心配してないニャ

 翌日。僕たちは改めてフィアトレント狩りを行った。引き寄せの札は使わない。使ったらまた妖精を引き寄せちゃいそうだからね。代わりに物探し棒を使ったけれど、それで十分だった。思った以上に、そこかしこにフィアトレントが潜んでいたみたいで、必要な木材はすぐに集めることができた。


 そんなわけで、お昼にはアイングルナに帰還。ジョットさんとは明日合う予定なので、フィアトレントの木材はそのときに渡すつもりだ。


 今日は特に用事も無いから午後からは自由行動でもいいんだけど、ちょっと冒険者ギルドに寄ることにした。というのも、妖精たちから受け取った素材類の中には僕があんまり使いそうにない素材があったんだ。主に健康面や美容面に関わる薬草類だね。収納リングがあるから持ってて困るものじゃないんだけど、使わずに貯めておくよりは他の人が有効利用した方がいいんじゃないかな。そんなわけで、納品できそうなものは納品してしまおうと思ったんだ。


 冒険者ギルドはいつもと変わらずにガヤガヤと賑やかだ。受付に並ぶ冒険者は仕事終わりの解放感で陽気な声を上げ、緊迫感の欠片もない。つまり、アイングルナには平穏が保たれているってことだね。邪教徒側に動きはなかったみたい。ちょっとだけ心配してたから安心した。


 ただ、いつもと違う点もある。それはラーチェさんだ。受付に座っているのはいつものことなんだけど、書類仕事をするわけでもなく、ぼんやりとして上の空なんだ。バッフィーさんもおかしいといえばおかしい。ラーチェさんの様子に気付いているのに、咎めるどころか気遣わしげな視線を送っている。


 どういうことなんだろうか。見ているだけではわからないので、人が並んでいないラーチェさんの方へと向かって声を掛けた。


「ラーチェさん、どうかしたんですか?」

「んぁ? ああ、トルトかニャ。何の話ニャ?」

「ぼんやりしてるじゃないですか。何か心配ごとですか?」

「べ、別に心配なんかしてないニャ! いつも通りニャ~! ささ、書類仕事の続きをやるニャ~!」


 平静を装うラーチェさんだけど、明らかにいつも通りじゃない。いつもなら僕らが来た時点で、これ幸いと書類仕事を後回しにするはずなのに。とはいえ、仕事をするというのなら邪魔することもできない。なので、納品ついでにバッフィーさんに事情を聞いてみた。


「ラーチェさん、どうしちゃったんですか?」

「それが……彼女のパーティーの帰還が遅れているんです」


 ラーチェさんが所属している冒険者パーティー『グレートバスターズ』はメンバー全員がランクA冒険者というアイングルナ最強の集団だ。メンバーはラーチェさんを含め五人。つまり、今は四人で活動している。


 彼らはこのダンジョンの最前線である第三十一階層への遠征中らしい。それほどの階層になると往復だけでかなりの日数がかかる。些細な問題で予定日数がずれこむことはよくあることなので、最初はラーチェさんも気にしていなかったそうだ。しかし、予定日から今日で10日。ラーチェさんも、いよいよ心配になってきたみたいだ。


 納品後に様子を窺うと、ラーチェさんはまた心ここにあらずといった感じで虚空を見つめている。今日は、ずっとこんな感じらしいね。


「あの、ラーチェさん。パーティーのこと聞きました」

「んぁ? トルトかニャ。よく来たニャ」


 ……あ、駄目だ。さっきは完全に上の空だったのか、僕と話したことも覚えてないみたい。それだけパーティーメンバーのことが心配なんだね。


「仲間のことが気になるんですよね? 例の鍵があるので、第三十階層にはいけますよ。そんなに心配なら……」

「ニャニャ! アイツらがそう簡単にくたばるわけないのニャ。だから、全然心配なんてしてないニャ! それに三十階層にもなると、さすがに一人で探索するのは厳しいニャ。トルトたちもまだちょっと早いだろうしニャ……」


 ラーチェさんがそう言うくらいに第三十階層以降は厳しいらしい。それも当然で、稀にではあるけど、Aランクの魔物が出現しはじめるんだ。Bランク上位よりも少し強い程度から、人類最強クラスの冒険者が集まってどうにか倒せるレベルまで、Aランクの魔物は幅が広いのだけど、いずれにせよ難敵だ。青竜とか赤竜とかと戦うと思えば、どれだけ危険かがわかる。


 王都ガロンドの地下迷宮で戦った邪竜。あいつがおそらくAランク相当。僕らが戦ったときは上半身だけが地面から生えた状態だったけど、それでもなお強敵だった。あいつが自由に動き回れたとしたら、僕たちに勝ち目はなかっただろう。あれから僕らも強くなったとはいえ、自由になった邪竜と正面から戦えるかというと難しいと言わざるをえない。


「早く戻ってくるニャ……」


 ぼそりと漏らした呟きが、ラーチェさんの心情を物語っている。

 僕たちに何かできることがあればいいんだけどね。無力さを感じながら、僕たちは冒険者ギルドをあとにした。

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