何かおかしい
魔方陣から出現した金ぴかスライムは、ぽよぽよと小さく跳ねた。なんだか戸惑っているようにも見える。強制的に転移させられたわけだから無理もないとは思うけど、スライムにそんなことを感じる知性はあるのかな?
おっと、そんなことを考えている場合じゃないね。こいつが想像通りの魔物だとしたら、是非とも仕留めておきたい。
「わふぅぅう!」
早い者勝ちとばかりに襲いかかったのはシロルだ。子犬サイズとはいえ、聖獣の一撃。普通のスライムならそれだけで弾けとんでしまうものだけど、金ぴかスライムも同じとはいかない。それどころか、攻撃したはずのシロルが「きゃん」と小さく悲鳴を上げることになった。
「シロル!?」
『むぅ……何でもないぞ! ちょっとビックリしただけだ!』
ヒヤリとしたけど、シロルはけろりとしている。どうやら、さっきの悲鳴は、驚きのあまり声が漏れただけみたいだ。怪我もなく、戦意も衰えていない。
『それよりも今のはなんだ? 弾かれたぞ?』
やっぱりそうなんだ。僕の目にも、シロルの攻撃は弾かれたように見えた。それも、金ぴかスライムに攻撃が届く前に、だ。
「ゴールデンスライムじゃない……?」
「かもしれないな」
僕の呟きにローウェルが答えた。
ゴールデンスライムは金色のメタリックボディを持つレアな魔物。ダンジョンに出現した場合、倒すとほぼ確実に貴重なアイテムを落とすから冒険者にとってはボーナスのような存在なんだ。だけど、倒すのはなかなか難しい。魔法は無効化してしまうし、特殊なボディは物理攻撃も大幅に軽減してしまう。その上、すばしっこくてすぐに逃げてしまうんだよね。
僕の幸運でボーナス魔物を引き寄せたのかと思ったけど、ちょっと様子がおかしい。少なくとも、ゴールデンスライムが攻撃を弾く障壁を持っているなんて話は聞いたことがない。
「えいっ!」
今度はハルファの放った魔法矢が金ぴかスライムに迫る。だけど、命中する直前に霧散して消えてしまった。やっぱり、魔法障壁のようなものを持っているみたいだ。
そう思ったんだけど――
「それぇ!」
続くスピラの攻撃に対して、金ぴかスライムは今までと違う反応を見せた。これまでは動くことすらせずに攻撃を障壁で受けていたのに、スピラの蔦攻撃は何故か避けたんだ。
……どういうことだろう?
スピラの攻撃には障壁を無効化する何かがあるのかな?
まだ判断材料が少ない。理由を推定するにも、もう少し情報が必要だ。となれば、僕もぼーっとしているわけにはいかないよね。
ささっと近づいて、光刃の短剣を突き出す。だけど、その刃が目標に到達する前に妙な手応えとともに攻撃が止められてしまった。どうやら弾かれると言うよりは、勢いが殺されてしまうみたいだ。
だけど、これで終わりじゃない。思わず動きを止めてしまった僕の代わり、ローウェルが追撃を加えた。高速で繰り出される斬撃。白銀の輝きが、謎のスライムに襲いかかる。その一撃は不可視の障壁に――阻まれない《・・・・・》!
「浅いか……!」
ローウェルが悔しげに呟く。
並の魔物なら避け得ない一閃に、金ぴかスライムは反応してみせたんだ。完全に避けきることはできなかったみたいだけど、刃はわずかにかすめたのみ。おそらく、ほとんどダメージはないだろう。
ともあれ、ローウェルの一撃にも障壁は反応しなかった。今のところ、僕、ハルファ、シロルの攻撃は障壁で防がれ、スピラとローウェルの攻撃では障壁が反応しなかった。どういう規則で防がれるんだろうか。物理・魔法といった攻撃の種類は関係なさそうだ。
もしかして、攻撃の連続性かな? 障壁は攻撃を受けると消滅してしまうけど、短時間で復活すると考えればどうだろうか。消滅から復活までのわずかな時間に攻撃をたたみ込めばダメージを与えられるかもしれない。
「ローウェル!」
「ああ。俺が先に行く!」
同じことを考えたみたいで、相談する前にローウェルが動いた。僕も遅れずに攻撃態勢に入る。
ローウェルの腕が振るわれ、ミスリルの刃がスライムに迫る。その一撃は障壁に阻まれることなく振り下ろされた。とはいえ、斬ったのは何もない空間だけ。スライムは直前でローウェルの攻撃を避けたようだ。
だけど、今の攻撃にも障壁は反応していない。
まだ、復活していないのかな?
だとしたら、チャンスだ。間髪入れずに、今度は僕が短剣でスライムを突く!
だけど――
「なっ!?」
僕の攻撃は障壁に阻まれた。
このタイミングで復活した?
いや、障壁の消滅と復活は仮説にすぎない。むしろ、今の結果を考慮すると、ローウェルとスピラの攻撃では障壁が反応しないという可能性だってある。それを裏付けるように、続くスピラ、ハルファ、シロルの攻撃で、スライムが避けたのはスピラの攻撃だけだった。
理由はわからない。だけど、現時点で大事なのは攻撃が有効かそうでないかだ。ひとまずはローウェルとスピラの攻撃を軸に考えたほうがいい。
そこまで考えを巡らせたところだった。僕たちの出方を見るかのように攻撃を避ける以外の動きを一切見せなかったスライムが、ぷくっと膨れ上がったんだ。
その瞬間、ゾクリとした悪寒が襲った。咄嗟にスライムとの直線上から飛び退くように身を投げ出す。ほぼ同時に影色の矢がすぐ側を飛び去っていった。
「トルト、戻ってくるぞ!」
ローウェルの叫び声。その真偽を確認する暇も惜しんで、転がるようにまた身を投げ出す。影矢が再び僕の傍らを通り去って行く。が、やはり少し進んだところで方向転換してまた僕に迫ってくる。
……ひょっとして、何かにぶつかるまで消えない奴?
だとしたら、スケープゴートが必要だ。可哀想だけど、仕方がないよね。
迫る矢を交わしながら、『引き寄せの札』の束を取り出し、一枚引き抜く。そして、即座に使った。魔方陣とともに現れたのは、ノーマルスライム。それを抱え上げると、飛来してくる影矢に向かって投げつけた。
矢がぶつかった瞬間、スライムは全体が塗りつぶしたかのように黒で染まり、ぐずぐずと崩れ落ちながら消えていった。幸い、影矢も同時に消えている。どうやら、何かにぶつかればそれで消えてくれるようだ。それならなんとか対処できる。
と思ったんだけど――
「あれ、スライムは!?」
「逃げたみたいだな……」
僕らが影矢に気を取られている間に、金ぴかスライムは逃げてしまったみたいだ。確実に勝てるとは限らないわけだから、助かったとも言えるけど……。あんな危険なスライムが第一階層にいるなんて、大丈夫なのかな? 冒険者ギルドには報告しておいた方がいいよね。
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