レアな魔物を倒した結果

 思念伝達によるシロルの警告は全員に届いたらしい。よほど驚いたのか、対象を限定しなかったみたいだ。


「なんだ、今のは!? もしかしてシロルか?」

「シロル……ちゃん?」


 思念伝達について伝えていなかったゼフィルとエイナが驚きの声を上げた。エイナなんて、普段はほとんど喋ることがないのにね。よっぽど驚いたんだろう。


 おっと、今はそんなことを考えている場合じゃない。スキルがあるわけじゃないけど、シロルの索敵能力は優れている。そのシロルが気付かなかったんだ。普通の魔物とは思えない。


 シロルの視線を追うと、一瞬何かが走り抜けていくのが見えた。なんだかわからないけど、めちゃくちゃ早い!


「レアメラットだ! 扉を閉めてくれ!」


 ローウェルから指示が飛ぶ。魔物を逃がさないため、かな?

 よくわからないけど、ローウェルの判断を信じよう。


 開け放ったままだった部屋の扉に駆け寄り、なんとか締め切る。


「ぢゅう!」


 その直後、レアメラットとかいう魔物が扉に衝突した。どうやら間一髪だったみたいだ。恨めしげにこちらに視線をよこしたその魔物は、一言で表現すればピカピカのねずみだ。やけに光沢の強いメタリックな質感。だけど、作り物めいた感じはなく、質感以外はおおねずみと変わらない。


 恨みを晴らそうというのか、レアメラットが僕に向かって飛びかかってきた。咄嗟にナイフで迎え撃つ!


「硬ぁぁ!?」


 思わずナイフを取り落としそうになっちゃった。

 攻撃は防げたけど、ダメージを与えられた感じは全くない。本当に硬かったんだ。ナイフのぶつかったときの音も『キンッ!』だったし。


「レアメラットはねずみタイプの魔物が出るダンジョンで、ごく稀に出現する珍しい魔物だ。かなり俊敏な上、表皮は金属のように硬い。だが、ダメージが入っていないわけではないらしい。逃がさずに攻撃を続ければ倒せるはずだ!」


 そんな魔物がいるんだ。ということはキグニルのダンジョンにも出現する可能性はあったのかな。それなりに長いこと探索をしたのに全然見なかったけど。というか、ローウェルはそんな魔物をよく知ってたよね。


 と思ったら、次の言葉でなんとなく理由がわかった。


「レアメラットはごく低確率で尻尾をドロップする。もし、尻尾がドロップしたら俺に譲ってくれ」


 なるほど。ローウェルはその尻尾を必要としていたわけだ。だから、魔物について知っていたんだね。さっきの言葉にも必死さが滲んでいた。もしかしたら、スピラに必要な薬に関係するのかもしれない。だとしたら、ここは頑張らないと! 低確率ドロップならば、僕の出番だ。


 硬い敵が相手なら、取れる手段は限られる。やっぱり、ディハイドレイトに頼るしかないかな。短剣技能だと威力不足な場面が多いなぁ。まあ、攻撃手段があるだけましだよね。


 レアメラットにディハイドレイトが有効かどうかは、試してみないとわからない。生き物なら、たぶん大丈夫だと思うけどね。小さい魔物は体内の水分量も少ないから、もし有効なら大きな効果が出るはず。とりあえず、試すだけ試してみよう。


『シロル。今、僕がいる隅にねずみを追いやってもらえない? みんなにも伝えて』

『うん? わかったぞ!』


 絆の腕輪を介してシロルに願いしておく。言葉にしなかったのは、作戦がレアメラットに漏れることを警戒したためだ。知能が高い魔物の中には人の言葉を理解しているものもいる。レアメラットの知能がどれほどのものかは知らないけど、一応用心しておかないとね。


 さて、僕は僕で準備しないと。

 魔法の詠唱を完了した状態で発動を待機状態にすることは可能。だけど、その状態を維持したまま激しく動くのは難しいんだ。だからといって、素早いレアメラットを追いかけながら呪文を詠唱するなんてことも無理。なので、こっそりと気配を消してレアメラットの方から近づいてもらうのがいいだろう。


 シャドウハイディングを使って気配を消した状態で、ディハイドレイトの発動待機状態を維持する。あとは、レアメラットが僕のそばにやってくるまで、息を潜めておくだけだ。


 シロルが素早く追い込み、ゼフィルとローウェルが位置取りによって移動方向を制限していく。レアメラットは徐々に僕のいる部屋の隅に追い詰められて――今だ!


「〈ディハイドレイト〉」


 レアメラットをさっと捕まえて、即座に魔法を発動する。抵抗するように藻掻いたのは一瞬のこと。すぐにぐったりと脱力したレアメラットは、すうっと溶けるように消え去った。


「うお、なんだこりゃ!?」

『おお、ピカピカが降ってくるぞ!』


 ドロップアイテムなのだろうか。レアメラットが消滅した瞬間に、何もない空間からコインのようなものがじゃらじゃらの湧き出して地面に落ちていく。色合いは銀貨のように見えるけど、デザインは見たことがないものだ。コインはこんもりと積まれていって、レアメラットよりも一回り大きな小山を作ったところで湧き出しが止まる。いや、少し遅れて何か細長いものがポロンと落ちてきた。


「尻尾だ!」


 ローウェルが駆け寄って確認する。どうやら目的の物が手に入ったようだ。良かった良かった。


 だけど、そんな喜びを分かち合っている暇はなかった。


「うわぁ。なになに?」

『揺れてるぞ!』


 ゴゴゴという地に響くような音とともに地面が揺れ始めたんだ。身動きがとれないほどではないけど、少しも止まる気配がない。


 ダンジョンで起きる地震のような現象。実は心当たりがある。


「もしかして、ダンジョンの崩壊……!?」


 だとしたら、巻き込まれるとまずい!


「ダンジョンの崩壊? 確かなのか?」

「いや、わからないよ。でも、本当だったら危ない。ここにいる理由もないんだし、逃げた方がいいよ」

「そりゃそうだな」


 みんなにも異論はないようだ。僕たちはうなずき合うと、部屋を出てダンジョンの出入り口に向かって駆け出した。ちなみに、床に散らばった謎のコインは、ここら辺のコインをまとめて収納したいと念じたら一括して収納リングに収まった。意外と融通が利くんだね。


 僕たちの中で一番足が遅いのはエイナだ。彼女はすでに米俵を担ぐようにして、ゼフィルに抱きかかえられている。そんな状態で僕たちと同じ速さで走っているんだから、ゼフィルの体力はすさまじい。


 揺れは止む気配はなく、それどころか徐々に大きくなっている気がする。ダンジョン崩壊の速度がどの程度なのかは知らないけど、あんまり良い状況とはいえなさそう。ただ、ゴールはすぐそこだ。狭いダンジョンだけあって、最短経路を駆け抜ければ移動時間はかなり短くて済む。


『出口だぞ! みんな急げ!』


 ついに出口が見えた。シロルが先頭でみんなを叱咤する。すでに揺れはかなり大きくなっていた。たぶん、冒険者としての身体能力がなければまともに走れなかっただろう。


 僕ら全員がなんとか大穴から這い出たとき、ひときわ大きな轟音が響いた。ダンジョンの外にも、その影響はあったようで、ズズンと身体に響くような振動が襲ってくる。だけど、それも一瞬のことだ。その後には揺れも音も残らなかった。

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