黒狼騒動の結末

 ルドヴィスを消滅させて数日が経過した。キグニルの街はすでに落ち着きを取り戻している。さすが、冒険者が多く集まる街だけはあるね。


 残念なことに、先日の襲撃では冒険者に幾人もの犠牲者が出た。幾つかの建物にも被害があり、冒険者ギルドも建て替えが必要だ。


 慈雨の祈石の探索と疫呪の黒狼の討伐。これらの功績で僕たちの冒険者ランクは一気にCランクまで上がることになった。功績だけでいえばもっと上げてもいいらしいけど、さすがに実力が追いついていないということでCランクに留められた形だ。


 実際に僕たちはまだまだ実力が足りない。ルドヴィスを倒せたのも、アイテムと運命神様のサポートのおかげだ。むしろ、まだまだ駆け出しの域を出ない僕たちがCランクでいいんだろうか。ギルドとしても功績と実力のバランスで結構悩んだんじゃないかな。


 白金貨10枚を貰った。白金貨なんて、普通は個人で持つような貨幣じゃなくて、貴族や大商人の取引に使うものだ。あまりの高額にびっくりしたけど、これにはルーンブレイカーを紛失した補填という意味もあるみたいだ。僕としてはもう一つ手に入ったし、元々紛失の可能性も考えて貸したものだから補填とかいらないんだけど、さすがに対外的な面子もあって、領主家が出すことに決めたらしい。


 冒険者としての成果はそんな感じだ。たぶん、駆け出しの冒険者にしてみれば、驚くべき栄誉なんだろうけどね。でも、僕にはそれ以上に衝撃的なことがあった。


「すまない。家に戻ることになった」


 切り出したのはレイ。今回の騒動の結果、冒険者を引退することにしたみたいだ。彼のお目付役でもある、ミルとサリィともお別れということになる。


 レイの本名はレイドルク・ドラヴァン。キグニル一帯を治めるドラヴァン子爵家の次男みたいだ。キグニルはドラヴァン子爵家領の中でも領都に次ぐ規模の都市で、幼い頃からよく遊びにきていたらしい。ドルガさんを始めとしたベテラン冒険者とも交流があって、そのせいかダンジョン探索に憧れを抱くようになったようだ。


 普通なら、貴族家の次男が冒険者になるなんて家が没落でもしない限りにないんだけどね。ドラヴァン子爵は貴族家には珍しく大らかで、レイが冒険者になることも条件付きで認めたみたいだ。


 だけど、今回の騒動があって風向きが変わった。


 ダンジョンは素材やドロップ品で領地に恩恵をもたらすけれど、トラブルも引き起こす。今回の件は、ダンジョンのせいかというと怪しいけどね。でも、魔物溢れが起きたり、犯罪者が潜んだりとトラブルの温床になるのは間違っていない。


 そこで、ドラヴァン子爵はキグニルに代官を置くことにした。代官は貴族家に連なり、冒険者にも詳しい人物がふさわしい。ということで、候補に挙がったのがレイだったというわけだ。レイとしても断ることはできたみたいだけど、愛着のある街がルドヴィスに蹂躙されたことで思うところがあったみたい。その役目を引き受けることにしたんだって。まあ、レイは正義感が強いし、真面目だからね。


 個人的には、ドラヴァン子爵の考えは建前に過ぎなくて、単純にレイのことが心配なんじゃないかなと思う。安全にダンジョンの低階層を慎重に探索するくらいだろうと思っていたのに、はるか昔に封印された魔獣と戦って勝ちましたって聞かされたら心配するよね、普通。貴族家ならそれを誉れだとか考える可能性もあるけど、話を聞く限り子爵はそんな性格じゃなさそうだし。真相はわからないし、レイが納得しているのなら僕がとやかくいうことではないけどね。


「今まで一緒に冒険ができて楽しかった。冒険者をやめても僕らは仲間だよ。困ったことがあったら言ってね。僕に出来ることがあったら協力するから」

「はは、ありがとう。トルトに協力してもらえれば、大概のことはなんとかなりそうな気がするな。トルトこそ、困ったことがあったら、俺たちを頼ってくれ」


 正直に言えば、できればまだまだ一緒に冒険を続けたいという気持ちはある。だけど、レイが考えて決めたことだからね。わがままを言って困らせる気もないんだ。ただ言えるのは、道は分かれても、僕たちの友情は変わらないってこと。短い期間だったけど、それでも僕たちの間にはしっかりとした絆がある。


「はあ。お前には密偵の仕事を引き継いで貰いたかったんだけどな」


 そうぼやいているのはドルガさん。ドルガさんは冒険者であるけど、同時にドラヴァン子爵家の密偵でもあるみたいだ。僕を後継者に仕立て上げようとしていたらしい。


「僕は冒険者が合ってます。それにハルファを故郷に戻してあげたいし」

「そうか……。まあ、そうかもしれないな。だが、気が変わったら、いつでも歓迎するぞ。きっちりと仕込んでやるからな」


 まだ諦めていないみたいだ。ちょっとしつこい。でも、ドルガさんに教えて貰った技術は、僕の戦闘スタイルの根幹になっている。思惑はどうあれ、ドルガさんには感謝してるんだ。いつか、いいお酒が手には入ったらお土産に持ってきてあげよう。結局、霊酒はほとんどドルガさんの口には入らなかったし。


 向こうではハルファたちが別れの言葉を交わしている。


「まあ、レイのことはアタシたちがフォローするから心配いらないわ。それよりも、トルトが心配よね。のんびりしてるように見えて、意外と無茶するんだから」

「大丈夫だよ。トルトのことは私がちゃんと見てるから!」

「そうだね~。トルト君のことはハルファちゃんに任せるよ」

『僕もいるぞ! 任せろ!』

「そうね。シロルにも任せたわよ」


 あれ? お別れの言葉……かな?

 というか、僕は無茶した覚えはないんだけどなぁ。ちょっと納得がいかない。パンドラギフトのこととか持ち出されると弱いので、抗弁はしないけども。


 レイたちは一度、領都に戻るみたいだ。そこで代官としての教育を受けるらしい。迎えの馬車が来て、本当にお別れの時間がやってきた。


「ねえ、レイ。『栄光の階』の名前はもらっていいかな?」

「ああ。お前たちが引き継いでくれるなら、俺も嬉しい」


 最後にひとつだけお願いをした。『栄光の階』はレイたちとの絆の証。今後は僕が引き継いでいくことにしたんだ。冒険者を引退したレイたちに代わって、大活躍して名声をとどろかせる……ことができるかどうかはともかく、再会した時のお土産話くらいはできるだろう。


「ありがとう。それじゃあ、これで本当にさよなら、かな」

「ああ……。じゃあな、トルト、ハルファ!」

「うん。ばいばい、みんな!」


 こうしてレイたちは領都へ発った。僕たちもお世話になった人たちに挨拶をして、数日後にはキグニルを出るつもりだ。翼人の郷の手がかりを探すために、まずは人が多い都市を巡ろうかなと思っている。だけど、基本的にはノープラン。まだ手がかりは何もないんだから焦っても仕方がないよね。


 ともかく、ここが新たな『栄光の階』のスタート地点だ。次はどんな冒険が待っているんだろう。ちょっと予想外に大きな事件に巻き込まれたから、しばらくはのんびりとしたいなぁ。


――――――――――――――――――――――


これにて第一部完結となります。

第二部はゆるっとした展開になる予定。


レイたちとは別れることになりましたが、

作品が続けば再会することはあるでしょう。

(たぶん)


ここまでお付き合いいただき

ありがとうございます。


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