勝利を掴むには


(何故だ? 何故うまくいかない……?)


 ダンジョンの暗がりの中で、ルドヴィスはただ静かに思考を巡らせていた。


(ガルナラーヴァ様の導きに従い、疫呪の黒狼を解き放つまでは順調だった)


 邪呪神ガルナラーヴァ。破滅をもたらす存在。世界に仇なす悪神。ルドヴィスはそのガルナラーヴァを信奉する邪教の徒であった。


 あるとき、彼は邪呪神の神託を受けた。その内容はキグニルのダンジョンに封印された疫呪を解き放てというもの。邪教徒であることを隠し、冒険者として活動していたルドヴィスは仲間たちを説き伏せ、キグニルへ向かい黒狼の封印を解くことに成功した。


 仲間たちはガルナラーヴァの信徒ではないものの、所詮、類は友を呼ぶアウトロー。元々、ダンジョンで同僚を襲うことにも抵抗がない不良冒険者たちだ。黒狼を従えれば、今まで以上に同業者殺しがやりやすくなると唆せば、あっさりと協力を取り付けることができた。


 違法奴隷を買いつけ、生け贄に捧げる。その企みも半ばまではうまく行っていた。綻びが乗じたのは、ひとりの子供を取り逃がしたところからだ。


 その子供は何の変哲もない、ただの子供のはずだった。逃がしたとはいえ、それはたまたま転移の罠を発動させてしまっただけのこと。生け贄にできなかったことは惜しまれるが、大した問題はない。そのはずだった。


 しかし、その子供はルドヴィスの計画をことごとく妨害している。運命神の巫女を助け、聖獣と絆を結び、慈雨の祈石を持ち去る。まるで運命に導かれるように。


(まさか、運命神の使徒か? いや、そんなはずはない。奴を買ったときに、ステータスは確認している)


 だとすれば、何故。

 そんな思考を邪魔するように、うめき声が上がった。


「ルド……ヴィス……、お前、なんで……」

「……まだ生きていたか」


 うめき声の主はバルドッグ。ルドヴィスのかつての仲間だ。そして、今は黒狼への贄。


「黒狼よ」


 黒狼は鳴き声を上げない。ただ、短い指示に従い、バルドッグの背を引き裂いた。三人分の血だまりの中で、黒狼は静かにたたずんでいる。


「まだ足りないか」


 巫女を取り逃がし、祈石も持ち去られて、余裕をなくしたルドヴィスは仲間を贄として捧げたのだ。ただ、それでも三人分。疫呪の黒狼が十分に力を取り戻したとはいえない。


「仕方がない。黒狼よ、私の肉体を食らうが良い。そして私の魂と同化せよ。全てはガルナラーヴァ様の導きのままに」


 生きながらにして黒狼に食われながら、ルドヴィスは狂ったように笑った。


「そうか。そうだったか! 最初からこうすれば――」


 それが邪教徒ルドヴィスの最期の言葉だった。





『おい、トルト! いつまでぼんやりしているんだ! しっかりしろ!』

「……え?」


 ふと、気がつけばシロルが僕に呼びかけていた。近くでは、ハルファが心配そうに僕を見ている。

 え、どういう状況?


「あれ……? ここは僕の部屋だ」


 いつの間に移動したのか、山猫亭の僕の部屋にいた。レイの疫呪を慈雨の祈石で治療したところまでは覚えているんだけど、そのあとの記憶が曖昧だ。


『ずっと、ぼーっとしていたから心配したぞ』

「冒険者ギルドに報告にいったのは覚えてる?」


 うーん?

 そういえば、ギルドマスターに面会したのはうっすらと覚えている。たしか、慈雨の祈石を渡した……んだよね? なんか他にも報酬の話とかしてた気がするけど、どうだったかな。


「なんとなく、覚えているような……?」

『やっぱりか。何かおかしかったからな。そうだと思ったぞ!』

「呼びかけたら反応してたけど、ずっと上の空だったもんね……」


 そうだったのか。今回のことは、僕にとって色々と考えることが多かった。そのせいで気もそぞろになっていたようだ。


「ちょっと甘く考えていたんだよね……」


 ルーンブレイカーさえ預けておけば、実力のあるベテラン冒険者が解決してくれるんじゃないかって考えていたんだ。僕たちの役割は慈雨の祈石を見つけること。黒狼については他の人がどうにかしてくれるってね。それが、まさか僕たちがルドヴィスたちと戦うことになるなんて……。


 ルドヴィスの目的は黒狼の力を取り戻すことだったみたいだけど、その目的のためにハルファが再び狙われる可能性もある。他力本願の考え方じゃ、いざというときにハルファを守れない。やっぱり、自分たちの力でどうにか対処する方法を考えないといけないかな。


「――って思うんだけど」

『そうだな! ギルドマスターもルーンブレイカーの返却を考えるって言ってたぞ!』


 あれ、そうだったのか。でも、たしかにルーンブレイカーは手元に置いておきたい。ルーンブレイカーがあれば太刀打ちできるとは言わないけど、重要な手札には違いないからね。


「私も〈鎮めのうた〉を覚えるからね!」


 たしかに、ハルファが〈鎮めのうた〉を使えれば、黒狼を弱体化することができる。そうなれば、僕たちにも勝ち目はあるはずだ。もちろん、冒険者としての実力はルドヴィスたちの方が上だから、あくまで可能性の芽が出る、くらいだけど。


 芽を育てて勝利を掴むには戦略を練る必要があるだろう。


 例えば、僕の幸運値を生かすとしたら?

幸運値に関しては、ルドヴィスたちを圧倒している。とはいえ、幸運は能動的に発揮できる力じゃないから、計算にいれるのが難しいか。


 だとしたら、今まで手に入れたアイテムで戦略を考えたほうがいいかな。収納リングには、いろいろなアイテムが入っているから、それらを組み合わせればうまく戦うことができるかもしれない。効果を確認していた方がいいアイテムも幾つかある。あとで実際に使って確認したほうがいいね。きちんと検証すれば、思わぬ使い方が見つかるかもしれないし。


『おお、そうだ。トルトはまだパンドラギフトを持ってるだろ。開けてみたら、どうだ?』

「あ、そうだね」


 そういえば、まだ二つ未開封のパンドラギフトが残っている。今こそ、使い時だね! 一つは今日、もう一つは明日開封することにしよう。


 収納リングからパンドラボックスを取り出すと、ぱぱっと開封する。出てきたのは、謎の粉が入った小袋。鑑定ルーペで確かめてみると、かなり使い方の限定されたアイテムだった。


「これって、もしかして……?」

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