料理コンテスト

 ザルダン親方に依頼した武器を受け取ってから数日が経過した。今のところ、まだ『光刃の短剣』を実際に使う機会はない。パールさんに師事して調薬と薬膳料理について学んでる途中だし、料理コンテストの準備もあるからね。仕方がない。ただ、そんな日々もそろそろ終わりになりそうだ。調薬に関しては基本的なレシピは教わったし、料理コンテストに向けた準備も明日以降は必要がなくなるからね。


 というのも、ついに今日、王都で料理と武具コンテストが開催されるんだ!


 武具コンテストの方は品評会みたいなものがあるけど、料理コンテストは普通に屋台をやるのと大差はない。お客さんの総数は普段と比べものにならないけどね。料理を買ってくれたお客さんにお店の名前が刻まれた木片を手渡すことになっている。お客さんはコンテスト終了までに、気に入ったお店の木片を3つまで投票できるという仕組みだ。3つまでという制限をどうやって守らせるんだろうか。良心に任せるとか? 魔道具でもなければ厳正な投票は難しそうだけど、そこまでやるかどうかはわからない。


 僕は、オーナーとなっているハンバーガー店の代表としてエントリーしている。コンテストに出すスペシャルバーガーは翌日以降にお店の新メニューとして登録させる予定だ。ハンバーガーの相変わらず大人気で、今回のコンテストでも有力な優勝候補と認識されている。だけど、最近になって猛追してくる人気店が現れた。なんとソフトクリームの屋台販売だ!


 まあ、ソフトクリームの試作をしたのは僕だ。そして、運営してるのがハルファとスピラ。だから、僕らが二店舗経営してるみたなもんだね。ハンバーガー屋が僕名義、ソフトクリーム屋がハルファ名義で登録してあるから、コンテストへの参加は問題ないみたい。


 ソフトクリームはスピラの氷属性の力を有効利用できないかと考えた結果だ。前世でボールのような球体の中に材料、それとは別に冷やすための氷を入れて、転がすとアイスが出来るというおもちゃを見たことがあった。だから、ソフトクリームの作り方はなんとなく知ってたんだよね。


 必要な材料も生クリームと牛乳、そして砂糖。だから、実は手持ちの材料で作れるんだ。まあ、生クリームが出来たのは偶然だったけど。牛乳を放置してたら、乳脂肪分が分離してできちゃったんだよね。だから、今後は生クリームを使った料理も作れる。あんまりレシピに心当たりはないけど、クレープとかならいけるかもね。


 ソフトクリームの材料をかき混ぜる魔道具は、ザルダン工房に発注して作ってもらった。これは武器制作よりも前の話だ。食べ物に関わるとあって、例のごとく、鉱人の職人たちがウキウキで作ってくれたよ。ちなみに、魔道具が完成するまではスピラに頼まれたローウェルが必死にかき混ぜていた。お兄ちゃんは大変だよね。


「トルト、どっちが優勝できるか勝負だよっ!」

「あたしたちのソフトクリームも大人気なんだから」


 屋台の準備をしていると、ハルファとスピラが宣戦布告をしにきた。スピラもかなり人混みになれたみたいで生き生きとしている。


「僕の新作バーガーだって、負けてないからね」

「わふっ!」


 僕の宣言に同調するようにシロルがひと鳴きした。シロルは僕の屋台でマスコットとして働いて貰うつもりだ。ローウェルも一応は僕の屋台を手伝って貰うことになっている。ただ、ローウェルには、材料の調整もお願いしているから、そこまでは手が回らないかもしれないね。僕の屋台もハルファたちの屋台も必要な材料は収納リングにしまってある。材料の減り方を見て、適宜補充して貰うつもりなんだ。


 そのとき、王都に時を告げる鐘の音が響いた。今のは、三の鐘。僕の感覚的にいえば午前十時を知らせる鐘だ。そして、今日においてはコンテスト開始の合図でもある。


「ハルファちゃん、時間だよ!」

「うん、戻らなきゃ!」


 そう言うと、二人は慌ただしく自分の屋台に戻っていった。といっても、偶然にも僕らの屋台はかなり近くに配置されているんだよね。これはルランナさんの忖度とかじゃなくて、本当に偶然みたい。むしろ、ルランナさんは頭を抱えていた。ハンバーガー屋もソフトクリーム屋も大人気だからね。一カ所に人が集まると色々と問題があるみたい。僕たちからすれば素材補充がしやすいから助かるんだけど。


 さて、僕も準備をしないと、すでにお客さんが並んでいる。最初のお客さんは何となく予想してたけどザルダン親方だった。武具コンテストの品評会にはまだ時間があるだろうけど、ここにいても大丈夫なのかな? まあ、僕が心配することでもないか。


「おう、トルト! 美味そうなハンバーガーだな! 10個くれ!」

「ダメですよ。ひとり3個までです!」

「ぬぐぅ……! 仕方あるまい!」


 いきなり大量注文しようとする親方。だけど、コンテストでそれは困る。一人が投票できるのは3票までだからね。材料にも限りがあるから、ひとりで4個以上注文されると有効な票数が減っちゃうんだ。なので、今日はひとり3個までと制限をつけることにした。そうなると、他の人に買っておいてもらうってことができなくなっちゃうけどね。でも、制限つけないと、鉱人のお客さんが根こそぎ買っていっちゃうから仕方がない。


 ハンバーグだねにはチーズが仕込んである。チーズ・イン・ハンバーグってやつだね。それにテリヤキソースも色々と改良を図った。お米がないのでみりんは作れてないけど、麦芽糖から水飴が作れるようになったので、それを加えることによってよりテリヤキっぽくなったんだよね。麦芽糖は例のごとくディコンポジションを使うことで実現した。いや、正直ダメ元で試してみたらできちゃったんだよね。たぶん、デンプンが分解されて麦芽糖になったんだと思うけど……よくわかっていない。ただ、確実に腐敗とは別の現象だと思う。ディコンポジションは腐敗と言うよりは微生物の活動を促進する魔法なのかもしれないね。


 麦芽糖の恩恵は値段にも影響があるんだよね。麦芽糖を代わりに使うから砂糖の使用量が減るんだよ。つまりお値段も抑えられるんだ。まあ、醤油とかチーズとかの価格もあるから。劇的に変わるわけじゃないけどね。今回は大銅貨1枚と銅貨2枚での提供としている。


 ちなみに、麦芽糖のことはちゃんとルランナさんに報告して商業契約を結んであるよ。じゃないと、また怒れちゃうからね。


「はい、どうぞ!」

「おう、ありがとうな! こいつはたまらん!」


 料金とスペシャルバーガー三つを交換する。親方は脇にそれるとさっそく食べ始めた。


「うまい! テリヤキバーガーを軽く越えてきたな!」


 親方が吠えるような大声で感想を告げると、列に並ぶ鉱人たちがいっせいにゴクリと喉を鳴らした。目がぎらついていてちょっと怖い。というか、この屋台、ぱっと見る限り鉱人ばっかりだ。


 もしかして、この人たち、全員3個ずつ買っていくのかな……?

 やっぱり、個数制限しておいて正解だったみたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る