大猿たちの楽園?

 七合目に差し掛かったくらいで、魔物に遭遇する機会が増えてきた。特に多いのが大きな猿のような魔物、暴れ猩々しょうじょうだ。


「やけに数が多いね。こりゃ、この先で何かあったかね?」


 襲撃してきた大猿に特大の火球をお見舞いしつつ、パールさんが訝しげに呟いた。どうやら、普通はこれほどたくさんの魔物はいないみたいだ。


 今回襲ってきたのは暴れ猩々が7匹。といっても、パールさんの魔法で1匹はすでに黒焦げになってる。そして、さらにローウェルが1匹切り捨てた。残りの5匹も長くは持たないだろう。暴れ猩々はランクDの魔物。僕たちにとっては格下だ。


 こっそりと近づいて、貫きの短剣で心臓を一突き。僕の場合はこれでケリがつく。やっぱり、武器の威力って大事だね。魔法の砥石を使って品質も上がっているから、ほとんど抵抗なく刃先が通る。今ならゴブリンジェネラル相手でも十分なダメージを与えられそう。


 短剣の威力に任せて2匹を片付けた。ローウェルが追加で1匹を倒したので残りは2匹。


 片方を相手取っているのはハルファ。理力の弓を手に入れてから、ハルファの攻撃面も大きく強化された、今も魔法矢を次々に撃ち出して、暴れ猩々に抵抗を許していない。魔法矢の場合、矢をつがえる必要がないから速射が可能。その分、マナを使用することになるけど、瞬間火力はかなりのものだ。結局、ハルファが相手をしていた暴れ猩々は何も出来ずに息絶えた。


 最後の1匹を相手にしていたのは、シロルとスピラのコンビ。といっても、スピラはシロルに騎乗しているだけで、戦っていたのはシロルだけどね。こちらもすでに決着はついている。どうやら雷撃で仕留めたようだ。スピラを乗せたまま激しく動くわけにもいかないからね。


 さて、襲撃自体は大して脅威ではない。7匹でもさほど余裕を持って対処できるほどだ。問題は、その頻度。すでに、同規模の群れに何度も襲われている。以前はこれほど魔物と遭遇することはなかったらしいから、ちょっとした異常事態だ。


 パールさんは、この先で何かが起きているじゃないかって怪しんでいる。何が起きているにせよ、あまり歓迎できる事態ではなさそうだよね。単純な異常繁殖だとしても困ったことになる。数が増えると当然食料が不足するからね。猿と言えば雑食。魔物になると肉食傾向が強くなるみたいだけど、食料がなければ何でも食べるだろう。ひょっとしたら、悠久の夢見花も食べられてしまってるかも……。


 そんな危惧を抱きながら僕たちは山を登った。自然と口数が少なくなる。雰囲気を察したのかスピラも静かに……あ、いや寝てるだけだった。シロルの背中で気持ちよさそうに寝ている。それを見て僕たちの雰囲気も少し緩んだ。状況がわからないうちから、悲観しても仕方がないよね。


 僕たちの目的地は山の九合目付近。その辺りが悠久の生育している場所なんだ。だけど、暴れ猩々がおかしなくらい増えて猿の楽園みたいになってる。途中から、猿たちに見つからないように隠密行動でこっそりと進んでいたんだけど、これじゃあさすがに隠れようがない。


「こりゃあ、猿ども一掃するしかないねぇ」

「そうだな」


 隠れて進むのは無理なので、作戦を切り替える。ここからは殲滅戦だ。もちろん、僕たちに殲滅する必要はないんだけど、やたらと戦意の高い魔物なので人間を見つけると必ず襲いかかってくるんだよね。この密集地帯で戦えば、雪崩式に襲いかかってくるのは間違いない。格下の魔物とはいえ、頭数が数十倍と違えば遅れをとる可能性がある。慎重に立ち回らなければならない。


 とはいえ、こちらにはパールさんがいる。魔法の得意な森人、しかも、普人では真似できないほど経験を積んでいる魔法使いだ。戦いは専門外とはいえ、頼りになるよね。


「まったく……。年寄り使いが荒いねえ」


 パールさんはそうぼやきながらも、見せた活躍はめざましい。ファイアウォールという魔法で炎の壁を作ったんだ。しかも、本来ならば一面の壁を作るだけの魔法のはずなのに、V字状の壁になっている。炎の壁だから通り抜けを防ぐことはできないんだけど、パールさんの魔法の威力はすさまじいので、強引に通ろうとすればあっという間に焼け死んでしまうだろう。


 これで、ほぼ後方を警戒する必要がなくなった。これが非常に助かるんだ。乱戦で一番怖いのが視覚外からの攻撃だからね。正面だけを意識すればよくなったので、格段に戦いやすくなった。パールさんは魔法の維持で手一杯になってしまうけど、それを考えてもあまりあるサポートだ。


 炎の壁に気がついた暴れ猩々が続々と集まってくる。無謀な個体が炎の壁に焼かれて死んだのを見ると、残る猿たちは僕たちの正面に回り込んできた。あとは、襲いかかってくる猿たちを、ただひたする処理していくだけだ。


 前衛はローウェルとシロル。攻撃される方向を制限したとはいえ、二人では次々に襲いかかってくる暴れ猩々たちを防ぎきれない。というわけで僕も壁を増やす方向でいこう。


「〈シュレッディングストーム〉」


 V字の入り口付近を塞ぐように、切り裂く暴風を呼び出した。僕の魔法じゃあパールさんほどの威力は出ないけど、それでも突っ込むのを躊躇するくらいには威力があるはず。入り口を完全には塞がず、あえて端に隙間を作っているので多くの猿たちはそこからの侵入を試みているようだ。これで更に侵入経路が制限できたわけだね。


 侵入経路の正面にローウェルとシロルが立ち、ときおり暴風領域を越えようとする猿をハルファの魔法矢が撃ち抜く。これで安定して猿たちを撃退できている。問題があるとすれば、猿たちの死体だ。死体の山が壁になって進入路を塞いだ場合、猿たちがどういう行動に出るのかが読めないんだよね。


 だけど、その心配も杞憂だった。


「トルト、今の!」

「うん、僕も見た!」


 ハルファとほぼ同時に僕も気付いた。当然、前衛として戦っているローウェルとシロルも気がついたことだろう。たった今倒したはずの大猿の死体が忽然と消えたんだ。最初の数体は死体が残ったのに、以降の大猿は息絶えると死体ごと消失するようになっている。もちろん、怪奇現象なんかじゃない。僕たちはこの現象をよく知っているからね。


 こいつら、たぶんダンジョンから迷い出てきた魔物だ!

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