第6話 4週間後の日曜日 

 今日、丘頭警部は9時半くらいから来ていて、静が話し相手をしている。テーブルにはスカイツリーにほど近い、吾妻橋の袂にある満願堂の芋きんが一杯置かれている。しっとりした皮に包まれている芋あんの甘さと風味が口の中に広がり美味い。岡引一族で嫌いな者は一人もいない。

それを二人でパクついてギャハハと静には珍しくおばさん笑いをしている。勿論、警部がおばさんであることに反対する者はいない。


 10時近くなると、おはようといただきますとが混じり合った、おはだきます。とバカなことを言ってパクつく奴もいて明るいスタートになりそうだ。

 全員が集まると、一心が警部に目で合図を送る。

「阿蘇都が全てを話してくれました」と警部は嬉しそうに皆んなに顔を向ける。

 彼は、飯野辺夏鈴を愛していて、彼女の母親も何とか幸せにしてあげたいと、借金までして仕送りを援助してきた。二つのバイトでは足りず銀行へ更に借りたいと行ったが断られた。その帰り道支店長という人が追いかけてきて、可哀想だから良心的な金融会社を紹介すると言って、電話までしてくれて、相手が支店長の紹介なら無条件で金は出すと即答した。それを聞いて彼は飛ぶようにその大岩商会という金融会社に行った。見た目良い感じは無かったが、借りれるという思いがそれらを払拭し、階段を登って2階のカウンターまで行ったら、社員は来るのを知っていたようで、すぐ署名捺印と金額、必要な理由を書くように言われ、免許証のコピーを取られて、あっと言うまに目の前に二百万円を積まれた。皆んな和かで気分良く帰って。夏鈴に母さんにと40万円渡し、お母さんのために、残りで頭金が、年金で毎月の費用が賄えるような施設を探した。

なかなか見つからず、4万、5万・・・と毎月のように夏鈴にお金を渡しているうちに150万円は無くなってしまった。済まない、済まないと言われると、貸さずにはいられなかった。大岩商事へは毎月5万円ずつ返済して来ていたが、持ち金が無くなると、夏鈴に金を渡すと返済が出来なくなっていった。延滞するようになると、大岩商事の人がヤクザまがいに脅しを掛けてきた。女を差し出せとまで言われた。

 今年の正月、大岩商事から事務所に来いと言われ、殴られると思いビクビクしながら昼過ぎくらいに行った。

 社長が出てきて、借金をチャラにする以外に百万やるから、一件仕事をしてくれという。

やばい仕事かなと思ったら、借金の取り立てをやれという。何でも相手は昔、暴力団の幹部で半年前に5千万円貸したそうだ。期限が過ぎ社員が返済を迫ると、逆にボコボコにされて帰ってくる。社長も行ったそうだが、相手が返さないとは言ってない、待ってろと言ってるだけだ、と言って、返そうとはしないらしい。さらに詰めよると日本刀を出してきて、俺を信じられないのかとテーブルに刀を突き立ててきた。社長もビビったが待つとは言わず、出直すと言って帰ってきた。

そこへお前が行けという。回収できるまで毎日でも行けという。無理だ。と言うと、借金のカタに女を渡せと言う。どうしようもなくて、引き受けることにした。死ぬかもしれないと思った。

で、強盗事件の前の日、相手の田辺和徳という屋敷に行った。ちびりそうだったが、我慢して田辺さんに会いたい大岩商事の使いで来ましたと言った。多分声は震えていたと思う。

1時間待ってもまだ出て来ない。返事はしていたので、大人しく玄関でずっと待っていた。

 ここへ来る途中で女子高生が男二人に黒いワンボックスカーへ、連れ込まれそうになっている場面に出会した。身体が反射的に動いて男達にタックルして3、4メートル突き飛ばした。女の子に逃げろっと叫んだ。男らは追いかけようとしたが、自分が両手を広げ静止させた。男達が車で逃げ去ったあと。振り返ったが女の子の姿はもう見えなかった。ホッとしたし、昔遊びでもラクビーやってて良かったと思った。

 田辺を待つ間、緊張しっぱなしで脳が疲れてきたのか、そんな事がふと頭に浮かんだりしていた。

 そうしたら、さっきの女の子が、どうぞと言って案内する。何故そこにいるのか直ぐには思いつかなかった。

「大丈夫だった?」って聞いたら、

「さっきは、ありがとう」と可愛い笑顔で返事してくれた。

勧められてソフアに腰掛けていたら間も無く、強面の親父が出てきた。

「田辺さんですか?」と聞いたら、

「お前は誰に会いに来たのよ!」と、これがヤクザの会話だ。と思い、ちびりそうで次の言葉を口に出来なかった。

「娘を助けてくれて有難うございました」といきなり両手も頭もテーブルにつけていう。「はっ?どうしました?」と聞き返すと。

どうやらさっきの男達は、田辺さんと敵対関係にある組織の人間で、娘を誘拐して田辺を黙らせようとしたらしい。そこへ通りかかった自分が助けたので、田辺さんは言葉では言い尽くせないほど感謝しているという訳だった。

 それから、大岩商事の使いで来たというと、分かった少し待ってて欲しいといい、さらに30分ほど待たされた。

そして大岩の社長にも世話になったと伝えてくれ、といって、5千万円とお前にと言って、お礼と書かれた封筒に百万円を入れてくれた。

帰りも、タクシーを呼んでくれて、運転手にこれでと言って、一万円渡した。千円もかからないのにと思ったが、そこは黙ってお礼を言って大岩商会に戻った。

 大岩社長はボコボコにされて帰って来ると予想していたらしく、金を見せると、目を見開きどうやった?何故貰えた?としつこかったが何も言わず、じゃ、借用書と百万円下さいと言って、それを受け取り自宅に帰ってきたんです。

 闇金の仕事だったので警察に言うと捕まると思って、言いたく無かったけど、殺人罪となれば話は別と思って話すことにした。と言うのが事実。勿論、警察は大岩にも田辺にも会って裏を取った。

 容疑者が一人減って、それで警部も少し機嫌が良いのだ。

 警部は阿蘇都を可哀想に思い、帰り際に夏鈴はあなたから貰ったお金で遊んでるよ。と伝えてきた。

阿蘇都は小さく、えっ、と言ったままじっと警部を見つめていた。警部は黙って頷いたそうだ。


 数馬が半信半疑なんだがと山居について調査結果を報告する。

 山居が事件当日の午前中、B銀行に一千万円で新規の口座を開設した。先週、数馬は山居がその銀行に入るところを見て、丘頭警部に伝え、警部がその銀行に手帳を見せて山居が口座を開設した経緯などを聞いた。取引明細も見せてもらった。間違いなく事件当日25日午前9時15分に契約が成立している。

 警部が

「うちの刑事も尾行していたのに何も思わなかったようで、数馬から聞いた話をその刑事にすると「はい」ととぼけた返事をしたので、ばかやろうっ!」と叱ったと話す。

何をやっても集中していないと気の付かないことは沢山ある。この事務所は素晴らしいと思わぬお褒めの言葉を頂いた。

 本人は結婚資金を貯めていたと言ったらしい。

 警察内でもパニックだそうだ。被疑者が事件前に金を持ってたと言う事は、事件との関係は無いと言うことになる。

この時点で容疑者がいなくなった。

その後、警部と数馬が山居を訪ね金の出どこを聞くと、万馬券だという。数馬は自分もやるから知っていた、前の日曜日に100円が1051万円になる馬券があった事を、仲間内では当てたのは一人だけじゃないかと噂していた。

「分前だとすれば1千万円だけか?複数の銀行に分けたんじゃないか?」と美紗。一心も警部が顔を見合わせて

「他の銀行にも当たる必要あるな〜それは警察の仕事だな」と一心。だが、警部は渋い顔をする。

「いやあ〜上は犯行前に入金出来るわけがない。という立場だから・・・美紗!ハッキング出来ないか?」

「バカ言うんじゃない!警察がそんな事言って良いのか!」美紗は言葉だけ怒っている。「実際、難しいんだ。銀行はセキュリティ厳しいんだ。どんどん最新版のソフトに入れ替えてゆくから、例えば、1ヶ月掛かって侵入の準備ができとしても、変わっちゃうんだよなあ銀行のセキュリティ・・」

「やった事がありそうだな」と一心。

美紗はふふっと鼻で笑う。

「俺が偽の手帳作って銀行回るか?」と数馬は乱暴だ。

「それは犯罪でコピー必ずとるとか証拠を残すから、後日、個人情報を盗んだとして逮捕するぞ!わ・た・し・が!」そう警部は言って

「いや、自分が回る。開示してくれない店には正式な文書を出す。金庫室から前夜金を持ち出された可能性がゼロではないから、上を説得する」

「そしたら調べる範囲は、そのB銀行の支店から近い店を順に当たれば良いんじゃないか?」と美紗が提案する。

「午前9時から午後2時の間で入金する事を考えれば、一箇所1時間はかかるしょ。犯人二人なら5千万、3人なら3千万だから3、4ヶ所行くなら遠いとこは無理でしょ。あまり客のいないとこを選ぶんじゃ無いかな?」と付け加える。

「ありがとう、参考にするわ」と警部はチョット面倒臭そうに口を尖らせる。

 

「良いかい」と一助が周りを見る。

 先週報告した戸田英子とラブホテルに入った男は、外立貢36歳とわかった。一助が街中を歩き回り、男を見つけて尾行して自宅を突き止めたのだ。なんと、山居康介の隣室の住人だった。一助が糸屑型の盗聴器をドアの下部に設けられた郵便受の蓋をそ〜っと押し開け、静かに中へ落とす。

イヤホンから、雑音の中に、お〜っまた3千万円だあ。っと騒ぐ声が聞こえた。すかさず慎重に蓋を押してカメラのシャッターを数回押す。

 その中の1枚に札束を手に笑顔の男が写った。一助は静かにその場を離れ一心に写真を送って経過を報告した。

一助が監視を続けていると、丘頭警部が部下を数人連れてきて、アパートの周りに刑事を配置した上で階段を上がり、外立貢の部屋の前に立つ。そして、周りを確認してからチャイムを鳴らす。

それを見て一助は引き上げた。

2日前の話だ。強盗犯を逮捕だ。

 皆んなも警部も既に知っていた話だが、一助がずっと喋りたくてしょうがないという雰囲気で、会の初めからニコニコし天井を見上げ話す順番をぶつぶつ呟いているので、黙って一助の話を聞いて、もう一人もすぐ捕まえられると皆んなで一助を大絶賛してあげた。

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