特殊個体に勝利

 十分な魚介類を手に入れてアイングルナに戻る途中、十二階層でそいつに出会った。イノシシ型の魔物、ラッシュボアだ。ただし、普通のラッシュボアより一回り大きい。


 そいつが特殊個体であることはすぐにわかった。何故なら、僕に影矢を放ってきたからね。あいかわらず敵視が激しいなぁ。


 ひとまず、ストーンウォールで土壁を生成したものの……影矢は何事もないかのようにすり抜けてきた。そういえば、ラーチェさんが土塊をぶつけたときもそうだったね。ストーンウォールでも駄目なのか。


 迫る影矢は一旦躱して、次の手を打つ。周囲の空気を使って風のゴーレムを生成。僕に向かって方向転換してきた影矢に突撃するように指示した。両者がぶつかったと思われる瞬間、影矢は消滅して、ゴーレムの反応も消える。ゴーレムは生き物というわけじゃないけど、影矢のすり抜け対象ではなかったみたい。使い捨てになる自我なしゴーレム君は可哀想だけど、これで対処はできそうだ。


 影矢を放っている最中でもラッシュボアは自由に動けるみたいで、元気に突進を繰り返している。普通のラッシュボアよりもちょっと突進スピードが早いけど、行動パターンは同じ。すでに何度も倒しているので、対処も難しくない。


 突進終わりの方向転換の隙を狙って、ローウェルが斬撃をお見舞いした。ラッシュボアの毛皮は攻撃を逸らす厄介な性質があるけど、そこは技量でカバーしているみたいだね。浅くない傷がボアの巨体に刻まれた。いや、それだけじゃない。傷口から茨が生えて、ラッシュボアの身体に絡みついている。ローウェルが実験的に使っている樹属性を宿す魔法剣の効果だ。拘束しきれてはいないけど、ある程度、動きを制限できそうだね。


 茨の妨害でラッシュボアの再突進が遅れたことによって、スピラの追撃が決まる。地から伸びた無数の氷槍が、そいつのお腹あたりに次々と突き刺さる。


 ブオォォォと怒りの咆哮が響くと、ラッシュボアの周囲に無数の影矢が浮かんだ。


 これは、まずい!

 この数の影矢。幾つかは間違いなくハルファやシロルの方にも飛んでいってしまう!


「シロルは自分で避けて!」

『おう、任せろ!』


 シロルなら、しばらくの間、影矢から逃げまわるくらい簡単なことだろう。問題はハルファだ。だけど、そちらも問題ない。


「〈シャドウリープ〉」


 魔法によって、一瞬でハルファの傍にワープできるからね。あとはさっきと同じだ。風のゴーレムを量産して影矢にぶつければいい。というか、影矢も風のゴーレムを認識できていないのか、僕らとラッシュボアの間に立たせておけば勝手に突っ込んでいく。僕らの方に飛んできた影矢はこれで完全に排除完了。それを見たシロルが駆け寄ってくるので、同じようにシロルを狙っていた影矢も消滅させた。


 この間にもスピラとローウェルによる攻撃は続いている。だけど、この特殊個体、やけに耐久面が強化されているようでかなりタフだ。斬撃も氷の攻撃も確実にダメージは与えているのに、ボアはまだまだ元気にもがいている。


「ローウェル、離れてて!」

「わかった!」


 このまま押し切れると思うけど、せっかくだから新技を試そう。ゴーレムアタックだ。これで特殊個体の障壁が発生しなければ、僕も攻撃に回れる。ちょうど確認できそうなチャンスだ。これを逃す手はないよね。


 最初に試すのはファイアボールとクリエイトゴーレムの合わせ技。火の鳥型ゴーレムを生成してボアに飛ばす。


「やった、障壁が発生しない!」


 氷槍の影響で霜だらけのボアには大したダメージは与えられなかったけど、障壁に妨害されなかったという事実が重要。つまり、ゴーレムにすればダメージは与えられる。


「よし、それならこれはどうかな」


 作るのはエアジェットを併用した風のゴーレム。もちろん、あえてエアジェットを使ってまで作るのだから、素材は普通の気体ではない。一酸化炭素ゴーレムだ。


「さあ、顔に張り付いて!」


 直線上に誰もいないことを確認してから、ゴーレムをボアへと突っ込ませる。傷口から生える茨に絡みつかれた上で、氷槍によって地面に縫い付けられているボアに取りつくなんて難しいことではない。狙い通り、ゴーレムはボアの顔に張り付くことができたみたいだ。


 これで準備完了だ。張り付いた状態のまま、ゴーレムは少しずつ自壊させていく。そうなれば放出されるのは当然一酸化炭素。顔に張り付いかれているわけだから、ボアは強制的にそれを吸い込むことになる。高濃度の一酸化炭素は瞬く間に中毒症状を引き起こす。ボアがその巨体を消滅させるまで、大した時間はかからなかった。


「ハルファ!」

「うん!」


 消えゆくボアの身体と入れ替わるように、黒い靄が生み出された。それはローウェルに狙いを定めたようだ。だけど、そのことは予想している。そのために近接戦闘がメインのローウェルには下がってもらったんだから。


 靄がローウェルへと襲いかかる前に、清浄な歌声が周囲に響く。効果は劇的で、その瞬間に靄はすぅっと景色に溶けるように消えてなくなった。鎮めのうたなら、発生した靄が人に取りつく前に無害化できるようだね。


 うん、こちらの被害は無し。

 Cランク相当の特殊個体でも、僕たちで完勝できそうだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る