筋肉たちの野営地
「あいかわらず、木ばっかりだニャ~。この階層は歩きにくいから嫌いだニャ」
「えぇ? 探索には声をかけるように言ったのは、ラーチェさんですよ?」
「わかってるニャ。森は面倒だけど、それでも書類仕事に比べれば天国だニャ!」
僕らは森林地形の第十階層に再び戻ってきた。目的はもちろん、謎の鍵が使える場所を探すためだ。
少し前はやつれた様子を見せていたラーチェさんもすっかり元気に見える。ガルナラーヴァらしき声を聞いた悪影響が残っていたのかも……なんて思ったけど、やっぱり、原因は書類仕事だったのかな? 念のために、ハルファには鎮めのうたを歌ってもらったし、きっと大丈夫だよね。
前回は下層への階段付近で物探し棒を使ったので、上層からの階段を下りてすぐの場所で確認してみた。
「うーん、なるほど?」
二カ所から目的地の方角を絞り込んだおかげで、だいたいの場所が割り出せた。観測点から目的地方向に伸ばした直線の交点が目的地なるはずだからね。もちろん、目的地候補が一点であることが前提だけど。
「げっ!? その辺りなのかニャ? うニャ~……」
「え、何か問題があるんですか?」
「どうかニャ~……? あるといえばあるニャ」
ラーチェさんには目的地らしき場所の心当たりがあるみたい。何でも、その辺りは大きな泉がある開けた場所なんだって。そんな場所だから、この階層における野営地の一つとなっているそうだ。
「えっと……? 何が問題なんですか?」
他の冒険者の目があるのが良くないってことかな? もし、秘密にするつもりなら都合は悪いか。魔物が鍵をドロップするなんて聞いたことがないし、何が起きるか予想できない。冒険者ギルドとしては、何か不都合が生じる事態を想定して、公開しないという選択が取れる余地を残しておきたかったのかな。
そんなことを考えたわけだけど、ラーチェさんの答えは違った。
「その野営地はよくグルナ戦士団という奴らが使っているのニャ! あいつら、暑苦しいんだニャ! 今はどうだったかニャ~……?」
グルナ戦士団というと、以前、この階層で出会ったマッソさんが所属している組織だ。それを聞いた瞬間、ローウェルがむせた。名前が出ただけだったというのに、周囲を警戒するように視線を左右に走らせている。
「……その様子だとローウェルも勧誘されたようだニャ?」
「ああ……」
「別に無理矢理勧誘してくるわけじゃないけどニャ~……。あの暑苦しさだけはどうにかならないものかニャ」
「ああ……」
二人して、どことも知れない虚空を見ている。うーん、大変そうだ。筋力が伸びない体質で良かったなぁ。
「どうします? 止めます?」
「や、やめないニャ~! 帰ったら、また書類地獄ニャ~! できるだけ引き延ばすニャ!」
引き延ばしたら、その分仕事が溜まるんだと思うんだけどね……。まあ、ラーチェさんがやる気だと言うなら僕に異論はない。ローウェルはというと……悲壮な決意を秘めた勇者みたいな表情をしている。何はともあれ、予定に変更はなしってことだね。
ソルジャーアントなどの魔物を倒しつつ、目的地付近と思われる野営地までやってきた。タイミング的にもそろそろ野営の準備を始める時間だ。天幕の用意をする人、火をおこすために枯れ木を拾う人。思った以上に多くの人が、それぞれに仕事を果たしている。そして、その大部分の人が筋肉を誇示するように半袖半ズボン姿だ。
「ああ……絶対に奴らニャ」
「そのようだな……」
ラーチェさんとローウェルが呻くような声でそう言った。あの筋肉、間違いなくグルナ戦士団の人たちだろうね。
よく考えれば、僕たちにはマジックハウスがあるんだから、別の場所で夜を過ごせばよかった気がする。道中、僕たちだけマジックハウスを使うってわけにもいかなかったから、ラーチェさん用の部屋も用意してあるし。戦士団の人たちだって昼間は野営地を空けるだろうから、そうすれば出会わずに探索できたかもしれない。いや、今からでも遅くはないか。戦士団の人たちも僕らに気がついてはいるんだろうけど、声をかけられたりはしていない。マッソさんにさえ見つからなければ、こっそり抜け出すことも――
「おや、そこにいるのは、いつぞや青年たちではないか! しかも、暴れ猫まで!」
残念ながら、判断が遅かったみたいだ。聞いたことがある声に振り向けば、マッソさんがポージングしながら立っていた。
「誰が暴れ猫だニャ! 失礼な奴ニャ!」
「はっはっは、すまない。この二つ名は気にくわなかったようだな。では我が輩が別の呼び名を考えてやろうではないか。ふむ……頼れる筋肉猫というのはどうだ?」
「どうだ、じゃないのニャ! それなら暴れ猫の方がましニャ!」
暴れ猫っていうのはラーチェさんの異名みたいだね。Aランク冒険者ともなれば、そんなものもあるのかな。本人としては不本意みたいだけど。
アイングルナで活動する冒険者同士、二人は知り合いみたい。というか、マッソさんもAランク冒険者なんだって。臨時ギルドマスターを決めるときに候補に上がった一人でもあるそうだ。
「それで、君たちは何故ここに? ひょっとして、入団希望……」
「そんなわけないニャ! ずいぶんとはっきりとした寝言だニャ」
さすがはラーチェさん。勧誘され慣れているのか、マッソさんが言い終わる前に拒否している。頼りになるね。
「それは残念だ。だが、そもそもどうしてラーチェがここに? ギルドマスターの仕事はどうした?」
「ニャ!? それは……調査ニャ! 不思議な鍵を手に入れたから危険はないかギルドマスター直々に調査する必要があるニャ!」
慌てた様子で説明するラーチェさん。かなり嘘くさい言い訳だ。たいていの人なら呆れたりするところだけど……マッソさんの反応は思いのほか劇的だった。
「……ほぅ、鍵か。詳しく話して貰おうか」
睨みつけるように細めた目と感情を押し殺したような低い声。それに加えて、筋肉の暑苦しさとは別の強烈なプレッシャー。間違いなく、僕たちは威圧されている。
いったいどうしたっていうんだろう。
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