実はできた
『むぅ。さっきまでの奴らより、ちょっと手強いぞ』
シロルがぼやくように思念を飛ばしてくる。よく見れば、猿は猿でもキラーエイプという別の魔物になっている。暴れ猩々よりも強いランクCの魔物だ。
シロルもローウェルも、押し寄せてくるキラーエイプをうまく倒しているけど、さきほどのような余裕はなさそうだ。体力を削られていけば、いずれ対処できなくなるだろう。
「一旦、退いた方がいい」
ローウェルから端的な要請。たしかに、このままではジリ貧だ。
「はいはい。じゃあ壁を解除するよ。……3……2……1……ほら、
パールさんがタイミングを取って、ファイアフォールを解除。同時にハルファとパールさんが後方に走り、シロルもそれを追う。スピラはすでに透明化して身を隠しているみたいだ。
みんなが逃げるためにも
「どうするつもりだ?」
「あいつらにぶつける!」
ぶつけるのは壁として利用していたシュレッディングストームの魔法。発動した魔法を動かすには集中力もマナも必要だけど、魔力回復ポーションの小瓶を咥えながらどうにか制御する。この程度でキラーエイプを倒すことはできないけど、あいつらの勢いを殺すことはできるはずだ。実際、暴風を避けようとする猿と強引に突破しようとする猿がぶつかって混乱が起きている。
……と、さすがにマナの残量が厳しい。
猿たちの動きが乱れているうちに、僕たちも逃げないと。
「行こう!」
「ああ」
ローウェルと一緒にハルファたちがいる場所まで走る。追いかけてくるキラーエイプもいるけど、ハルファの支援射撃のおかげで追いつかれることはない。パールさんは魔法の詠唱中。たぶん、何か上級魔法だと思う。
僕たちがハルファたちのところまでたどり着いたところで、パールさんが魔法を発動した。火の上級魔法フレアカノンだ。豪炎が迸り直線状に焼き払う。僕たちを追うために一直線に並んでいたので、多くのキラーエイプが巻き込まれたみたいだ。さすがに、これにはキラーエイプたちも怯んだ。炎から逃れた猿たちも一匹、また一匹と怯えるように去って行った。
「やれやれ……。肝が冷えたねぇ」
そんなことを言いつつも、パールさんにはどことなく余裕が感じられる。さすがベテラン魔術師という感じだ。かっこいい!
「しかし、どういう状況なんだ……?」
ローウェルは戸惑いを隠せない様子だ。でも、それも無理はない。それだけ状況が特殊なんだよね。
ひとまず、整理してみよう。
まず、ここまで来る途中に暴れ猩々がたびたび襲いかかってきたことについて。元々、暴れ猩々はこのミサルダ山の縄張りにしていたみたいだから、遭遇するのはおかしくない。遭遇回数が多かったのも、なんとなく理由はわかる。おそらく、上位の魔物であるキラーエイプに縄張りを奪われた……というか支配下に置かれたんだろうね。元々の縄張りはキラーエイプに占拠されたから、縄張りを広げている最中だったんじゃないかな。
キラーエイプは倒したときの様子から判断すると、おそらくダンジョンの魔物だ。つまり、この近くにダンジョンがある可能性が高い。ミサルダ山にダンジョンがあるとは聞いたことがないから、冒険者ギルドも把握していない未発見ダンジョンということになると思う。ミサルダ山の九合目付近なんて人がほとんど寄りつかないような場所だから今まで気付かれなかったってことは十分にありえる……んだけど、この前も未発見ダンジョンを見つけたばかりだから本当に偶然なのかな?
立て続けに未発見ダンジョンに遭遇するだなんて、運命神様の干渉があったのかなと思ったんだけど、シロル曰く――
『パンドラボックス以外でラムヤーダス様からの干渉を感じたことはないぞ! トラブルに巻き込まれるのはトルトの元々の体質だな!』
えぇ、本当に……?
自分がトラブル体質だなんて信じたくないよね。それだったら運命神様の試練だった方が良かったよ。聞きたくなかったなぁ……。いや、聞いたの、僕だけども。
おっと、話を戻すと、暴れ猩々がやたら襲いかかってくるのも、未発見ダンジョンがこの辺りにあることもそれほどおかしいことだとは思わない。やっぱり不自然なのは、ダンジョンから大量の魔物があふれ出してきたってこと。
ダンジョンから魔物が迷い出てくるのは珍しいことじゃないんだけど、同時期にたくさんの魔物が迷い出てくることはあまりない。そもそも、ダンジョンの魔物はダンジョンから遠く離れると消滅してしまうらしいんだよね。本能でそのことを理解しているのか、一部の変わり者以外がダンジョンから出ることはないんだ。
「異常事態ってことかい。本来なら騎士団や冒険者ギルドに調査を任せたいところだけど……困ったねぇ」
「くそっ、なんでこんな時期に!」
状況を整理しても、おかしな事態になっていると再確認できただけだ。パールさんは困り顔だし、ローウェルは焦りでイライラしている。無理もない。調査をして事態を解決するには、それなりに時間がかかるだろうからね。そうなると、悠久の夢見花の開花時期も終わってしまう。
「うーん、一匹ずつこっそりと仕留めれば数は減らせるかな?」
貫きの短剣と影討ちスキルがあれば、僕でもキラーエイプを一撃で仕留めるのは可能だと思う。静寂のブーツで隠密性能も上がっているから、慎重に行動すれば気付かれずに一匹ずつ仕留めることもできるだろうけど……。気づかれずに一体一体倒していくのは、さすがに時間がかかる。キラーエイプの数にもよるけど、ちょっと大変そうだ。
どうにか、現状を打開しようとローウェルとパールさんと僕とで作戦を練っているときだった。しゃがんで休んでいたハルファが不意に立ち上がったんだ。
「どうしたんだ?」
「今、何か聞こえた……」
ハルファに言われて耳を澄ませてみるけど……僕には風の音しか聞こえない。だけど、シロルは何かに気が付いたみたいだ。尻尾をぶんぶんと振って嬉しそうに「わふ!」と声を上げた。
『これはラムヤーダス様の気配だな! 神託だ!』
……え、運命神様って神託とかできたの!?
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