訛り

「それでは改めて、私が担当させてもらいますね。ええと、冒険者登録でしたね」


 バッフィさんは、お手本のような営業スマイルを浮かべて一枚の紙切れを差し出してきた。冒険者になるときの同意書みたいな奴だね。スピラの正体云々についての話は聞いていなかったのか、特に言及はない。なので、特に問題もなく手続きは終わった。


 続けて、『栄光の階』への加入手続きも行う。


「みなさんはCランクで、スピラさんだけFランクですか……」

「何か問題があるの?」


 バッフィさんが少し渋い表情を浮かべている。釣られてというわけでもないだろうけど、スピラの表情も不安げだ。


「あ、いえ。加入自体は問題ありませんよ。ただ、ランクアップに関しては不利かもしれませんね」


 バッフィさんの説明によると、メンバー間のランク差が大きいパーティーはランクアップを考えるとあまり効率がよくないようだ。ランクアップの可否は、依頼の内容とその成否によって算定される『評価点』で判断されるらしいんだけど、依頼と本人とのランク差によって評価点が大きく減らされてしまうんだって。


 パーティーとして受けられる仕事は、メンバーの最高ランクが基準となる。例えば、パーティーの中にAランクが一人でもいれば、他のメンバーのランクがどうあれ必須ランクがAの仕事でも受けることができるらしいんだ。でも依頼のランクよりも本人のランクが低いと、貢献度が低いと見なされて、評価点も小さくなる。ランクCとFみたいにランク差が3以上ともなると、ほぼ評価点はなし。つまり『栄光の階』でCランクの仕事ばかり受けていると、スピラはいつまで経ってもランクアップできないんだ。


 一方で、自分のランクより低い依頼を受けても、評価点はあまりもらえない。なので、スピラに合わせてFランクの仕事ばかり受けていると、僕らのランクアップが遅れるというわけだ。


 まあ、僕たちはランクアップを急いでいるわけでもないから、スピラに合わせた依頼を受けておけば問題はないだろう。他のFランクの冒険者の仕事を奪う形になるから、ちょっと悪いけどね。


「あの……ところで、さっきのラーチェさんという人がギルドマスターというのは?」


 手続きが終わったところで、気になっていたことを聞いてみた。問われたバッフィさんは、小さく息を吐いたあと苦笑いを浮かべる。


「不思議に思われるのも無理はありませんね。ラーチェさんは臨時のギルドマスターなんです」


 なんでも、前のギルドマスターが辞任の手紙を残して突然失踪してしまったそうだ。後任の当てもなかったので、ギルド職員と上級冒険者たちとの間で話し合いがもたれ、ひとまず臨時のギルドマスターを立てることになったらしい。それで選ばれたのがラーチェさんというわけだ。まあ、選ばれたと言ってもコイントスの結果らしいんだけど。


「ということは、ラーチェさんって、上級冒険者なんですか?」

「とてもそうは見えないと思いますが、あれでもAランク冒険者なんです」


 たしかに書類仕事が嫌だと駄々をこねる姿からは想像ができない。でも、現役のAランク冒険者として活躍しているときに、書類仕事を強制させられたら嫌になる気持ちはわからないでもないよね。ラーチェさんの場合は自業自得な面もあるみたいだけど。


 まあ、ちょっと変わったギルドマスターが誕生した経緯はわかった。


「お姉さんは、さっきの人としゃべり方が違うね?」


 次の質問をしようかと思ったところで、スピラが切り込んだ!

 スピラが言っているのは、語尾に「ニャ」をつけるあのしゃべり方のことだろう。僕も気になってたけど、もしかしたら失礼になるんじゃないかと思って、聞けなかったことだ。


「え? ああ、なるほど。ラーチェさんのあれですか。あれは獣人特有の訛りみたいなものですよ。私も獣人だけで集まったりすると出ちゃいますね」


 ……語尾に「ニャ」がつくのは訛りなの!?

 しかも、話しぶりからすると、獣人共通の訛りみたい。ラーチェさんのとんがり耳は猫耳っぽくもあるから違和感がないけど、丸耳のバッフィさんだとちょっと不思議な感じがするね。とはいえ、違和感があるのは僕だけのようで、他のみんなは納得していた。


「このダンジョンって崩壊したりはしないの?」


 次の質問をしたのはハルファ。でも、これはみんなが気になっていたことだろう。核が破壊されたらダンジョンは崩壊する。つまりアイングルナの街もなくなってしまう。そんなところに定住しているわけだから、何かしらの対策を取っていてもおかしくはない。


 と思ったんだけど――


「核が破壊されれば、崩壊するでしょうね」


 とバッフィさんは軽い口調で肯定した。できれば、否定して欲しかったんだけどなぁ。


 よくそんな状況下でダンジョンに住めるなと思ったけど、ダンジョン探索を生業とする冒険者も似たようなものかと考え直す。というより、冒険者のほうがよほど危険だよね。街の住人は一階層に住んでいるわけだから、崩壊の兆しを察知してすぐにダンジョンを出れば命は助かるんだし。


「導師会の見解では、ダンジョンの核は最深部にある可能性が高いので、現状では崩壊の危険性は小さいそうですよ」


 バッフィさんが付け加えるように言った。


 導師会というのは、正式には『グルナ導師会』というサザントグルナの統治組織だ。街の運営とか、対外戦略とかは導師会の合議によって決まるらしい。と言っても、詳しくはわからないけど。前世みたいに国会中継とかがあるわけじゃないからね。実態は導師会のメンバーにしかわからないと思う。


 アイングルナのダンジョンの最深到達階層は第31層。その階層は未だ探索が進んでいないため、更に下層があるかどうかはわかっていない状況だ。ただ、導師会は最深部が第50層だと公表しているみたい。特に根拠が提示されているわけじゃないけど、多くの人はそれを信じている。というのも、導師会はサザントグルナの成立時から存在し、ダンジョン内に都市を築くという偉業を主導したと伝えられている権威ある組織なんだ。ダンジョンに関するトラブルなんかも、導師会が中心となって対応するんだそうだ。つまり、アイングルナではとても信頼される組織ってこと。その導師会の発表ということで、アイングルナの人々は、当面のところダンジョン崩落の危険性はないと考えているみたいだね。


 外から来た僕たちにとってみれば、完全に信じ切ることも難しいけど、だからといって何ができるわけじゃない。まあ、いつものダンジョン探索だって崩落の危険性はあるんだから、それと同じだと割り切るしかないかな。

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