引き寄せる

 光刃の短剣で貫けば、ほとんど抵抗もなくスライムを消滅させることができる。だったら、畑の中でも問答無用で突き刺していけばいいかと思ったんだけど……ちょっとだけ思い直した。もしかしたら、宝箱が出現するかもしれないからね。農作物の上に出現して、ダメにしてしまったら申し訳ない。


 そんなわけで、見つけたスライムを一匹一匹、畑から運び出してから倒しているんだけど、これが意外と面倒だ。それほど重たくはないとはいえ、一旦中腰になってから抱え上げないといけないので身体に負担がかかる。収穫時、農家の人は似たような作業をもっと長時間やるわけだから、本当に大変だ。


 依頼の提出ノルマはスライムの魔石5個ということだったけど、その最低ラインはすぐにクリアしてしまった。というのも、僕が倒すと魔石が必ずドロップするんだよね。5匹倒した時点でノルマをクリアしてしまった。僕についで獲得率が高いのはシロルだ。だいたい4、5匹に一つは魔石を手に入れている。残りの三人は同じくらいかな? 20匹倒してようやく1個くらいの割合って感じだね。そう考えると、この依頼はスライム100匹の討伐を目安としているのかもしれない。


 パーティー全体で考えると、100匹くらいは討伐済みだ。そろそろ切り上げてもいいかもしれない。そう考えたときだった。


「あっ、宝箱だ」


 32匹目のスライムを倒したところで、初めて宝箱が出現した。見た目はちょっと粗末な木箱で、サイズはスライムなら数匹が入れる程度。まあ、宝箱のサイズに関しては見た目の大小は当てにならないけど。内部の空間が歪んでいるのか、これくらいの宝箱から僕の背丈より高い大剣が出てきたりするからね。


 ひとまず、罠の有無を確認してみるけど、僕の識別できる範囲では罠がなさそうだ。それどころか鍵すら掛かっていない。まあ、第一階層の、それも粗末な宝箱なんてそんなものなのかもしれないけど。


 そうこうしているうちに、少し離れたところでスライム探しをしていたみんなも集まってきた。宝箱を開ける前には声をかけるつもりだったから、手間が省けたかな。


「うーん……、あんまりいい物は期待できなさそう」


 宝箱の外観を見て、スピラが言った。

 一般的に宝箱の装飾が見事なほど、宝箱の中身は良くなる傾向があるからね。その法則で判断すれば、この宝箱は最低ランクだろう。


「いや、トルトならわからないよ! きっと、いい物が入っているよ」


 何故か自信満々なのはハルファだ。僕の幸運にどれほど信頼を置いているのだろうか。まあ、同じような宝箱でも、僕が開けると不自然なほどに品質が上振れする傾向にあるから、可能性は十分にあるんだけど……さすがにここまで粗末な宝箱は初めてだもんなぁ。


『まあ、開けてみればわるぞ!』


 シロルの言う通りだね。開ける前にあれこれ言っても仕方がない。

 おそらく罠はないと思うけど、もしもに備えて警戒は必要だ。ローウェルに目配せすると、彼は剣に手をかけて、小さく頷いた。意図が伝わったみたいだ。


「じゃあ、開けるよ」


 宣言してから宝箱の上蓋に手をかけ押し上げる。抵抗もなく蓋は開き、宝箱の中身が露わになった。中に入っていたのは……短冊状になった紙束かな?


 鑑定してみると、その紙束は『引き寄せの札』というアイテムだった。周辺の魔物をランダムで引き寄せるという効果だ。消耗品みたいだけど、厚い束になっているから、かなりの回数使えると思う。とはいえ――


「うーん、微妙……?」


 鑑定結果を伝えると、ハルファが残念そうに呟いた。他のメンバーの表情も似たり寄ったりだ。まあ、アイテムの効果を考えるとそれも仕方がないよね。範囲内の味方を引き寄せるなら緊急回避的な意味で使えるかもしれないし、任意の魔物を引き寄せるという効果でも安全に釣り出せることを考えると使い道はある。でも、ランダムな魔物ではちょっと使いにくいよね。範囲内に魔物が一匹しかいない状態なら、強制的に位置を変えるという使い道はできるかもしれないけど……状況が限定的すぎるよ。


「この依頼を受ける前なら使い道はあったかもしれないな」


 ローウェルが苦笑いを浮かべてそう言った。

 なるほどね。この畑の周辺で『引き寄せの札』を使えば、畑に隠れているスライムを強制的に畑に呼び出すことができるわけか。探す手間も、抱え上げて畑から出す手間もいらなくなるから、作業効率は格段に上がるだろうね。でも、一匹呼び出すのに一枚使うとなると大量の札が必要になる。時間は節約できるけど、スライム相手に消耗品を大量消費するのはちょっともったいないよね。


 と、思ったんだけどスピラから思わぬ指摘を受けた。


「ランダムに引き寄せるのって一匹だけなのかな?」

「えっ?」

「だって、鑑定結果からだと、引き寄せられるのが一匹だけかどうかはわからないよね?」


 ……たしかに。

 『ランダムに』という文言から全部の魔物を引き寄せるわけじゃないと判断できるけど、それが一匹なのか複数なのかは判断できない。もし、それなりの数の魔物が引き寄せられるならスライム退治には便利なのかも? いや、それでもやっぱりもったいない気はするなぁ。


 ただ、この先、何か良い使い道が思いつくかもしれない。そのときのために、実際の効果がどうなのかは確かめておいたほうがいいよね。一匹しか引き寄せないと思っていたら、複数匹引き寄せちゃいましたってことになったら、まずいかもしれないし。


「んー。じゃあ、一枚だけ試してみようか。それが終わったら今日の依頼はおしまいってことでいいかな?」

『おー? じゃあ、早いもの勝ちだな! 最後のスライムを倒して、僕が一番になるぞ!』


 あ、そういえば競争とか言ってたっけ? 魔石の数なら僕が断トツで一番だけど、倒した数なら、みんな大差がないはず。最後の一匹を倒したら有利なのは確かだ。


「じゃあ、使うよ! 引き寄せ!」


 『引き寄せの札』を一枚引き抜き、高らかに宣言する。例によって特に宣言する必要はないけど、気分の問題だ。


 宣言した瞬間に、札はくしゃりと灰になって崩れた。同時に、小さめの魔方陣が宙に浮かび上がる。


『おお!』

「うわ、何? 眩しい!」


 一瞬、何かがピカリと光った。魔方陣じゃない。光ったのは、魔方陣から現れた一匹のスライム……?


 『引き寄せの札』で引き寄せられたのは一匹の魔物だった。どうやら、僕の最初のイメージ通り、引き寄せられるのは一匹だけみたいだ。もちろん、試したのは一回だけだから確定ではないけど。


 まあ、もう何度か試してみれば、結論は出るだろう。それよりも――


「変なスライムが出たよ! やっぱり、トルトはこうじゃないと!」


 ハルファがにんまりと笑顔を浮かべる。

 金ぴかに光るメタルボディ。ハルファの言うとおり、引き寄せられたスライムは明らかに普通じゃない。


 ところで、「こうじゃないと」ってなんのさ!

 ハルファの中で僕のイメージはどうなってるの?

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