蜂の軍勢

 近づくにつれて状況がわかってきた。まだ距離があるのではっきりと確認することはできないけど、数人の冒険者が群がる魔物たちと戦っているようだ。魔物の中にはひときわ巨大な個体もいる。あれはたぶんアビスクイーン。巨大な蜂の魔物で、無数の部下を従える女王でもある。ということは、周囲にうじゃうじゃいるのはアビスソルジャーかな。


 ランクでいえば女王がAランク。兵隊は単体戦闘力だとCランク相当だけど、群れで連携して襲ってくることを考慮してBランクとされている。女王が率いているとなると脅威度はさらに上がる。第三十階層でもっとも厄介な魔物たちだ。


「間違いないニャ! あいつらニャ!」


 遠目ながらもラーチェさんが断定した。第三十一階層を探索しているという話だったけど、戻ってくる途中だったのかな。運良く見つけることができて良かったよ。各階層はとても広いので、少しルートがずれると気付かずにすれ違ってしまうから。この階層に来てからまず物探し棒を使ってみるべきだったね。第三十一階層にいると思っていたから、確認を怠っていた。


「む? 押されているようだな」


 さらに近づいたところで、マッソさんが呟く。僕の目にも戦況は不利に見えた。四人は固まって戦っているけど、完全に蜂に囲まれている。前衛職らしい二人の奮戦と、ときおり発動する範囲魔法でどうにか蜂たちの猛攻を凌いでいるけど多勢に無勢。完全に守勢に回っているのでこのままではジリ貧だ。


「何をやってるニャ! しっかりしろニャ!」


 そんな状況を見てラーチェさんは苛立たしげに叫ぶ。彼女が焦るのも無理はない。遠目にも四人は限界が近いように見えた。僕らが駆けつける前に誰かが倒れても不思議ではない。


「アタシは先に行くニャ!」

「我が輩も先行しよう」


 これまで僕たちに合わせて走っていたAランクの二人がスピードを上げた。


「シロル! ハルファたちを乗せて走って!」

『わかったぞ!』


 ラーチェさんたちほどではないけど、巨大化したシロルなら素早く移動することができる。僕以外の三人を乗せて急行してもらおう。


『トルトはどうするんだ?』

「ここからならシャドウリープが使えるから! 先に行って!」

『わかった!』


 シロルを見送ってから、僕も行動開始だ。僕自身がシャドウリーブで跳ぶ前にやることがある。それは空気ゴーレムの作成。色つきで四体作ってから、収納リングから取り出した木の棒をそれぞれ二本づつ持たせた。一本はシャドウリープが、もう一本にはシュレッディングストームがそれぞれ使い捨て型で付与されている。色違いの印をつけておいたから間違える心配はない。


「あの四人のそばに跳んだあと、別々の方向に向けて攻撃して!」


 ゴーレムたちは頷いたあと、すぐに姿が見えなくなった。無事に転移できたみたいで、四人の冒険者たちの周囲に巨大な竜巻が発生するのが見える。


「アレンたちも攻撃に参加してもらうからね? 杖は持ってる?」


 呼びかけると、外套のポケットから顔をだしたアレンたちがこくりと頷いた。杖というのはもちろん僕が作った付与魔道具だ。彼らには攻撃魔法の付与魔道具をいくつか渡してある。使いすぎたら動けなくなってしまうけど、アレンたちは魔石からマナを回復できるからね。幾つか魔石をポケットに入れておけば、勝手に回復してくれるだろう。


「じゃあ、跳ぶよ!」


 竜巻が収まったところを見計らって、シャドウリープを使う。この魔法は自分にしか使えないんだけど、アレンたちのサイズだと一緒に転移できるんだ。所持品扱いになってるんだろうね。


 魔法の発動によって、視界が一変する。一瞬、平衡感覚が乱れるけど、もう慣れたものだ。すぐに立て直して周囲を見回すと、すぐ近くに冒険者たちの姿があった。四人はドロドロと薄汚れていて、とてもAランク冒険者とは思えない姿だ。


「僕はラーチェさんの知り合いです。助太刀しますね!」


 先にゴーレムたちを跳ばしたとはいえ、突然現れた人間に警戒しないわけがない。そう考えて声をかけたけど、どうにも反応が鈍い。ほとんど僕を気にかけることなく、蜂たちと戦っている。


 反応も返せないほどギリギリなのかな。格好もひどいし、ずっと戦い通しだったのかもしれない。早く休ませてあげた方が良さそうだね。


 すでに空気ゴーレムは消滅している。元々魔法が発動可能なギリギリのマナしか与えていないから仕方がないね。代わりに、プチゴーレムズがポケットから飛び出して、各々の判断で魔法を放っている。使っているのは主にシュレッディングストームだ。やっぱり範囲攻撃が有効ってことなんだろう。なんたって数が多いから。単体の強さはCランク相当なので、シュレッディングストームでも十分に削れる。一撃で倒すことはできないけど、こっちは僕とプチゴーレムズの五人で使ってるから、あまり問題にならない。何より、暴風が壁になって蜂たちの攻撃を防いでくれるからありがたいね。


「ニャ~! 先を越されたニャ!」


 そうこうしているうちに、ラーチェさんとマッソさんの二人も到着したようだ。


 ここから反撃開始だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る