ニャ
冒険者ギルドの様子は、他の街と大きくは変わらない。ただ、若い冒険者が多いのが特徴といえば特徴かな。僕らぐらいの年齢の冒険者も結構いる。まあ、ちっちゃい頃からスライム叩きで鍛えていたら、冒険者になりたい人が増えるのもわかるよね。
依頼票を覗いてみると、いろんな依頼がある。大半はダンジョン内での依頼だ。特定階層に生える植物を採取して欲しい、なんて依頼もあるね。もちろん、他の都市にだってダンジョンでの採取依頼はあるんだけど、ここまでの数はない。ダンジョン探索者にはいい環境だね。ダンジョン探索の専門家って、あんまり依頼を受ける仕事がないから実力の割に冒険者ランクが上がりづらいんだ。だけど、アイングルナならその心配はなさそう。
さて、まずは転属の挨拶をしなくちゃね。
受付カウンターに視線を向けると、よくわからない状況ができあがっていた。幾つも列ができているんだけど、ひとつだけ誰も並んでいない窓口があるんだ。どういう理由で人がいないんだろう。特殊な依頼専門なのかな?
不思議に思って見ていると、人の並んでいない受付で暇そうにしていた女性とばっちり目が合った。頭の上にとんがり耳があるところを見ると獣人みたいだけど……。
「おお、見ない顔だニャ。新人かニャ? 何をぼんやりしてるのニャ。用事があるなら、こっちに来るといいニャ!」
……ニャ!?
え、獣人ってそんな語尾なの?
いや、違うよね。少ないながら他にも獣人には会ったことがある。だけど、誰も語尾に「ニャ」なんてつけてなかったよ。
他の列に並んでいる人たちが僕たちを見て苦笑いを浮かべているのが気になる。でも、はっきりと声をかけられた以上、避けるのもはばかられるよね。
僕たちは顔を見合わせたあと、獣人の女性が待つ窓口へと向かった。
「よく来たニャ。用事は何かニャ?」
「えっと、今日のところは転属の挨拶ですね」
「おお、それは感心だニャ~。じゃあ、冒険者票を出すのニャ」
指示に従い、僕とハルファ、そしてローウェルが冒険者票を提示する。とんがり耳の女性はそれを見てニカッと笑った。
「ほほぅ! なかなか優秀だニャ! お前くらいの年でこのランクはアイングルナでも、あまりいないニャ」
ガロンドでは冒険者ランクは上がっていないから、みんなCランクだ。それでも、僕とハルファの年だとかなり珍しいみたいだけど、この街では「なかなか優秀」という評価なんだね。さすがはダンジョン内の都市だ。冒険者の質が高いってことかな。
「そっちの……なんだかわからないのは従魔だニャ?」
「わふっ! わふっ!」
「そう怒るんじゃないニャ。なんだかわからないと言ったのが気に入らないのかニャ? それなら、うーん……お前は一角犬ニャ!」
「わふっ! わふぅぅう!」
「何を言ってるのニャ? 意味がわからないニャ!」
受付の女性は従魔登録の確認をしようとして……なぜかシロルと言い争いをしている。意思疎通ができているかどうかは怪しいけど。まあ、とにかく止めよう。
「この子は、シロルです。従魔で間違いありません」
シロルを抱き上げながら、背中をトントンと軽く叩く。大人しくしてねと思念を送ると、渋々といった感じで了承の意思が返ってきた。
「ニャ。ちゃんと従魔の印を着けてるニャ~? だったら問題ないニャ。それで、そっちの子は冒険者じゃないのかニャ?」
そっちの子というのはスピラのことだ。彼女は冒険者登録をしていない。まあ、半精霊状態のときには、冒険者活動なんてする予定もなかったわけだしね。でも、これを機会に冒険者登録するのもありかもしれない。
「んニャ? お前、森人じゃないニャ? ニャニャニャ?」
何かに気がついたのか、受付の女性がスピラをまじまじと観察しはじめた。
鋭い!
見た目は森人とほとんど変わらないけど、スピラは精霊。本来は実体を持たない精神体だ。今は実体化しているから、ちゃんと触れたりもできるけどね。だからかもしれないけど、受付の女性にもスピラの正体はわからないみたいだ。まあ、それが普通だと思うけど。むしろ、森人じゃないと見抜いただけ、ただ者じゃないのかもしれない。
スピラみたいに、はっきりと自我と確固たる姿を持つのは高位精霊。とても強い力を持つ存在で、本来ならば人前に姿を現すようなことはないそうだ。まあ、スピラの場合、森人から精霊化したばかりだから、それほどの力はないみたいだけどね。ともかく、そんな事情もあって、スピラのことを精霊だと見抜くのはとても難しいはずだ。
さて、どうしようか。
あの女性はスピラがただの森人じゃないと察しているみたいだけど、だからといって証拠があるわけでもない。森人だと押し切って登録することはできると思う。そもそも登録するときに必要なのは同意書にサインするくらいなので、そもそも種族がどうであれ登録には関係ないはずだけど。
そんなことを考えていたときだった。
「ラーチェさん? こんなところで何をしてるんです? ちゃんと仕事をしてくださいね!」
いつの間にか現れた丸耳の獣人女性が、とんがり耳の女性――ラーチェという名前らしい――の肩をがっしりと掴んでいた。
「バッフィ!? いや、待つニャ! あたしはちゃんと仕事をしてるニャ! ほ、ほら。新規登録の冒険者がいるニャ」
「なるほど、たしかに。ですが、それは受付の仕事であって、ギルドマスターの仕事ではありません!」
……えぇ!?
たしかに、スピラも冒険者登録しておいた方がいいかなとは思ったけど、口に出してはいないよ。適当なことを言って誤魔化そうとしているのかな? というか、ギルドマスターって何の話?
バッフィと呼ばれた女性の言葉を素直に解釈するなら、とんがり耳のラーチェさんがギルドマスターということになる。でも、そんなことってあるのかな?
ギルドマスターというのは、荒くれ者の冒険者を抑えるために引退した高位冒険者が就任するというのが一般的だ。だけど、ラーチェさんは上に見積もっても、せいぜい20代の後半くらいにしか見えない。引退するにはちょっと早いと思うんだけどなぁ。もちろん、早期に引退する冒険者がいないわけではないけどね。
僕がそんなことを考えている間にも、言い争いは続いている。
「だいたい、コイントスでギルドマスターを決めるのがおかしいのニャ! あんな決定は不当なのニャ!」
「それは私だっておかしいと思いますけど、言い出したのはラーチェさんですよね? 発言の責任はとってください!」
「いやニャ~! 書類仕事は嫌いなのニャ! 頭がおかしくなるのニャ~!」
「はいはい。あとで私がファーストエイドをかけてあげますから」
「そう言う問題じゃないニャ~!」
推定ギルドマスターのラーチェさんは、しばらくの間、嫌だ嫌だとわめき散らしていた。だけど、バッフィさんにはまったく取りってもらない。結局、最後にはしょんぼりと背中を丸めて、奥の廊下に引っ込んでいった。なんだか凄く哀愁が漂ってたよ。
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