そういう思惑?
まさか、レイたちと闇市で会うなんて思いもしなかったよ。
「みんな。どうしてここに?」
「俺たちは……、臨検の手伝いだな」
「手伝いっていうか、レイが発案した感じだけどね」
「違法奴隷のこと、気にかけてたんだよね」
「そうだったんだ」
つまり、レイは衛兵に対して自分の意見を通せる立場ってことだね。レイはともかく、ミルとサリィは隠す気がないみたいだ。まあ、今までの発言でも育ちの良さは隠せてなかったから、今更な感じがするもんね。
「それで、トルト君は何してたの?」
あ、そうですよねぇ。
当然それ、聞かれますよねぇ。
サリィが鋭い目つきで見つめてくる。バンドラギフトのこと、バレてます?
いやいや、まだ疑惑の段階だよね。何とか上手い言い訳を考えないと!
そのとき、ドルガさんが戻ってきて、僕の頭にポンと手を乗せた。
「ああ、坊っちゃんたち。こいつには俺の弟子として手伝いをしてもらったんですよ。実際、奴隷取引の妨害をしたりと、なかなか活躍しましたよ」
「坊っちゃんは止めろ。だが、そうだったのか」
おお、ドルガさんからフォローが入った。サリィも納得してくれたみたいだ。ふぅ、助かった。
「もしかして、その子のこと?」
ミルが指し示したのは僕のやや右後ろ。僕の着ている恩寵の外套を掴んでいる翼人の女の子だった。
「うわぁ! いつの間に?」
全然気がつかなかった。
というか、なんで僕の外套を掴んでるの? どういうわけなの?
ともかく、レイたちにも僕の事情も説明した。ルトヴィスたちの意図がよくわからないという推論も含めて。もちろん、パンドラギフトのことは話してないよ。
「そうだったのか。トルトを囮にした冒険者たちがここにいたのか。確かに囮としては使う意図がよくわからないが、ろくでもない奴らには違いない。そんな奴らに連れて行かれずに済んでよかったな」
レイの最後の言葉は翼人の女の子に向けられた言葉だ。女の子は何も言わずに、コクンと頷いた。口数が少ない子なのかな?
「私はミルっていうの。よろしくね。あなたの名前を教えてくれない?」
ミルが早速コミュニケーションを取ろうとしている。レイたち三人はみんな面倒見が良さそうだけど、一番はミルだと思う。
話しかけられた女の子は少し困った顔をしたあと、急にしゃがみ込んだ。何かと思ったら、地面に文字を書いているみたいだ。
「ハルファ。それがあなたの名前なのね?」
女の子――ハルファはにっこりと笑って頷いた。
「喋れないの?」
僕が問いかけると、ハルファは首を横に振った。そしてまた、地面に文字を書き始める。それによると、ルドヴィスに声を出すなと命じられているらしい。そういえば、僕が石を投げる直前、ルドヴィスは彼女に何かを指示していた。それが、声を出すなっていう命令だったのかな?
「レイ。こういうのって、解除できないの?」
「基本的には主人からの命令でしか無理だな。だが、奴隷商は拘束してあるから、解放の呪文もわかるはずだ。奴隷から解放されれば、命令も無効になるぞ」
「そっか。それはよかったよ」
だけど――
「解放の呪文が違う?」
「ああ。ルドヴィスという冒険者が、逃げる前に変更したみたいだな。他の奴隷は解放できたが、ハルファだけは上手くいかない」
「そんな……」
せっかく自由の身になれそうなのに、あんまりだよ。そばで聞いていたハルファもうつむいてしまった。
「他に首輪を外す方法はないの?」
「解放の呪文は首輪に記録されているから、解析すれば取得することはできるらしい。だが、首輪をしたままだと危険が伴う。外そうとすると首が締まるからな。違法奴隷の隷属の首輪は特にその判定が厳しい」
そうなのか。
でも、それならもしかしてどうにかなるかも?
僕、自分が着けてた隷属の首輪を収納リングに入れてあるんだよね。さすがに、こんなヤバイ物を小屋に置き去りにはできなかったから。
「もしかしてさ。解放の呪文って、人によっては同じ呪文に設定したりしない?」
前世のパスワードとか、そんな感じだったんだよね。セキュリティ意識が高くなってからはきちんと別のパスワードを設定する人も増えたけど、それでも管理を面倒くさがって全部同じパスワードで運用する人は結構いた。この世界もそうなんじゃないかな。
「……確かに手間を考えれば同じ呪文で管理する可能性が高いな。実際、奴隷商もそうだった」
「だったら、僕のしていた首輪を解析すれば解放の呪文がわかるんじゃない?」
「もしかして、持っているのか? だが、トルトはその後に、もう一度奴隷商に売られたんじゃなかったか?」
あ、そうだった。だったら、解放の呪文も上書きされちゃってるのかな。
「上書きされる前の呪文って、解析できないのかな?」
「どうだろうな。可能性はあるかもしれない。ひとまず、トルトの持っている首輪を俺に預けてくれないか」
「うん。というか、引き取ってくれないかな。正直、どうすればいいか処分に困ってたんだよね」
「それもそうか。わかった」
隷属の首輪を渡すとレイたちは早速、解析に回すと行って帰っていった。ハルファも一緒だ。何故か、終始、僕の外套を掴んで離さなかったけど、奴隷から解放されるまでレイたちが面倒を見てくれると説明すると納得してくれた。
首輪の解析もあるし、改めて奴隷商からも話を聞くことになるだろう。それで新しい情報が手に入ることを祈ろう。できるだけ早く、首輪を外せるといいんだけどね。
レイたちが去ったあと、残ったのは僕とドルガさんだ。
「さて、トルト。お前には貸しができたよな」
貸し……?
まさか、サリィに問い詰められたときのことを言ってます?
あのとき、ドルガさんが都合よくフォローしてくれたと思ったけど、まさか、このため? というか、僕に闇市のことを教えたのも、こうなることを見越してたんじゃ!?
「くくく……。そう嫌そうな顔をするな。別に無理を言ったりはしないさ。これからも、短剣講習を受けに来てくれればいい。簡単なことだろう?」
「ま、まあ、その程度なら」
でも、これって確実に暗殺技術を教え込もうとしてるよね! しかも、レイとの会話の中で僕のこと弟子って言ってなかった? それって短剣講習の受講者って意味だよね? なんか別の組織の弟子って意味じゃないよね?
僕の想いをよそに、ドルガさんはニヤリと笑って去っていった。
僕も帰ろう。なんだか疲れた。
……あ、山猫亭の夕食、もう間に合わないや。
踏んだり蹴ったりだよ。もう。
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