修復しますね

 キグニルの街に半鐘が鳴り響いている。


 今は山猫亭でちょうど朝食を食べ終えたところだ。これから冒険者ギルドに向かおうというところだった。


「予定通りギルドに向かおう。レイたちと合流した方がいいし、ギルドなら何かわかるかもしれない」

「うん、わかった」


 ハルファと一緒にギルドへと向かう。その間に道行く人々の様子を観察してみるけど、みんな状況を把握してはいないみたいだ。山猫亭周辺に何らかの被害が出ている様子はないけど、住人が数人ごとに集まって不安そうに話をしている。みんなも情報を集めている最中なんだろうね。ただ、半鐘が鳴り止まない以上、街に危機が迫っているのは間違いない。


 冒険者ギルドが近づくにつれて、負傷者を見かけるようになってきた。その多くは冒険者たちだ。ということは、街に訪れた危機というのは魔物関連かな。


 よく見れば、負傷した冒険者たちの多くは、意識を失い熱に浮かされていた。この症状には見覚えがある。昨日、疫呪の黒狼の攻撃を受けたレイが同じような症状で苦しんでいた。


「黒狼が現れたんだ……」


 僕の口から知らずと呟きが漏れた。

 襲撃の中心地は冒険者ギルドだったみたいだ。ギルドの建物は焼け焦げ、一部が崩壊している。そして、その周囲には幾人もの倒れ伏す冒険者たち。その中には事切れている者もいるだろう。


「トルト! ハルファ!」


 凄惨な光景に身を固くしてると、僕たちの名前を呼ぶ声が聞こえた。レイたちだ。ドルガさんも一緒にいる。


「レイ、ギルドが!」

「ああ、どうやら黒狼の襲撃を受けたらしい。ひとまず、状況を聞こう。できれば、慈雨の祈石を使いたいが……」


 記憶は曖昧だけど、慈雨の祈石は昨日ギルドマスターに届けたはず。にもかかわらず、慈雨の祈石が使われた様子がない。なんらかの理由で使えない状況にあるのだろう。それを確かめるためにも、事情を把握している人に話が聞きたいところだ。


 ギルド前は騒然としている。倒れた仲間にすがりつき、呼びかけている人。不安に駆られて意味もなく怒鳴りつけている人。そんな中で僕たちに呼びかける声が聞こえてきた。


「みなさん! 良かった、ご無事でしたか」


 声の主を探すと、手を振って自分の存在をアピールするニーナさんの姿があった。


「ニーナさん、無事で良かった!」

「はい、ギルドマスターのおかげで何とか……。そのギルドマスターが皆さんにお伝えしたいことがあるそうです。こちらに来てもらえますか?」


 僕たちはニーナさんの案内でギルドマスターの元へと向かった。崩れかかった建物の執務室だ。


「よく来てくれた……」


 ギルドマスターは痛々しい姿で僕たちを出迎えた。顔には脂汗を浮かべ、しっかりと巻かれた包帯には血が滲んでいる。おそらく、疫呪に冒されているのだろう。そんな状態にも関わらず、こうして僕たちを待っていたのは驚くべき精神力だ。


「ギルドマスター。まずは、慈雨の祈石について聞かせてください。今、手元にはありますか?」


 詳しい話を聞くべきなのだろうけど、まずは祈石の所在を確認しておきたい。僕の考えている通りなら、状況が少しはよくなるはずだ。


「ここだ……」


 ゆっくりとした動作で、ギルドマスターが差し出したのは、たしかに慈雨の祈石だ。しかし、輝きは失われ今ではただのガラス玉のようになっている。おそらく、祈石としての力を失っているのだろう。思った通りだ・・・・・・


「ルドヴィスに……、黒狼に襲撃……されたのだ」

「ギルドマスター、話はあとに。ひとまず、これを修復しますから」


 僕は収納リングから、小袋を取り出した。昨日、パンドラギフトから手に入れたアイテムだ。鑑定した結果、『時戻しの聖灰(限)』というアイテムだった。効果は、振りかけた対象の時を一日分戻すというもの。ただし、効果の対象に制限がついているみたい。それは『祈りを捧げる道具』に限るという制限だった。何に使うかほぼ決まっているようなもんだよね。


 アイテムの効果を知った瞬間に、近いうちに慈雨の祈石に何かあるってピンときたよね。まるで、今、この状況で使えと言わんばかりの展開だ。


 もったいぶっても仕方がないので、さっそく聖灰をぱらぱらと振りかけると、祈石は一瞬で光を取り戻した。少なくとも、見た目の上では元通りだ。


「トルト、何をしたんだ?」

「あ、うん。あとで説明するから、とりあえず今は雨を降らせよう。サリィ、頼めるかな?」

「うん、わかったよ~」


 ギルドマスターやニーナさんは信じられないものを見たといった表情だけど、レイたちにはそこまで驚きがない。さすがに、付き合いも長くなってきたことだけあるね。まあ、説明は後回し。サリィに慈雨の祈石を使ってもらおう


 前回と同じく、サリィの祈りの言葉を唱えると、祈石は雨を降らせた。ギルドマスターの顔色も、みるみるうちに良くなっていく。


「これが慈雨の祈石の効果か……。疫呪の影響が嘘のようだ」


 ギルドマスターはそう言って喜んでいるけど、怪我もひどいんだよね。さすがにトップが動けなくなるのはまずいと思うので、治癒ポーションも提供しておこう。


 うん、これでようやく落ち着いて話ができるね。


「それで、何があったんだ」


 ドルガさんが話を促すと、ギルドマスターは顔をしかめて話し始めた。


「ルドヴィスがギルドを襲撃したのだ。いや、あれをルドヴィスと呼ぶべきかどうか。奴は黒狼と同化していた」


 黒狼と同化したルドヴィスは驚異的な力で冒険者たちを退けながら、この執務室まで襲撃してきたみたいだ。奴の狙いは慈雨の祈石だったらしい。


「現役を退いたとはいえ、ルドヴィス程度にやられるほど鈍ってはいなかったはずだ。黒狼と同化した奴は、恐ろしいまでの力を手に入れたようだ」


 ルドヴィスは単独で現れ、仲間たちは姿を見せなかったそうだ。ルドヴィスの強さからいって、おそらく、仲間を生け贄にして黒狼の力を取り戻したのではないかというのがギルドマスターの推測だった。


「しかも、奴はルーンブレイカーを持っていた。それで慈雨の祈石を破壊したのだ」


 執務室に現れたルドヴィスはルーンブレイカーを所持していたらしい。おそらく、それはギルドマスターがベテラン冒険者に託したもののはず。その冒険者たちがどうなったのかはわからないけど、僕たちは疫呪を消滅させる手段を失ったということになる。


 普通に考えれば絶望的な状況だけど。

 これまでの流れから考えると、たぶん、出てくると思うんだよね。


 僕は、収納リングから最後のパンドラギフトを取り出した。突然の行動に、みんな茫然としている。せめて一声かけた方がよかったかな。まあいいか。時間が惜しいので、ぱぱっと開封しよう。


 パンドラギフトは光の粒になって消え、代わりに出現したのは以前にも見たナイフのようなアイテムだ。


 うん、予想通り。

 鑑定してみると、確かにルーンブレイカーだった。


「君はいったい……」


 僕を見るギルドマスターの目は、以前のような未知のものを見る目ではなくて、畏れを抱いているようにも見える。いや、僕はそんな大それた存在じゃないけど思うけどね。


 とはいえ、僕に使命がないって本当かな?

 シロルは使命なんてないって言っていたけど、明らかに誘導されているよね。タイミングよく慈雨の祈石を修復するアイテムは出てくるし、無くしたルーンブレイカーも戻ってくるし。


 まあ、いいんだけどね。

 使命だろうとなかろうと、僕の平穏のためにルドヴィスと決着をつける。その覚悟は決めたんだから。


「ハルファ。〈鎮めのうた〉はなんとかなりそう?」

「たぶん、大丈夫!」


 ハルファが元気よく答える。

 〈鎮めのうた〉があれば、おそらく戦いとしては何とか形になるんじゃないかな。あとは――


「だったら、こんな作戦はどうかな?」

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