お掃除します!

 邪気を纏った巨鳥は、どんどん近づいてくる。その大きさは思った以上だ。この飛行船の全長よりも大きいかも。これは……ちょっとまずいね。邪神側の妨害はあるかもしれないと思っていたけど、ここまで巨大な魔物は想定していなかった。あのサイズだと、体当たりされただけで飛行船が壊れてしまいそうだ。


 できれば奴より先に地上に降りてしまいたいところだけど、あのスピードだと難しいだろうね。それに、今はアイングルナの上空だ。ここで降下したら、街の人たちを巻き込んでしまうことになる。


「ゴーレム! 少しずつ高度を下げて」


 高度を下げながら、全力のエアジェットで街の外を目指す。だけど、飛行船よりも巨鳥の方が飛行速度は上だ。だんだん距離を詰められていく。


「ハルファは歌を継続! 他のみんなはあいつが攻撃をしかけてきたら何とか防いで。僕は体当たり対策にゴーレムを作るよ」


 間に合いそうにないので、作戦変更。どうにか初撃を耐える方針に切り替えた。エアジェットで逃げるのを止めたので、巨鳥との距離はあっという間に縮まっていく。巨鳥に遠隔攻撃をする気配はない。このまま体当たりしてくるつもりだろうね。正直、一番嫌な攻撃だ。


「〈クリエイトゴーレム〉」


 巨鳥側に向けて魔法を発動。素材はそこにある空気だ。とにかく全力で大きなゴーレムを作る。


「トルト!」


 ゴーレム作成が完了したときには、巨鳥がすぐ近くまで迫っていた。魔法に集中していて無防備な体勢の僕を心配したのか、ローウェルが押しのけるように僕の前に立つ。


 そのとき、ドンと鈍い衝撃が船体を襲った。


「うわぁ!?」

「きゃっ!」

『ぬぁああ!』


 巨鳥が空気ゴーレムにぶつかって、そのまま飛行船に突っ込んできたんだ。船体はギシギシと音を立てて激しく揺れるけど、なんとか破損は免れた。空気ゴーレムがうまくクッションの役割を果たしたみたいだ。


 とはいえ、安心はできない。巨鳥は間に挟まった空気ゴーレムなんてまるで気にせずに、突っ込んでくる。幸いと言っていいのかわからないけど、巨鳥に押される形で飛行船はアイングルナの上空を抜けられそうだ。墜落しても街への被害は防げるかな。


 あっ、でもゴーレムの耐久度がもたないかも。巨鳥の突進攻撃でゴーレムのボディはすでに限界に近い。そのことが術者の僕にはなんとなくわかった。


「みんな、もうすぐゴーレムが壊れちゃうかも! 衝撃に備えて!」


 とは言ったものの、空気ゴーレムという壁役がいなくなれば、巨鳥の体当たりを飛行船が直接受けることになる。そうなれば墜落は免れないだろう。かなり高度が下がってきているとはいえ、この高さから落ちたら無事ではすまない。


「あたしが受け止めるよ!」


名乗り出たのはスピラだ。彼女は自分の身体から氷樹を生やすとそれを飛行船全体に張り巡らせた。


 そのとき、ついに空気ゴーレムが破壊された。巨鳥の大きな身体が飛行船に迫る。氷樹が絡め取るように受け止めるけど、衝撃を完全に殺しきるのは無理だ。先ほどとは比ではないほどの揺れが飛行船を襲った。だけど、飛行船がバラバラになるのは防げたみたい。


 いや、正確に言えば、飛行船は衝撃に耐えかねて壊れかけている。ゴンドラの天井部を繋ぐ綱は幾つか寸断されているし、木製の骨組みも破損している。それでも飛行船がバラバラにならずに形を留めているのは飛行船全体をつなぎ止めているものがあるからだ。それが――


「氷樹か!」

「そうだよ、すごいでしょ!」


 こんなときなのに、スピラがふふんと胸を張った。

 たしかに凄い。体当たりの威力を軽減するだけじゃなくて、飛行船の崩壊まで防ぐなんて。スピラのおかげで致命的な事態を避けることができた。


 だけど、巨鳥も諦めてはいない。くちばしを差し込んでどうにか氷樹を突き破ろうともがいている。


「うわぁ!」

「ひゃぁ!?」

『ぬぉ!』


 ついに、氷樹の一部が破られ、巨鳥が頭を突っ込んできた。ハルファは今までずっと鎮めのうたを歌い続けてくれていたんだけど、さすがにこれには歌が中断してしまった。


「ぬぬぅぅう!」


 スピラがうめき声を上げながら氷樹に力を込める。どうやら、巨鳥の首を締め上げようとしているみたいだ。巨鳥は苦しそうにじたばたと暴れる。


「はぁっ!」


 この隙をついて、ローウェルが巨鳥の目玉に剣を突き刺した。ゴンドラが狭いので十分に身動きが取れない状態で繰り出した一撃だけど、それでも剣は深々と眼窩へと沈み込んだ。傷口から、血の代わりに黒い靄が吹き出す。巨鳥が恐ろしい叫び声を発しながら激しく身体を揺らすので、飛行船がギシギシと音を立てて軋んだ。氷樹で支えているとはいえ、このままでは飛行船がいつ崩壊してもおかしくない。


「ぐぁぁぁああああ!」


 だけど、そんな心配すらしている余裕はない。ローウェルが突如、叫び声を上げたんだ。彼の右手は黒い靄に覆われている。その靄がじわじわとローウェルの身体を侵食しているようだ。


 鎮めのうたをお願いしようとハルファに視線を向ける。だけど、それは叶わない状態だった。


「ハルファ!」

『駄目だ。気を失っているぞ!』


 ハルファはゴンドラにもたれかかるようにしてぐったりとしていた。巨鳥に体当たりされたときの衝撃で気絶した? いや、もしかしたらマナ切れかもしれない。出力を大きくした鎮めのうたは思った以上にマナ消費が大きいってことだろう。


 だけど、どうしよう。鎮めのうたがないと、邪気を払うことができない。僕たちは邪気を取り込んで運命素に変換できるはずだけど、これまでの経験上、攻撃的な意図を持って放たれた邪気を分解したりはできないんだ。


 苦しむローウェルの身体を邪気が蝕んでいく。どうにかして、邪気を取り除かないと……。


 ん? 取り除く?

そういえば、クリーンで不要なものを取り除けるようになったよね?


 邪気とは身体に必要なものだろうか? いや、不必要なもの、いわばゴミだ。である以上はクリーンで排除できないはずがない。当たり前のことだ。


 自分に言い聞かせる。思い込む。信じ込む。疑わない。それが真実。だから、クリーンを使えば邪気は取り除ける……!


「〈クリーン〉」


 暗示をかけるように言い聞かせて、クリーンを発動させる。ローウェルの右手がピカリと光りに包まれた。


 そして、光が消えたとき、靄はすっかりと姿を消していた!

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