、他のメンバーからすればそれほど深刻な症状には見えなかったので使うまでもないと判断したのだ。
「なに? また特殊個体?」
「おかしな攻撃をしてくる可能性もあります。気をつけて!」
「気をつけますけど……この数はちょっと」
結果として、彼等の判断は間違いだった。休憩する彼等のもとに、特殊個体の群れが襲いかかったのだ。生き残るためには倒さなければならない。こうして、彼等は全員が声に憑かれることになった。
いかに高レベル冒険者といえども、神の声に抗い続けるのは難しい。彼等の精神は徐々に蝕まれていった。数日経った今では、もはや自分の意志で身体を動かすこともできず、自己の認識も曖昧で、ただぼんやりと目に入ってくる光景を眺めることしかできない状態だった。
『世界に試練を。そのために魔物の素材が必要だ!』
彼等の頭の中で声が喚く。身体はそれに従い、休むことなく魔物を狩り続ける。長期間魔物を狩らせるためか、それとも本能によるものか。狂騒的な声に支配されているわりに、彼等は致命的な危険はさけ無駄なく魔物を狩った。だが、超人的な身体能力を持っているとはいえ、休みなく動き続ければ限界はやってくる。
襲い来る蜂の群れ。うっすらと残る意識でザッハは死を意識した。怒りもない。悲しみもない。そんな感情はとっくにすり切れている。どうにか自我を保てているうちに死ねるのなら悪くはない。
そんなことを考えていたときだった。何の前触れもなく正体不明の存在が現れたのだ。薄らと青く透き通った人型。新種のゴーストだろうかとザッハは思った。だが、謎の存在はザッハたちではなく蜂に向かって攻撃を放った。
意味不明な事態に、混乱したのは“声”なのか自分自身か。ただ“声”の支配に沈みゆく意識が、少しだけ浮上するのをザッハは感じた。
次に現れたのは不思議な少年だった。正体不明のゴーストもどきと同様に突然現れた少年は何かを告げた後、蜂たちを攻撃しはじめた。すり切れた意識では何を言ったのかを正確に聴き取ることはできなかったが、“ラーチェ”という言葉だけが頭に残った。憎たらしい煽り顔がちらつき、また少し意識が浮上するのを感じた。
そして――……
「お前ら、腑抜けてるんじゃないニャ! アタシが来たからにはもう大丈夫ニャ! 気合い入れ直すニャ!」
今にも沈んで消えてしまいそうだった意識を強引に引っ張り上げたのはそんな声だった。身体の自由はきかない。だが、ザッハの意識は完全に覚醒していた。抵抗を諦めていた“声”の支配に、もう一度抗うことができるようになった。“声”は標的を変えたのか不思議な少年を殺せと叫ぶが、ザッハは、そして仲間たちは抗ってみせた。
だが、それも最後の抵抗だった。“声”の長期にわたる支配を受けた精神はすっかりと摩耗していた。一時は“声”の支配を撥ねのけることはできても、支配から抜け出すことはできない。
せめて、ラーチェに状況を説明して……そして介錯を頼もう。
ザッハが悲壮な決意を固めたとき、眩しい光が彼を包んだ。それは破邪の光だったのか。あれほどうるさかった“声”は最後の絶叫を上げたきり、聞こえなくなった。
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