情報収集のための一手?

 新しい仲間が加入した直後だけど、本日の冒険者活動は休止。といっても、お休みというわけじゃなくて、情報収集フェイズってところかな。


 僕たちの直近の目標はスピラの精霊化を助ける薬の材料を手に入れること。そして、翼人もしくは翼人の郷の情報を手に入れることだ。


 精霊化を助ける薬については不足している材料は二つ。一つは『悠久の夢見花』。百年に一度だけ花を咲かせるといわれる幻の花だ。百年は大げさだけど、数十年に一度しか咲かないのは本当みたい。この辺りでは、ガロンドの北にある山で咲いたという記録があるらしい。そろそろ花が咲く季節だから、そのころになったら確かめに行くつもりだ。もう一つの材料はとある魔物の素材。だけど、僕たちでは倒すのが難しいような魔物なので、誰かが倒した素材が流れてくるのを待つしかないんだよね。これについては、ローウェルが情報収集に出ている。


 さて、僕たちはというと翼人の手がかりを探るために行動するつもりだ。その手段は屋台!


 醤油は翼人には馴染みのある調味料。屋台で醤油を使った料理をハルファの給仕で出せば、もしかしたら翼人の耳に入るかもしれない。もし、翼人本人じゃなくても、醤油を知っている人がいれば、手がかりにはなるしね。


 そんなわけで屋台をやろうと思ったんだけど、これがなかなか大変なんだよね。広場で屋台をやっていたおじさんに話を聞いたら、屋台は商業ギルドの管轄で商業ギルドに登録しないと許可は下りないとのこと。申請をすれば移動屋台の機材は借りることができるみたいだけどね。屋台を開く場合、ギルドへの上納金は月に銀貨5枚。これはなかなか大変だ。だって、屋台で提供する料理って大抵は銅貨数枚で提供するものだからね。銀貨5枚は銅貨で換算すると500枚。料理を銅貨5枚で提供して、材料費を考えなかったとしても、100食分の上納金が必要となる計算だ。毎日やるならともかく、情報収集のために不定期でやるくらいでは赤字になりそう。作ろうと思っているのは甘辛だれの肉串なんだけど、そのためには比較的高価な砂糖が必要になる。どうしても材料費が高くなるんだよね。


 さて、どうしたものかな。一緒に行動しているハルファとシロルにも意見を求めてみると――


「私はやってみたいな。トルトの料理は美味しいから、きっと人気になるよ!」

『僕も手伝うぞ! 手伝うから、僕にも食べさせてくれ!』


 ハルファは意欲的。シロルは……ただ食い意地が張っているだけだね。シロルに食べさせる分も考えると、余計に利益を出すのは厳しい気がする。


 まあ、でも正直利益を出す必要があるかというと、別にないんだよね。奴隷になったときはこんなこと言えるようになるとは思ってなかったけど、お金には困ってないんだ。だから、赤字覚悟で材料費ぎりぎりで販売したって問題はない。気にするとしたら、適当な値段をつけていると価格破壊になって他の屋台の人に迷惑をかけるかもしれないってところかな。けど、原価に多少利益を上乗せた程度でも、他の屋台よりは高めの値段になるだろうから、それほど気にする必要はないかも。


「それじゃあ、商業ギルドに行ってみようか」

「うん!」

『わかったぞ!』


 商業ギルドは王都の中央付近にある。貴族街にも近く、平民の中でも裕福な人たちが多い区画だ。とはいえ、冒険者らしき人たちもいないわけじゃないから、僕たちも周囲から浮かずに済んでいる。


 商業ギルドの中には、たくさんの人がいた。このほとんどが商人なんだろうね。商人と言ってもピンキリで、上等な衣服を着た大商人もいれば、着古されてくたびれた服の零細商人もいる。


 そんな人たちを横目に受付へ。僕たちの担当になったのは、仕事ができそうなお姉さんだった。


「あら、こんにちは。当ギルドへ、どんなご用件でしょうか?」

「屋台の申請に来たんですけど……」

「そうでしたか。ひとまず、こちらへどうぞ」


 お姉さんは、そう言うと僕たちを談話スペースのような場所に誘導した。ギルド内にはこのスペースみたいにテーブルとソファがセットになった場所がいくつも用意されている。たぶん、ゆっくりと商談するために作られた空間なんだろうね。


 僕とハルファがソファに座ると、お姉さんがその対面に座った。シロルは僕の膝の上で丸くなっている。


 なかなか話が始まらないなと思ったら、お姉さんはシロルに目を奪われているみたいだった。魅惑のモフモフだもんね。気持ちはわかるけど。


「あの……」

「すみません。ええと、屋台でしたね。」


 コホンと咳払いをひとつして、お姉さんは説明を始めた。


「屋台の使用には商業ギルドへの登録と、使用料の支払いが必要になります。使用料はひと月ごとに銀貨5枚。前もって一月分納付して貰って、途中で止めても戻ってきません。というわけなんですけど……」


 そこまで言って、お姉さんは言葉を切った。どうやら、僕たちの反応を見ているようだ。

これは、僕たちの見た目……というか年齢のせいだね。普通なら子供に銀貨5枚の使用料は重い。たとえ払えたとしても、うまくやらないと赤字になるわけだしね。普通の大人なら止めるかな。


「大丈夫です。あの僕たち、これでもCランクの冒険者なので……」


 銀貨と一緒に冒険者票を提示してみせた。万一、赤字になっても生活に困ることはないとわかってもらえるだろう。


「あら、本当。こんなに若いCランクは初めて見たわ。えっと、そっちの子も?」

「そうだよ!」


 ハルファも冒険者票を掲げて見せた。それを見たお姉さんは、はぁっと息を吐く。


「将来有望ねぇ。そういうことなら手続きは進めますけど……」


 お姉さんはそこで言葉を切った。


 なんだろう? こちらを見て、眉を八の字にしている。困っている……というか、ちょっと躊躇っている感じかな。


「本来、こういうことを伺うのはマナー違反なんですけど……、どうして屋台を? Cランク冒険者なら、屋台をやるよりよほど稼げると思いますが」


 たしかに、収入面を考えると冒険者のほうがよほど稼げる。引退を考えているのでなければわざわざ屋台をやる意図を見出せないだろうね。引退するには僕たち若すぎるし。


 まあ、理由を隠す必要はない。というか、翼人の手がかりを探すためには、積極的に開示した方がいいよね。お姉さんが何か知っているかもしれないわけだし。


 というわけで、ハルファの事情を含めて簡単に説明した。


「なるほど、そういうことでしたか。醤油については聞いたことがあります。翼人伝統の調味料ですか。私も興味がありますね」


 お姉さんの目がキラリと光った。

 なんだろう。今までの柔らかな印象が一転した。今は捕食者と対面したようなプレッシャーを感じる。


「屋台を始めると言うことは、それなりの量の醤油が確保できているってことですよね? まさか、お嬢さんは醤油の作り方をご存じなので?」

「私は知らないよ。醤油はトルトが魔法で作るから」

「……ほう、魔法で。それは興味深いですね。是非、お話を聞かせていただきたい」


 めちゃくちゃ、食いついてきたよ……!

 あれ? 屋台の話をしていたのでは?

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