Fランク依頼
翌日。僕たちは、アイングルナの市壁の外にいた。
「広いね~!」
『これなら思いっきり走れるぞ!』
目の前に、一面に草原が広がっている。この草原をひたすら進むと第2階層へと続く階段があるらしいんだけど、少なくとも視界に入る範囲には影も形もない。
「下層への階段は、半日ほど進んだ先にあるらしいからな。相当な広さだ」
ローウェルが教えてくれた。どうやら、昨日泊まった宿で、一緒になった冒険者から話を聞いたみたいだ。
「そんなに広いんだ。それだと探索には時間がかかりそうだね」
「そうだな。しかも、どの階層も広さはほとんど変わらないらしい。最深到達階層である31階層まで降りようと思えば、どんなに急いでも10日……消耗を抑えてゆっくりと進めば2週間以上かかるようだぞ」
「そんなに!?」
なんだか、思ったよりも大変だ。まあ、最深到達階層なんて、Aランク冒険者たちでも手を焼くような場所だから、僕たちが挑戦するのはまだ早いんだろうけど。とはいえ、ステータス向上薬を作るためにも、できればCランク以上の魔物の魔石は欲しいんだよね。なので、ある程度は下の階層まで進む必要がある。野営用の道具を充実させる必要がありそうだ。
とはいえ、今日の目的はダンジョン探索じゃないんだよね。スピラのランクアップのために、Fランク相当の依頼を受けてみたんだ。依頼人は壁沿いの畑の管理者。ダンジョンの中で農業なんてやれるのかと思うけど、実際問題なく作物は育つらしい。もちろん、迷宮型のダンジョンだと土を耕したりできないから、地形生成型ダンジョンに限られるんだけど。
そもそも、サザントグルナは国土の大半が荒野なので、耕作には向かない土地なんだよね。なので、食料もダンジョン内で確保する必要があるんだ。幸い、肉に関しては魔物からのドロップでいくらでも手に入る。だけど、野菜はそうもいかないからね。一部は輸入に頼っているみたいだけど、かなりの部分はダンジョン内で生産した農作物でまかなっているらしい。
ともかく、緩くカーブする市壁を右手に見ながら少し歩くと、畑が見えてきた。こちら側一帯はほぼ畑になっているみたい。さすがに街全体の食料を確保するとなると、農地も大規模になるようだ。
一番手前の畑に、腰の曲がったおじいさんが石椅子に腰掛けていた。たぶん、この人が依頼人だろう。
「あの、依頼を受けてきたんですけど」
「おお、そうかい。助かるよ」
簡単なやり取りのあと、仕事を始める。Fランクの仕事なので、仕事そのものは難しくもない。農地を荒らさないように気をつけながら、ポップしているスライムを退治していくという内容だ。
スライムが畑を荒らすのかと思ったんだけど、話を聞いてみるとそう言うわけでもないみたい。まあ、基本的にダンジョンの魔物は食事を必要としないんじゃないかと言われているからね。移動するときに多少は作物をダメにしてしまうかもしれないけど、食べ物を得るために積極的に荒らしたりはしないんだろう。
じゃあ、なんで排除しなければならないかというと、アイングルナのスライムは放置していると環境に適応して変化したり、複数が寄り集まって巨大な個体になったりするみたい。出現したばかりのスライムは子供でも簡単に倒せるけど、進化したり巨大化した個体はそうもいかない。農作業をしている最中にそういう強い個体に襲われると大変なので、駆け出し冒険者を動員して定期的にスライムを退治しているそうだ。
アイングルナに市壁があるのも、強個体を警戒した備えのようだ。街中だと出現してもすぐに倒されるから危険はほとんどないけど、農地なんかの人目が届きにくい場所だと時々強個体が発生しまう。大人なら油断さえしなければ対処はできるけど、さすがに子供の手にはあまるらしい。
「あ、いたよ~」
「でも、畑の中だよ。そのまま攻撃したらダメだね」
さっそく、スライムが見つかったみたいだ。スピラとハルファがどうやって倒すか、相談している。畑の中で見つかると地味に厄介だよね。結局、二人はスライムを抱え上げて畑から出すことにしたようだ。スライムは小ぶりのスイカくらいのサイズなので、女の子でも負担なく持ち上げることができる。ましてや、ハルファは冒険者だ。軽々と抱え上げると、作物を踏みつけないように慎重に畑の外へとスライムを下ろした。その間、スライムはぷるぷるともがいていたけど、特に何もできずにされるがままだった。無力すぎてちょっと可哀想になるね。
ポップしたばかりのノーマルスライムは、のしかかるくらい程度のことしかできない。横たわっているときに顔面に張り付かれると窒息の恐れがあるけど、そうでなければ本当に無力な存在だ。
「なんだかちょっと可愛いね」
「本当だね。ぽよぽよしてるよ~」
あとは退治するだけ……なんだけど、ハルファたちは暢気にスライムを突っついている。可愛いという感想も、わからないではない。なんていうか、ここまで攻撃性が低いと庇護欲がそそられるんだよね。とはいえ、いつまでも見ているわけにはいかない。愛着が湧いたら困ったことになってしまうしね。
「二人とも、仕事だからちゃんとやらないと」
「そうだった!」
「可哀想だけど、しょうがないね……」
そう言うと、スピラは手のひらをスライムに向けて翳した。すると、前触れもなく木の枝が地面から生えてきてスライムを貫く。その一撃はスライムを倒すには十分な威力だったみたいで、ぷるぷるとした半透明のボディは一瞬ですぅっと消えてなくなった。生成された木の枝もシュルシュルと縮んでいき、今は跡形すら残っていない。
「何も落とさないね~」
「残念」
スライムはドロップ率が低いのか、魔石すら残さずに消滅してしまった。まあ、弱い魔物だからそんなものなのかもしれない。最低限のノルマとして、スライムの魔石を5個提出する必要があるので、全くドロップしないわけじゃないはずだけど。
「退治するのは問題なさそうだね。それじゃあ手分けして倒していこうか」
「とはいえ、離れすぎないようにな。もし、通常種以外のスライムを見つけた場合は念のために声をかけてくれ」
「わかったよ、お兄」
「よ~し、たくさん倒すよ!」
『よし、競争だ! トルトもだぞ!』
「ええ、僕も? まあいいけど。作業をしている人たちの迷惑にならないようにね」
さて、やりますか!
競争はともかく、数を倒せば宝箱が出るかもしれないからね!
頑張るぞ!
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