スピラの事情
「じゃあな、ゴブリン退治は助かったぜ! また、何かあればよろしくな!」
ガロンドの冒険者ギルドで諸々の報告を終えた後、ゼフィルがそう言って右手を挙げた。その横ではエイナが軽く頭を下げている。
ゼフィルは打ち上げをしたかったみたいだけど、それはエイナによって却下された。ジト目の上、無言でゼフィルの耳を引っ張りだしたから何事かと思ったよ。どうやら、ゼフィルはしばらくの間、禁酒を申しつけられているみたいだ。原因となったのは、僕たちと出会った日の痛飲。その翌日は二日酔いで寝込んでいたらしい。
そういうわけで、本日は大人しく解散することになった。僕たちもちょっと疲れたし、ちょうどよかったかもしれないね。
ちなみに、ダンジョンのことはギルドに報告しておいた。すでに跡形もないとはいえ、ダンジョン崩壊という事例自体が貴重な情報だからね。共有はしておいた方がいいと思って。
最初は、ちょっとポンコツ気味のお兄さん――ラダンさんが対応していたけど、まだまだ新人の彼では処理しきれないということで、少し年配の人が対応してくれた。まあ、その人も専門家というわけではないから、また後日話を聞くかもしれないってことだったけど。
さて、今日やるべきことは終わったかな?
まだ日が傾くには早いけど、今日は宿でゆっくりするのもいいかもしれない。そんなことを考えたときだった。
「少し話がしたいんだ。家に来てくれないか」
ローウェルが真剣な顔で話しかけてきたんだ。もちろん、断る理由はない。それに――
「スピラちゃんに会えるね!」
『そうだな!』
ハルファとシロルも嬉しそうにしているからね。
ローウェルの家は、冒険者ギルドからさほど離れていない場所にあった。この近くには、冒険者用の借家がたくさんあるみたいだ。その中の一つ、こじんまりとした部屋をローウェルは借りているらしい。
部屋の中は綺麗にはしてあるけど、飾りっ気がない。というか、そもそも物が少なかった。冒険者の男性が一人暮らしというならば納得できそうな部屋ではあるけど……。
「あれ、スピラちゃんは?」
そうなんだよね。ハルファが疑問に思ったように、迎えてくれると思っていたスピラがいないんだ。それどころか、スピラの私物らしいものがない。ワンルームなので、別の部屋にいるというわけでもないから、ちょっと想像と違ったんだ。
「そのことも関係しているんだ。スピラ」
ローウェルが呼びかけると、彼のすぐ隣の空間が揺らぐ。揺らぎはにわかに色味を帯び、にじみ出るかのようにスピラの姿が現れたんだ。僕の使うシャドウハイディングのように気配を消していたという感じでもない。何もないところに、実体化したかのような現れ方だった。
『おお、凄いな! どうやったんだ、スピラ!』
「スピラちゃん、久しぶりだね!」
ちょっとびっくりするような現れ方だったけれど、シロルとハルファは特に気にした様子もない。笑顔でスピラに話しかけている。それを見て、ローウェルはほっとしたように息を吐いた。
ハルファたちはそのままお喋りをはじめたけど……、まあいいか。僕だけでも話を聞いておこう。
「えっと、それでどういうことなの?」
「ああ。スピラは俺の妹で森人だ。それは間違いじゃないんだが……、半分ほど精霊化しているんだ」
「精霊化……?」
精霊っていうのは、自然とマナに近しい存在。肉体は持たない精神体だ。目には見えないけど精霊は世界のそこかしかに漂っている、というのが通説だね。もっとも、そういうのは自我の薄い低位の精霊で、高位精霊はしっかりとした自我を持ち、はっきりとした姿を持つらしいけど。
ローウェルの話によると、森人は精霊を祖とする種族らしいんだ。そして、今でも精霊としての因子を持っているんだって。だから、ごく稀に森人から精霊へと変化する人がいるみたい。
「じゃあ、スピラも?」
そう尋ねると、ローウェルは悲しそうな表情で首を横に振った。
「スピラは……精霊になりきれていないんだ」
スピラの精霊化が始まったのは今から8年ほど前らしい。当時6歳だったスピラはそのころから成長が止まっているようだ。通常、その状態で1年もあれば完全に精霊となるのだが、スピラは精霊化が進まず、森人にも戻れず、そんな中途半端な状態で8年間過ごしているらしい。
半精霊の何が問題かというと、その寿命。
半精霊状態というのは負担が大きいのか、長くは生きられないみたいだ。平均すれば10年ほどで亡くなると言われているそうだ。これは森人の寿命からすると、ごく短い期間にすぎない。
「長の話では精霊化を助ける薬があるらしい。材料はわかっているんだが、幾つかの素材の入手が難しかったんだ」
「もしかして、ゴルドディラとレアメラットの尻尾も?」
「そうだ。特にレアメラットの尻尾の入手は絶望的だと考えていた。もちろん諦める気はなかったが、まさかあっさりと手に入るとは……」
ダンジョンの崩壊に巻き込まれたりしたから、あっさりと言っていいのかどうかは微妙だけどね。とはいえ、レアメラットはレアな魔物で、尻尾がドロップするのはごく低確率。それを考えれば、まああっさり……なのかもね。
「それもトルトのおかげだ。君のおかげでようやく希望が持てた。図々しい願いにはなるが、他の素材の調達にも協力して欲しい。もし、それが叶えば、俺は生涯をかけて君たちの力になろう!」
ローウェルは言うなり深々と頭を下げた。スピラを想う気持ちが痛いほど伝わってくる。半精霊状態では平均で10年しか生きられない。スピラはすでに8年をこの状態で過ごしているんだ。絶望の中、それでも希望を捨てずに頑張ってきたんだろうね。
いつの間にかハルファたちもお喋りを止めてこちらを見ていた。
「ええと、頭を上げてよ。協力するのは構わないよ。ねぇ?」
「もちろんだよ! スピラちゃんを助けるためならね!」
『僕も構わないぞ!』
ハルファもシロルも当然のように賛成してくれる。まあ、僕なんかよりよっぽどスピラとは親しいわけだしね。反対するわけはないとわかっていた。
「でさ、どうせなら――」
「もちろん、賛成だよ!」
『そうだな! 賑やかな方が楽しいぞ!』
追加で提案しようとしたら、ハルファとシロルから熱烈に賛成されてしまった。まだ、言い終わってないのに。まあ、でも何がいいたいのかくらいわかるか。みんな同じ気持ちってことだね。
「あはは、そうだよね! ねえ、ローウェル、そしてスピラも。二人とも、僕たちのパーティーに……『栄光の階』に入ってくれないかな?」
僕のお願いにローウェルは少し呆然とした様子だった。反応が早かったのはスピラの方だ。
「入る! あたしもシロルと一緒に冒険する!」
『むぐぅ……。よ、よろしくな。スピラ』
「やったぁ! 歓迎するよ~」
スピラは宣言するなり、シロルにぎゅうっと抱きついた。その上から、さらにハルファが抱きついたから団子状態でもみくちゃになっている。シロルが苦しそうだけど、空気を読んだのか大人しくしているね。
「で、ローウェルはどうかな? もちろん、パーティーメンバーの悩みは一緒に解決するつもりだよ」
改めて尋ねると、ローウェルはしっかりと頷いてくれた。
「ああ、俺もよろしく頼む。ありがとう」
こうして、『栄光の階』に新しいメンバーが加わったんだ。
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