モンスターとの遭遇(かすり)

 キョロキョロと街並みを見回していると、案内役の男性が振り返った。


「ようこそ、アイングルナへ。俺の案内はここまでだよ」

「どうもありがとうございました」

「いやいや、どういたしまして。まあ、これが僕の仕事だからね。宿屋もギルド関連の主要な建物もこの通りに揃ってみるから、まずはここを歩いてみるといいよ。それじゃあね」


 そう言って、男性は靄の方に戻っていった。その背中を見送ったあと、改めてアイングルナの街並みを眺めてみる。


 通りを歩くのは多種多様の種族だ。リーヴリル王国にも色々な種族はいたけど、あくまで中核は普人だった。一方で、アイングルナ……というかサザントグルナという国は、まさに多民族国家だ。もともとは流民がおこした国だって言う言説のひとつの根拠でもある。いろんな国から逃げ延びた人々が寄り集まったからこその多民族国家ってことみたい。リーヴリル王国であまり見なかった種族を挙げるなら獣人かな。最大の特徴は耳。普人と違って側頭部に耳はなくて、代わりに頭の上にいわゆるケモミミが生えているんだよね。とんがり耳の人もいれば丸耳の人もいるけど、みんな同じ獣人みたい。


 そんな感じで街を歩く人たちには少しリーヴリル王国と違った印象を抱くけど、街並みに関してはそうでもない。専門知識がないから断言はできないけど、建物の作りはほとんど同じように見えるのがちょっと不思議だ。流民の中で建築の知識を持ってた人が、リーヴリル王国と同じ系譜を持つ人だったのかな? もしかしたら、建築材料をリーヴリル王国から仕入れているからって理由かもしれないけどね。


「ここって、本当にダンジョンの中なの?」


 ぽかんとした表情でスピラが空を見上げて呟いた。

 そう、このダンジョンには空があるんだ。今まで探索してきたダンジョンが通路と部屋で構成された迷宮型だとするなら、このダンジョンは地形生成型。ダンジョンの中に、森もあれば山もあるんだ。ダンジョンの中に、別の世界があるような感じだね。


「あはは、ちょっと信じられないよね。このダンジョンには夜もあるみたいだよ」

「そうなの!?」


 ハルファとスピラの声が揃った。二人とも目を丸くしている。


「そうらしいよ。ね、ローウェル」

「ああ。外の時間と連動していると聞いた」


 ハルファとスピラは言葉もないようで、「はぁ~」と息を吐いて街を見回している。


「一応、市壁で囲んではいるんだな。だが、魔物が市壁の中に出現することはないのか?」

「う~ん、どうだろう?」


 ローウェルが言うとおり、ここから見える限りの範囲ではぐるりと壁に囲まれている。おそらく魔物を防ぐ物だと思うんだけど、都合良く壁の外側にしか魔物がポップしないなんてことあるんだろうか。


 あ、ちなみに、アイングルナの街はダンジョンによって生成されたものではなくて、人工的に作った街だ。迷宮型ダンジョンだと、床や壁を破壊したり、逆に壁を作って塞いだりしても、勝手に復元されてしまうけど、地形生成型ダンジョンはそういう復元が緩いみたい。大規模な地形破壊をすると修復されるらしいけど、少し穴を掘ったり壁を作ったりする程度では復元作用が働かないんだって。


「もし、宿屋の中に魔物がポップするなら大変だよね?」


 ハルファが困った顔で言った。

 たしかに、その通りだよね。寝ているすぐそばで魔物がポップしたとしたら、対応のしようがない。たとえ出現するのがゴブリンのような弱い魔物でも、無事でいられる可能性は

ほぼないだろう。


「迷宮の小部屋みたいに個室には魔物がポップしないんじゃないかな?」


 迷宮型のダンジョンの話になるけど、狭い空間に人がいると、そこには魔物がポップしないということが経験的に分かっているんだよね。それと同じように、締め切った寝室なら魔物が出現しない可能性はある。とはいえ、ちょっと怖いよね。あとで宿屋の人には確認しとかないと。


「市壁の内側は、部屋というには広すぎるよね。そういうことなら、街の中には普通に魔物が出るかもしれないってこと?」


 スピラが疑問を口にした、ちょうどそのとき――


『む? 魔物の気配がするぞ!』


 シロルからの警告に、僕たちは咄嗟に警戒態勢をとり、周囲を見回した。


 すぐ近くで「スライムだ」という声が上がる。だけど、ちょっと様子がおかしい。声に緊迫感がないんだ。それに、周囲の人たちに慌てた様子はない。


 状況が掴めずにいると、少し遅れて騒ぎを聞きつけた数人の子供たちがやってきた。彼らの行く先にはスライムらしき魔物がいる。だというのに、大人たちは子供たちを止めようともしない。それどころか微笑ましげに見守っているんだ。


 ……もしかして、これって日常的なことなのかな?


 僕の想像はおそらく正しかったのだろう。子供たちは手慣れた様子でスライムを叩き始めた。躊躇も恐れもなく、わいわいと楽しそうだ。ほどなくして、特に反撃することもなく、スライムは消滅した。


「宝箱はなしか」

「魔石もだよ! ちぇー」


 子供たちはガッカリとした様子で立ち去っていった。どうやら、何もドロップしなかったみたい。今回は何の成果もなかったようだけど、あんな感じでお小遣いを稼ぐのがアイングルナの子供たちの楽しみなんだろうね。


「なんと言うか……たくましいな」

「あんなちっちゃな子にも倒せるんだね」


 ローウェルとスピラが呆気にとられた様子で、さっきの出来事について話している。

 たしかに、アイングルナの子供たちはたくましそうだ。僕たちよりも明らかに小さかったから、たぶん年齢も10には届いてないと思う。そんな幼い頃から魔物退治をやっているなんてね。ダンジョン内の街ではそれくらいじゃなきゃ、やっていけないのかな?


 ちなみに子供たちが倒したスライムは、環境適応性の高い魔物だ。適応した環境によって特殊な能力を持つこともある。なので、遭遇した場所によっては決して油断していい相手ではない。でも、たいていは、たいした能力を持たない雑魚魔物でもある。本当に何の能力も持たないスライムは角ウサギよりも弱いみたい。アイングルナに出現するスライムはそういうタイプなんだろうね。


「そういえば、あの子たち、宝箱がどうとか言ってたよ?」

「ああ、それね。こういう地形生成型ダンジョンは宝箱そのものがポップするんじゃなくて、魔物を倒したときにランダムで出るみたいだよ」


 ハルファの疑問にはすぐ答えることができた。

 宝箱の情報は大事だからね! ちゃんと出発する前に調べてあるよ。


「まあ、低階層ではたいした物が出ないって話だけどね」

『そうなのか? でも、トルトが開けたら、すごいお宝がでるかもしれないぞ!』


 シロルが尻尾をふりふり提案してくる。

 それは、まあそうかも。でも、それはさすがにね?


「あはは。子供の楽しみを横取りはできないよ」


 僕の言葉にローウェルが苦笑いを浮かべた。


「トルトもまだ子供だと思うが……それもそうだな。俺たちなら、下の階層で探索した方が効率がいいだろう」


 まあ、そういうことだよね。


 さて、まずは冒険者ギルドに行こうか。あと、ダンジョン産アイテムの市があればいいんだけど。国もまたいだことだし、パンドラギフトが出品されているかもしれないからね!

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