運命神様のおかげ
翌日。二の鐘が鳴る前に冒険者ギルドに向かう。
色々あって疲れたせいか、昨日は泥のように眠ってしまった。今日も目覚めがいまいちで、少し起きるのが遅くなったんだよね。だから、冒険者ギルドに着いたのは二の鐘が鳴る直前になってしまった。到着とほぼ同時に鐘が鳴り始めた。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「いや、大丈夫だぞ。今、二の鐘なんだから、時間ピッタリだ」
先に来ていたレイたちに謝ったけれど、レイたちは問題ないと手を振る。まあ、一応ギリギリセーフかな。
ギルド前にはレイたち三人の他にハルファも一緒にいた。挨拶すると、彼女はニコリと微笑んで、僕の外套の端を掴んだ。なぜぇ?
「どうしたの?」
そう聞いてもハルファは不思議そうな顔をして、首を傾げるばかりだ。
うーん? まあ、いいけど。
彼女の首元にはまだ隷属の首輪がつけられたままだ。解析は進んでいるのかな?
「解析はどうにかなりそうなの?」
レイに尋ねると、彼はわずかに顔をしかめた。
「呪文が上書きされた痕跡はわかるらしいが、復元となると難航しているみたいだな」
「そっか」
完全に無理という判断ではなさそうだけど、時間がかかりそうな気配だね。
「彼女をどうするか。本来なら、俺の家で保護しようと思ったんだが……」
レイは少し困った表情で僕を見た。
なんだろう、僕に関係があることなのかな?
事情がつかめずにいると、レイが少し視線を外した。その先にいるのはハルファだ。不安そうな表情で、さきほどより外套を掴む手に力が入っているように感じる。
「どうも、トルトと離れることに不安を感じてるみたいだ。初対面なんだよな?」
「そのはずだけど……」
ハルファは翼人という珍しい種族だ。さすがに、以前に会ったことがあるなら記憶に残っているはず。
「そういう状況でな。今日は探索を休みにして、今後の相談をしたい」
「ああ、うん。わかったよ」
ひとまず、山猫亭の食堂へと場所を移した。立地条件が良くないせいか、料理の味はいいのに人の入りは少なめなんだよね。お店としてはマイナスだと思うけど、僕たちとっては都合がいい。翼人が珍しいせいか、ハルファはどうしても目立つんだよね。山猫亭の食堂は落ち着いて話をするには向いてるんだ。
「さて、今後の活動だが――」
「あ、ごめん。ちょっと待って」
「ん? なんだ?」
その話し合いをする前に、実はちょっと試したいことがあるんだ。
もしかしたら、ハルファの首輪を外せるかもしれない。普通の手段ではないから、解析でどうにかできるならそれが一番なんだけどね。でも、現状だと見通しも立っていないみたいだし、仕方がない。
さて、どうして僕に隷属の首輪を外す心当たりがあるかというと……、実は昨日の夜にパンドラギフトを一つ開封しちゃったんだよね!
仕方がなかったんだ。山猫亭の夕食を食べ損ねて、むしゃくしゃしてたし、お腹も減ってたんだ。なんか美味しいものが出るかも、って思ったんだよぅ。
まあ、食べ物は出なかったんだけどね……。
代わりに出たのが『ルーンブレイカー』っていうアイテムだった。見た目はちょっと装飾が豪華なナイフなんだけど。鑑定してみたら、どうもチートの気配がするんだよね。
どうやら、このナイフで斬りつけると魔法効果や付与された術式を破壊できるみたいだ。術式が付与されたアイテムっていうのは、魔道具とか魔剣とかのこと。たぶん隷属の首輪にも有効なんじゃないかな。
これを使ったら、ハルファを解放することができると思うんだよね。
なんか真面目に隷属の首輪を解析している人に悪い気がするし、パンドラギフトを開けたこともバレるだろうけど、どうにかできる手段があるのに見て見ぬふりってのいうのは気が咎めるよね。
とはいえ、まずは隷属の首輪に有効かどうかの確認かな。サリィなら知ってるよね。
「ねぇ、サリィ。ルーンブレイカーって知ってる?」
「もちろん、知ってるよ! 伝説級のマジックアイテムだもん」
「もし、それがあったら隷属の首輪も壊せるの?」
「当たり前だよ! アイテムの格が違うもの。どこかの王城の守護結界を破ったっていう逸話もあるくらいだから。それだけ貴重で強力なアイテムだから、基本的に国とか教会とかが管理しているんだよ」
「そ、そっかぁ」
思ったよりもヤバいアイテムだったみたいだ!
そりゃそうだよね。違法奴隷どころか正規の奴隷だって好き勝手に解放できるわけだし、結界だって好きに壊せちゃう。そんなアイテムを一般人が持ってたら困るし、悪人の手にわたったら最悪だ。国や教会が管理するっていう話も納得だよ。
え? どうしよう?
この話の流れで、取り出してみせるのはなかなか勇気がいるよね。だけど、ハルファを解放するにはルーンブレイカーを使うしかないわけで……。
そんなふうに葛藤していたら、いつの間にか、サリィがジトっとした目で見ていた。レイとミルも呆れ顔で僕を見ている。ハルファだけがポカンした表情をしていた。ちょっと和む。
「トルト君、まさかとは思うけど」
サリィの目がギランと光った気がする。
いや、怯むんじゃない! なんとか誤魔化すんだ! 魔道具好きのサリィならきっと大丈夫だ!
「あはは……、昨日偶然手に入れたんだ。ほら、これがそうだよ」
「これが……! 見た目は普通の短剣と変わらないんだね! あ、鑑定ルーペを貸してよ」
「はい、どうぞ」
「ありがと~!」
おお、これはイケるんじゃない? サリィの関心はルーンブレイカーに向いている! このまま入手経路への言及が無ければ誤魔化せる!
と、思ったんだけど――
「はいはい、サリィ。魔道具は逃げないわよ。まずはハルファの解放。次にトルトの説教でしょ」
「そ、そうだね。わかったよ」
駄目だった!?
警戒すべきはサリィだけじゃなかったよ!
……まあ、わかってたけどね。
ともあれ、今はハルファの解放だ。一応、人目を忍んで僕が使っている部屋に移動した。あんまり広い部屋じゃないから、五人だとギュウギュウだ。まあ、ちょっとの間だから我慢だね。
サリィがルーンブレイカーを手にハルファへと近づく。それだけ聞くと危ない状況だけど、ハルファも話は聞いていたから落ち着いている。あ、いや、ちょっと緊張してる、かな。本当に効果を発揮するのか、ドキドキしているんだろうね。
「危ないから、じっとしていてね」
声をかけてから、サリィがルーンブレイカーを首輪にちょこんと当てた。その瞬間、カチリと音を立て首輪が外れる。
少しの間、ハルファは外れた首輪を手にとったまま呆然としていたけれど――不意にその大きな瞳からポロポロと涙を零した。
「ありがとう」
その声は震えて、か細かったけれど。
確かに、ハルファの口から紡がれた言葉だった。
うん、良かった。
サリィに怒られることにはなりそうだけど。それでも、ルーンブレイカーを手に入れることができて良かったよ。本当にいいタイミングだったよね。
これも運命神様のおかげ、かな?
――――――――――――――――――――――
20220701
ご指摘を受け、やり取りの途中で山猫亭に移動
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