禁忌の薬

「よく来たね、弟子よ」

「え、あ、はい?」

「煮え切らない返事だね。調薬について学びに来たんじゃないのかい?」


 さっそく教えを請おうとパールさんに会いに行ったら、顔を見るなりそう言われた。まだ何も言ってないのに。僕って、わかりやすいのかな? 


 正確に言えば、調薬というより、薬膳料理について知りたいんだけどね。でも、ベースになっているのは調薬の知識なんだろうし、魔法薬についても知っておいて損はない。ここは素直に頷いておいた方がいいかな。


「そうです」

「だったら弟子だよ。ああ、師匠だなんて畏まって呼ぶ必要はないよ。ただし、ビシバシ指導していくからね」


 そんなことを言うけど、パールさんの指導は丁寧でわかりやすい。スピラの魔法薬を作ったときに、僕でも完成させられたのは間違いなくパールさんが的確な指示をくれたからだ。


「とはいっても、あんたの場合、調薬の基礎はすでにできあがってる。あとはレシピを覚えて、反復していけばいっぱしの薬師になれるだろう。それと、あんたが知りたいのは薬膳料理のことだろう? まあ、それも私の知っているレシピは教え込んでやるから覚悟しときな!」


 なるほどなぁ。確かに、先日作った魔法薬には色々な作業工程があった。その中に調薬の基礎が含まれていたってことか。あとは実際に薬を作って、腕を上げていく必要があるみたいだ。レシピは教えてくれるようだし、色々と作ってみたいよね。


「さて、まあそれはおいおい教えていくとして、だ。弟子となったからには、あんたには試して欲しいことがある」


 真面目な顔で指導方針について話していたパールさんの顔にニタリと喜色が浮かんだ。どことなく、商売の話をするときのルランナさんを彷彿とさせる笑顔。なんだろう、ちょっと怖い……。


「調薬の奥義として森人に伝わっているレシピの中には禁忌とされるものもあってね。伝授はされているんだけど、決して作るなとも言われている。だけど、あんたにはその禁忌の薬を作って貰おうかねぇ」


 イヒヒと笑うパールさん。これで黒いローブでも纏っていたら完全に悪い魔女だ。


「え、いやですよ。なんで禁忌とされているもの作らなきゃならないんですか!」

「確かに禁忌ではある。でも、あんたなら大丈夫さ」

「……どういうことですか?」

「それはねぇ――」


 なんでも、その魔法薬が禁忌とされているのは製作に失敗すると著しいマイナス効果が出るからだそうだ。ステータスの恒久的な減少や死の呪いが降りかかったりとなかなか酷い。


「えぇ……? 確かに僕の幸運値なら他の人よりは成功率が高いかもしれないですけど……」

「何言ってんだい。あんたには何とかっていう特別なスキルがあるんだろう? パンドラギフトを何の躊躇いもなく開けてたじゃないかい」

「ああ、【運命神の微笑み】ですね」


 たしかに、スキルの恩恵を考えれば一日一度なら安全に魔法薬を作れるかもしれない。ただ問題は【運命神の微笑み】で回避できるのは『致命的な運命』なんだよね。ステータスの恒久的な減少なんかがそれに該当するかどうかは微妙な気がする。


 僕が乗り気じゃないことを見て取ったのか、パールさんがわざとらしくため息を吐いた。


「まあ無理にとは言わないよ。でも、せっかくあんたたちのためになると思ったんだけどねぇ」


 そんなことをいいながら、チラリチラリとこちらの反応を見るパールさん。


 うーん、僕たちのためになること?

 それだけ薬の効果が有用なのかな。禁忌とされながらも伝わっていることを考えるとその可能性はある。メリットとデメリットを考えても、僕ならばメリットの方が大きいという判断なのかも。


「どんな効果なんです?」

「ふふ、聞いて驚きなよ? 効果はステータスの向上だ。もちろん、一時的なものじゃないよ。恒久的に向上するのさ」


 ……はい!?

 つまり、キグニルのダンジョンで手に入れた『能力向上の実』みたいな魔法薬が作れるってこと?


「そんな凄い魔法薬が本当に存在するんですか? 聞いたことがないんですけど?」


 正直に言って、とても信じられない。そんな疑いの気持ちを隠さずに問うと、パールさん少し苦々しい顔で頷いた。


「そうだね。それも当然さ。森人の中でも限られた者にしか伝えられていないんだからね。並の薬師……というよりも、あんたみたいな非常識な存在以外が作るには危険すぎる。だが、効果は非常に有用だ。そうなると――あんたにはわかるだろ?」


 パールさんは意味ありげに僕を見た。

 ステータス向上薬のレシピが広まればどうなるか。当然、欲しがる人は多いだろう。だけど、薬師は作りたがらない。では、誰に作らせるか。たぶん、違法奴隷みたいに立場が弱い人に無理矢理作らせる人が出てくるってことだろうなぁ。パンドラギフトと同じ構図になるわけだ。


「確かに、むやみに広めるのはまずそうですね」

「そういうことさ。だけど、有用な薬には違いない。あんたたちは、どうにも危なっかしいからね。もし、ステータス向上薬が上手く作れるようなら、あんたたちの助けになるんじゃないかと思ったのさ」


 そうだったのか……。

 確かに、ステータス向上薬が作れるのなら、戦力アップという目的も叶う。僕の場合は、【運命神の微笑み】があれば死を避けることはできるわけだしね。懸念点は調薬の成功率がどの程度かってことだ。成功率が低かったら、ステータス向上薬の能力向上量よりも調薬失敗による能力減少量の方が大きいなんて馬鹿らしい結果になってしまうからね。


 まあ、それでも試してみる価値はあると思ってる。それくらいには、自分の幸運値のことを信頼してるんだ。


「パールさん、その魔法薬の作り方を教えてください!」

「ああ、もちろんさ」

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