森人の兄妹
王都へと向かう道をてくてくと歩いていると、少しずつ周囲が暗くなり始めた。今日は、このあたりで野営することになりそうだ。歩き旅だと、必ず村にたどり着くとは限らないんだよね。
「よーし、今日は直火で肉串を焼こう! ハルファが解体してくれた新鮮なウサギ肉だよ」
「えっへん!」
『よくやったぞ、ハルファ!』
簡易かまどの魔道具もあるんだけど、あれの調理感はクッキングヒーターみたいな感じなんだ。たしかに便利なんだけど、直火の味も捨てがたいんだよね。夜間の灯りも必要だから、今日はちゃんと火をおこした。キャンプファイアみたいで楽しい。
肉串は醤油と香辛料で味付けしてあるから、そこらの屋台には負けない味になっているはずだ。実際、火に炙られた肉串は食欲を誘う匂いを放っている。肉串からポタリと垂れる脂がまたたまらない。よだれが口から溢れそうだよ。
『もう、いいか? もういいよな? 我慢できないぞ!』
「そうだね。もう大丈夫だよ」
『本当か! 食べるぞ! むぐ……熱いぞ! むぐむぐ、でもうまいぞ!』
シロルが念動で器用に串を動かしながら、肉を頬張っている。いつの間にか、繊細なコントロールが出来るようになっているんだよね。これも食い意地のなせる技かな。
「醤油だれが香ばしくて、焼き加減も最高! さすがトルトだね!」
「いやいや、ハルファの下処理のおかげだよ。肉も新鮮だしね」
「おいしそー!」
僕とハルファがお互いを褒め合っていると、見知らぬ声が聞こえてきた。声の方向に視線を向けると、幼い女の子が物欲しそうな目で僕たちを見ている。こんなところに知り合いがいるわけもなく、見知らぬ女の子だ。特徴的なのは耳の形。僕みたいな普人と違って、耳がピンと尖っている。森人の特徴だ。
『誰だー、お前は?』
「あたしは、スピラだよ! わんちゃん、かわいいね」
『うわぁ、やめろ! 僕は犬じゃないぞ!』
にこっと挨拶をしたスピラという女の子は、シロルに抱きつくと、わしゃわしゃと撫ではじめた。ちょっと荒っぽい手つきのせいか、シロルが逃れようともがいている。
「スピラちゃんは誰かと一緒に来たの? どこにいるかわかる?」
ハルファが優しく問いかけると、スピラは大きく頷いた。
「お
スピラは背後を振り返ってから首を傾げた。もしかして、迷子?
幸い、お兄さんとはぐれたことに気がついても泣きわめいたりする様子はない。でも、お兄さんのほうは心配しているんじゃないかな。
「お兄さんがどっちにいるか、わかる?」
「うん、あっち! もうすぐ来るよ!」
耳を澄ませば、かすかに人の声が聞こえる。たしかに、スピラを呼ぶ声だ。
良かった。はぐれたと言っても、それほど離れてはいなさそうだ。周囲が暗くなったせいでよく見えないけど、わりと近くにはいるみたいだ。
「お兄。こっちだよ~!」
暗がりに向けて、手を振るスピラ。もしかして、見えてるのかな? そういえば、森人は暗視能力にも優れてるんだっけ。試しに、僕も暗視能力を付与する〈ナイト・ヴィジョン〉を自分にかけてみる。すると、たしかに一人の男性がこちらに向かって歩いてきているのがわかった。
ほどなくして現れたお兄さんは、若手冒険者といった感じの出で立ち。すでに駆け出しの域は抜け出していることは雰囲気でわかる。革鎧や腰に
森人の特徴と言えば、魔法が得意……なんだけど、お兄さんは珍しく前衛タイプに見える。まあ、森人だからといって全員が全員、魔法使いというわけじゃないからね。お兄さんみたいに、森人の戦士というのもいるんだろう。
ちなみに、容姿に関しては耳以外ほとんど普人と変わらない。種族的に美形だとかいうこともないみたいだ。ただ、筋肉がつきにくいらしくて、細身の人が多い傾向にあるね。
「スピラ、良かった。勝手に飛び出したら駄目じゃないか」
「ごめんなさい、お兄。おいしそうだったから」
「美味しそうって……。あっ、すまない。俺はローウェルという。その子の兄だ」
ローウェルさんは、スピラを軽く叱ってから、思い出したように僕達に自己紹介をした。ちょっと年が離れているみたいだけど、仲が良い兄妹のようだ。
「迷惑をかけたな」
「あ、いえ。良かったら食べていきませんか。肉串はまだありますから」
「いや、それは……」
すぐにでも場を辞そうとするローウェルさんに、僕は待ったをかけた。さすがに、あんな風に肉串を食べたそうにしていたスピラをそのまま帰すのは抵抗がある。というか、ハルファがすでに新しく肉串を焼き始めているし、スピラもそれを食い入るように見つめている。
「たくさんありますから」
「……すまない」
ローウェルさんもあの状態のスピラを肉串から引き離すのは気が引けたみたいで、結局は僕の提案を受け入れてくれた。
食事をしながらお互いについて話す。
ローウェルさんは20歳でスピラは6歳らしい。まだ若い森人みたいで、見た目と実年齢の差がほとんどなかった。見た目通り冒険者で、僕たちと同じCランクらしい。僕たちは12歳にしてCランクだけど、これは異例中の異例。黒狼の件がなければありえないことだからね。普通なら20歳でCランクは十分に優秀だ。
続いて、僕たち自己紹介。
「僕はトルトです。そして、彼女がハルファ。そして――」
『シロルだぞ! よろしくな!』
シロルについてはどうしようかと思ったけれど、僕がどうこうする間もなく、シロルは思念を飛ばして挨拶した。まあいいか。スピラとは普通に喋ってたから今更だし。
シロルの思念を受け取ったローウェルさんは流石に驚いたようだ。スピラは全く動じてなかったけどね。
「しゃ、喋った……のか?」
『おお、そうだぞ! 僕は聖獣だからな。喋るくらい簡単だぞ!』
「聖獣……」
ローウェルさんが反芻するように呟いた。やっぱりシロルが聖獣だってことは、
「それにしても、普人に翼人、そして聖獣か。すごい組み合わせだな。君たちも冒険者なのか?」
「そうですよ」
「Cランクなんだよ!」
ローウェルさんの言うとおり、あんまりない組み合わせだよね。そもそも、翼人はあまり他種族とは交流がないし、聖獣なんて普通ならおとぎ話の存在だから。
ただ、冒険者のパーティーは種族混合になっていることも多い。パーティーでは役割分担がはっきりしていることが多いからね。いろんな種族がそれぞれの長所を生かして、パーティーに貢献するんだ。種族的に頑丈な鉱人がタンク役を担ったり、魔法が得意な森人が魔術アタッカーで活躍したりね。
明らかにそれらしい格好だから、ローウェルさんも僕たちが冒険者であることは察していたみたいだけど、さすがに自分と同ランクだとは思っていなかったみたい。ハルファの言葉に驚きの表情を見せた。
「君たちの年齢でCランクとは。もしかして、草人だったか?」
「あ、いえ。普人ですよ。ちょっと前に色々とあって、一気にランクアップしたんです。だから、ローウェルさんほどしっかりと実力があるかどうか……」
「ふむ? ああ、そうだ。俺に敬語も敬称もいらない。冒険者同士だと敬語は使わないことが多いし、何より同ランクだからな。無理にとは言わないが、言葉を崩してくれ」
たしかに、冒険者っていうのはそういうものみたいだ。ランクは違っても、基本的には立場は対等ってことらしい。まあ、みんな個人事業主みたいなもんだしね。実績の多い少ないはあっても、立場は同じってことかな。もちろん、個人的に尊敬する先輩には敬語を使ったりするし、作戦行動中は高ランク冒険者に従ったりといったことはあるけど。
でも、なんとなく仲良くなれそうだし、そう言ってくれるならそうさせてもらおうかな。
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