失踪者

 マッソさんの威圧的な態度にラーチェさんが柳眉りゅうびを逆立てる。Aランクの冒険者二人がにらみ合う一触即発の雰囲気。もし、どちらかが手を出せば、たちまち壮絶な戦いが始まることだろう。


「おうおう、ニャんだ~? 筋肉だるまが誰に喧嘩売ってるんだニャ~?」

「筋肉だるまなどと持ち上げても誤魔化されたりはせんぞ」

「いや、持ち上げてないニャ。価値観が違いすぎて話にならないニャ」


 思わぬ反応にラーチェさんが鼻白む。

 マッソさんからすると筋肉だるまは褒め言葉だったみたい。揶揄したつもりだったラーチェさんとしては、予想外の反応に毒気が抜かれてしまったようだ。


 おかげで緊迫した雰囲気もちょっとだけ緩んだ。さっきまではあまりのプレッシャーに口も挟めなかったけど、今なら聞ける。


「マッソさんは何を気にしているんですか? 鍵について何か知ってるんですよね?」

「……ふむ」


 僕の問いに、マッソさんはあごに手をやり、何か考えるそぶりを見せる。観察するかのような視線を僕らそれぞれに向けたあと、考えがまとまったのか大きく頷いた。


「鍵を見つけたとき、誰か不思議な声を聞かなかったかな?」

「あたしが聞いたニャ! あの詐欺師の声だニャ?」

「詐欺師……? まあ、たぶんそれだ。しかし、よりにもよってラーチェか……」


 どうやらマッソさんは、ガルナラーヴァの声について知っているみたい。返答を聞いて顔をしかめているのは、声に乗っ取られている可能性を考えているのかな。僕らの中で、敵に回ったら厄介なのはラーチェさんだろうからね。少なくとも戦闘面では。


「あの……ラーチェさんは声の影響を受けてないと思います。たぶんですけど……」

「たしかにそう見えるが……どうしてそう言える?」

「それはですね――」


 マッソさんはマッソさんで何か知ってそうだ。ここは情報を共有しておいた方がいいよね。まずは、改めて自己紹介。その中で、僕らが運命神様の関係者であることは伝えておく。ガルナラーヴァが関わってくるようなら、開示しておいた方がいいだろうから。


「ニャんだって!? じゃあ、そいつが聖獣っていうのも、本当だったのかニャ……?」

「わふ! わふわふ!」

「そんなこと言っても、どっからどう見ても一角犬だニャ! 聖獣っていったらもっと格好いいと思うのが普通ニャ!」


 ハルファが運命神様の巫女であることを説明したところで、ラーチェさんが驚きの声を上げた。


 あれ、まだシロルが聖獣であることを伝えてないよね……?

 というか、会話してる!?


 僕とシロルは絆の腕輪を介して意思疎通ができるんだけど、それは相手に伝えたいと思ったことだけなんだよね。だから、シロルがわふわふと鳴いていても、伝えたいという意志がない限りは何を言っているのか僕にもわからない。だというのに、シロルとラーチェさんは何で会話できてるんだろう。


 その答えは意外なモノだった。なんと、ラーチェさんが職業神から授かっているのは従魔師の加護なんだって。従魔師が習得する【従魔の心】というスキルは、従魔の考えが何となくわかるようになる効果がある。高レベルなるとほぼ正確に意思疎通できるみたい。ラーチェさんはその域に達してるよね。


『むぅ。伝わっていたのに僕を聖獣だと信じていなかったなんて!』


 シロルは一角犬呼ばわりされるたびに、自分が聖獣であることを主張してたんだって。それなのに、意味がわからないと切り捨てられたので、まさか意思疎通ができていたとは思わなかったみたい。今も不満そうに愚痴ってるけど……まあ仕方がない気もする。シロルの聖獣っぽいところって、思念伝達ができるところくらいだもん。それ無しで意思疎通できるラーチェさんからすれば、普通の従魔と変わらないよね。


 話が逸れたけど、改めてラーチェさんの状況について説明する。


「なるほど、その『鎮めのうた』で、正気に戻ったというわけか」

「そうだったのニャ? あの歌にそんな意味があったニャんて」


 ひとまず、マッソさんにも納得してもらえたみたいだ。


「それで、マッソさんはどうして鍵のことを?」

「うむ。実は、戦士団にも同じような鍵を手に入れたらしい者が何人かいたのだ」

「そうなんですか!?」

「ああ。だが、鍵に憑かれたかのように、次第に言動がおかしくなり、ついには行方を眩ませてしまってな。その者たちが姿を消す前に探索していたのが共通してこの階層らしいのだ」


 マッソさんを含む戦士団の幹部たちは、失踪した者たちの手がかりを掴むため、トレーニングがてら第十階層を見張っていたようだ。そこに鍵を持った僕たちがやってきたので、警戒したみたい。同じように鍵に憑かれているのなら、拘束してでも止めようと考えていたようだね。


「ゴドフィーさんのことについて何か知ってますか?」

「元ギルマスか。奴の失踪も怪しんではいたが……何も掴めてはいないな」

「そうですか……」


 この機会に、ゴドフィーと思われる人物がガロンドで起こした事件についても伝えておく。確証がなかったのでラーチェさんにもきちんと言ってなかったから酷く驚いている。


「ということは、あたしも一歩間違えたらそんな風になってたのニャ! はぁ~……、ハルファのおかげで助かったニャ。ありがとニャ!」

「ううん、どういたしまして!」


 頭を下げるラーチェさんに、ハルファがニコリと微笑む。

 実際、鎮めのうたがなければ、どうなっていたかわからない。ラーチェさんは声に抗っていたみたいだけど、もし声の主がガルナラーヴァなら邪神とはいえ神だ。抗い続けるのは難しかっただろう。


 さて、お互いに情報共有はできた。これからの方針をどうするか。


「失踪した者たちの手がかりが掴めるかもしれん。我が輩も連れて行ってくれないか」


 マッソさんは同行したいと考えているみたい。

 ゴドフィーのことを考えると、彼より前に失踪した人たちが正気を保っているとは思えない。完全に声に心を乗っ取られた状態で鎮めのうたが有効なのかも不明だ。それでも、一縷の望みは捨てきれないってところかな。


 気持ちは理解できるし、戦力としても申し分ない。ローウェルの顔が少し引きつっていたけど、メンバー内から反対もないので、マッソさんが同行することになった。

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