行動力の勝利
お店に出来ていた長蛇の列をどうにか捌いて、どうにか一息つける程度には落ち着いてきた。圧の強い鉱人のお客さんは基本的に列の序盤にいたからね。でも、ちょっと困ったことになっている。用意していたスペシャルバーガーの材料が、もう半分を切ってしまったんだよね。ザルダン親方を筆頭に多くの人が3個ずつ買っていった結果だ。ほとんどの人は他の人の分まで買っていったんだと思うけど、鉱人たちはきっと全部ひとりで食べるんだろうなぁ。それがちょっと誤算だった。おいしそうな屋台がたくさんあるから、他の屋台も回るために注文は控えめになると思ったんだけど考えが甘かったみたい。
まあでも、用意した分を全部売り切ればコンテストでも上位を狙える可能性はかなり高い。なぜなら、そもそも大量の材料を確保するのというのがそもそも難しいんだ。量もそうだし、保存性の問題もある。そう言う意味では、収納リングを使える僕たちはそれだけでかなり有利なんだよね。
だけど、それですんなり優勝とはいかないみたいで――
『おい、トルト! のんびりしていると負けるぞ!』
『ん? どうしたの?』
『ハルファたちの店だ! お客が凄いぞ!』
シロルに指摘されて、ハルファたちの屋台を窺うと、たしかにまだまだ列が長い。冷たいソフトクリームはまだまだ暑いこの時期には大人気みたいだ。そもそも、冷たい甘味というのが珍しいみたいだからね。
しかも、お客をさばくテンポが速い。ソフトクリームをにゅるっと出すだけだから調理時間もほとんどかからないね。二人は見事な連携で淀みなく対応している。ハルファとスピラだけだと人手が足りないのか、ローウェルも協力しているみたいだ。そういえば、僕の屋台を手伝ってくれるはずだったのに、食材補充以外では向こうの屋台に行っているみたいだった。こんなことになっていたのか。
「あれ、でも材料は足りるのかな……?」
正直、材料面でハルファたちは不利かなと思ってたんだよね。
ソフトクリームには牛乳がたっぷり必要になる。牛乳はチーズにも必要になるから、僕も使うしね。牛乳は僕がとある牧場から定期的に仕入れてる分しかないから、提供できる数はどうしても少なくなると思ってたんだけど。
『牛乳ならルランナに相談して仕入れてたみたいだぞ!』
「えっ……、そうなの? 運搬とかはどうしてたの?」
『収納リングも借りたみたいだな』
「えぇ?」
ルランナさんも思い切ったことしたなぁ。収納リングって、かなり貴重なアイテムだから、普通は貸し出しなんてするもんじゃないと思うんだけど。ソフトクリームの販売権を見据えて恩を売ったとか?
なんにしろ、予想外の展開だ。僕はもう半分ほどで頭打ち。もし、ハルファたちがそれ以上に材料を用意していたら僕に打つ手はないぞ。
お客さんにハンバーガーを手渡しながら、必死に打開策を考える。ラッシュブルの肉はまだ収納リングに入っている。テリヤキソースもおそらく足りる。足りなくても材料はあるので、作れないことはない。問題はチーズ、そしてバンズだ。特に、バンズが問題なんだよね。チーズは牛乳さえあれば、魔法で作れる。けど、バンズは僕がイースト発酵させたパンだねをパン焼き工房で焼いて貰っているんだ。屋台から離れて発注しに行くわけにもいかないし、そもそもお祭りの日に、工房が空いているかどうかが怪しい。
……これは巻き返しが難しいかな。
でも、最後まで諦めずに売り切らないと!
「優勝は、ハルファ&スピラのソフトクリーム店でした! おめでとうございます!」
表彰会場で司会進行のおじさんが大声で結果を発表すると、舞台の上でハルファとスピラがニコニコと手を振った。それに合わせて観客がわーわーと囃し立てる。
やっぱり、優勝はハルファたちが勝ち取っていった。僕のハンバーガー店は2位。途中で品切れになって、そこから票数を稼げなかったのが最大の敗因。でも、材料が足りていたとしても勝てたかどうかはわからない。それほどにソフトクリーム店は大成功だった。たぶん、ルランナさんはほくそ笑んでいると思う。
「おめでとう。ハルファ、スピラ」
「ふふ、ありがとう!」
「えへへ、頑張ったよ!」
表彰を終えて戻ってきた二人にお祝いの言葉をかけると、弾んだ声が返ってきた。
「まさか、自分たちで材料の手配までやってるとは思わなかったよ」
「そのぐらいしないとトルトには勝てないから!」
「ルランナさんが手伝ってくれたんだよね」
ハルファもスピラも嬉しそうに笑っている。僕の油断もあったけど、二人の積極的な行動が優勝へと繋がったんだ。ハルファもスピラも行動的になったよね。二人とも辛い経験をしたけれど、それでもこうやって元気に人生を楽しめるようになって本当に良かったよ。まあ、ハルファは奴隷解放直後からわりと元気だった気もするけど。
「ローウェルもお疲れ様」
「トルトもな。そっちはあまり手伝えずにすまなかった」
「ううん、いいんだよ。ハルファたちの方が大繁盛だったんだから」
ローウェルは食材の補充で屋台を行ったり来たりさせてしまったからね。たぶん、かなり大変だったと思う。
『むぅ……、トルトは優勝できなかったな……』
シロルは少し落ち込んでいる。確かに優勝は逃したけど、ハンバーガー屋は十分に健闘したんだけどな。というか、シロルってそこまでハンバーガー屋に思い入れがあるとは思わなかった。ハンバーグが好きなのは知ってたけど……。
シロルは僕の足にすがりつくように近づいてきて、悲しげに呟いた。
『竜の肉のハンバーグ……食べれないのか……?』
なるほど!
落ちこんでると思ったら、そういうことか。竜の肉はコンテストの優勝賞品だと伝えたはずなんだけど、いつの間にか僕が優勝したら食べられると頭の中ですり替わっちゃったのかな。
「あはは、それを気にしてたの?」
『重要なことだぞ!』
シロルがテシテシと僕の足を叩く。まったく痛くはないけどね。
「大丈夫だよ、シロル! 私たちが優勝したからね!」
「竜の肉はあたしたちのものだよ!」
『おお、ということは……?』
「はは、賞品を受け取ったら、竜の肉でハンバーグを作ろうか」
約束すると、シロルが嬉しそうに「わふっ」と鳴いた。僕もちょっと楽しみだ。竜の肉……どんな味がするんだろうね。
ちなみに武具コンテストの優勝者はザルダン親方だった。さすがの腕前だと思うけど、そのあとの行動が滅茶苦茶だったんだよね。司会に一言求められた親方は、武器じゃなくてスペシャルバーガーについて熱く語りだしたんだ。そういう意味でも、さすがだよね……。
まだハンバーガー店にはスペシャルバーガーのレシピを伝えてないんだけど……できるだけ早く教えてあげた方がいいかもしれない。
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