気づかぬうちに潰える邪神側の企み

今回は三人称視点

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「やめて! もう聞かせないで!」


 一人きりの部屋の中で少女は声を荒らげる。


 いつからだろう、その声が聞こえ始めたのは。最初は優しい声だった。


 生まれつき足が不自由な彼女は、外で自由に遊ぶということができなかった。他の子に混じっても邪魔に思われるか、気を遣わせるか。そんな自分がみじめで悲しかった。


 そんなときだ。声が聞こえたのは。


『君の足は神が与えた試練だよ。人より苦労して生きる君は、きっと立派な存在になれる。今は辛いかも知れないけど、一生懸命に生きていればきっといいことがあるよ』


 神の試練だなんて大袈裟なことを信じたわけではないが、それでもその声は彼女にとって励ましになった。支えとなった。


 この苦しみの分、自分は強くなれる。苦しみに寄り添える人間になれる。そんな考えが彼女が生き抜く原動力になったのだ。


 だが、声は徐々におかしくなっていった。いや、隠していた本性が明らかになっていったと言うべきか。


『君だけが試練を課されるのは不条理ではないかな?』

『他の人間にも試練を与えよう。君にはその資格がある』

『世界に試練を。これは、人々が高みに至るために必要なことなんだ』


 励ましの声は、教唆の声へと変わった。試練とは言うが、その内容はたちの悪いものばかりだ。



 言葉のナイフで心をえぐれ。事故に見せかけて傷を負わせろ。試練と称して声は囁く。少女は拒むが、声は気にした様子もなく、止むこともない。ことあるごとに少女に人を傷つけるように唆すのだ。これは試練なのだと。正しい行いなのだと。


 今はまだ抵抗できる。しかし、声の囁きにいつまで耐えられるだろうか。少女は、その声がじわりじわりと自分の心を蝕んでいくのを感じていた。


 いつの日か、声に抗うことができずに、誰かを傷つけてしまうのではないか。恐れを抱いた少女は次第に人を遠ざけ、部屋に閉じこもるようになっていった。


 彼女の家族は、少女が閉じこもった原因を動かない足への失望だと考えているようだ。彼女も特にそれを否定しなかった。おかしな声が聞こえるおかしな子だと思われたくはなかったのだ。


 少女が閉じこもるようになってから、彼女の祖父が仕事をやめて人形師になった。前々からの趣味を仕事としたと言っているが、自分のためだろうというのは少女にもわかる。申し訳ないと思いながらも、たくさんの人形たちに囲まれることはうれしかった。何故なら、声も人形を傷つけろとは言わないから。安心して一緒にいられる。


 人形に囲まれながら、日に日に強まる声の圧力に耐える毎日。そんな日々は唐突に終わりを迎えた。きっかけは、祖父が持ってきてくれた新しい人形だった。


 長めの髪を二つ結びにした女の子の人形で、どことなく少女に似ている。見た目は、祖父がいつも作ってくる木彫りの人形と変わらない。しかし、大きな違いがあった。驚いたことに、その人形はひとりでに動き出すと、トコトコと少女の傍まで歩いて、お辞儀をしてみせたのだ。


 祖父は少女に言った。

 その子はレイレ。ただの人形じゃない。ゴーレムなんだよ、と。


 少女はゴーレムがどんなものかを知らなかった。普通のゴーレムは主人の命令通りにしか動かない存在だという知識がなかった。ゴーレムとはレイレのような意志のある人形のことなのだ。少女はそう考えた。


 ちょこちょこと忙しなく動く姿が可愛らしくて、少女はすぐにレイレを気に入った。ゴーレムとは言え人形だ。声もレイレを傷つけようとはしないだろうという考えもあった。


 しかし、声の反応は思わぬものだった。


『やめろ! そいつを近づけるな! 感じる! 感じるぞ……忌々しいやつの気配を!』


 声が示したのは今までに無い強い拒絶。普段の囁きとは違い、声音に余裕がない。そのせいか、声が頭の中に響く度にガンガンと叩きつけるような衝撃が少女を襲った。


『壊せ! それを壊せ!』


 いつもならば囁き、唆すだけの声が、そのときは違った。声に乗っ取られたかのように、少女の意志を無視して、彼女の身体が動き出す。レイレを破壊しようと、動かないはずの両足で一歩一歩近づいていく。


「やめて!」

「リル? どうしたんだ、リル!」


 様子がおかしいことに気がついた祖父が駆け寄ってきた。少女の身体はそれを振り払って、なおもレイレに迫ろうとする。だが、長年使っていなかった両足の筋力はすっかりと衰えていた。祖父を振り払おうとしただけで、バランスを崩してしまうくらいに。


「うっ……」

「リル!」


 転倒したときに、何処かに強くぶつけたのだろう。少女の額からは血が流れ、彼女の服を濡らしていた。そのことに気付いたレイレがとことこと少女に近づき、小さなポケットから取り出した小さな杖のようなものを少女の身体に突きつけた。すると、どうだろうか。不思議なことに、彼女の額の傷は一瞬で塞がった。


「おお、ファーストエイドか。ありがとう、レイレ。ついでにクリーンもお願いできないかい?」


 祖父の言葉に、レイレはひとつ頷くと、さきほどとは別の杖を取り出して、同じように少女へと向けた。その瞬間、少女の身体を眩しい光が包む。普通のクリーンとは異なる反応だ。祖父は何事かと目を見開くが、光が収まったときには特に大きな変化はなく、少女の服も綺麗になっていたので特に気にはしなかった。


 一方で、少女は頭をぶつけた衝撃で朦朧とする意識の中で、声の叫びを聞いた。


『やめろ! 私を……私を浄化するなぁぁぁ!』


 それは断末魔だったのだろうか。少女がそれ以来、声を聞くことはなかった。


――――――――――――――――――――――

本日、私用にて執筆時間が取れそうにないので

明日の更新はたぶんお休みです。

次回更新予定は明後日

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