第3話 1週間後の日曜日
4月に入った初めの日曜日。事件から1週間と少しが過ぎた。
丘頭警部が10時頃事務所に経過を伝えに来てくれた。気合を入れて調べてくれ。と、浅草雷門前の老舗「龍昇亭西むら」の栗むしようかんを手にぶら下げている。涎が溢れそうなくらい口をあんぐり開けて美紗、数馬、一助が飛びつく。静はスッとお茶入れに立つ、一心はドンと構えている。ふり。
浅草警察署は浅草寺から北へ300メートルほど行った小学校の隣にある。強盗事件だから初動は署が担当しても、翌日本庁から10人ほど刑事らがきて取り仕切っているので、警部も言われた事をするしかないと、少しやけ気味だ。だからこの事務所に来て情報交換して本庁の鼻を明かしたいと考えている。そんな同級生の警部の思いは一心にも伝わっていて稼ぎにならない仕事に力が入っている。
浅草銀行の浅草支店は警察署前の通りを西に200メートル程の位置。だから丘頭警部も目の前で起こされた強盗事件に腹を立てている。岡引探偵事務所はその支店から西へ少し行った交差点を左折すると千束通りという昔情緒溢れる商店街に入り、その通りをまっすぐ南下し交差する言問通りを越えるとひさご通りになる。そこは古くからの店が立ち並ぶ商店街で180メートルほど続く通り。その中に紛れて、4階建ての貸ビルがあり、その2階を占拠している。支店までは600メートルと言ったところだ。
美紗が指摘した女の彼氏二人には、直接的な繋がりは無かった。
発見されたバッグや銃からは何も出なかった。今、購入ルートを洗っているという。
次に、と警部はその二組のカップルについて話し始める。
山居康介33歳は、日中デリバリー業者のドライバーとして働いている。これは裏が取れている。で、当日は午後2時半と3時40分に配達した事は、店の記録とその顧客に会って裏を取ったそうだ。しかし、2時40分から3時半まではアリバイがないことになる。小学校脇の道路で待機していたというが、目撃者は今の所無し。彼は夜も居酒屋で働いている。
彼女の鳶渡すず30歳は結婚願望が強く、康介と早く結婚したいと言っている。お金は無くても良いと言うのだが、山居から新居の家具や電化製品とか新婚旅行に結婚式、そう言ったことをきちんとしてあげたいと考えて金を貯めている。と言われている。
阿蘇都洋29歳は定職にはついていないが、複数のアルバイトを掛け持ちで生計を立てている。彼女の夏鈴については、母親が山形の田舎町で一人暮らし。左手にしっかりと力が入らず日常生活に不自由なところがあるが、ヘルパーを頼めるほど金はない。それで阿蘇都は毎月少しのお金を渡してるという。そして母親を介護施設に入れるためのお金を作ってやりたいと頑張っている。
警部の情報提供はここまでだが、この二人が犯人だとして、店内の状況をどうやって把握したのか不明。支店の過去1ヶ月間、監視カメラは二人の姿を捉えていなかった。下調べもせずに強盗に入るのは無理だというのが警察上層部の見解だし、警部は自分もそう思うという。
それとパトカー到着と犯人の逃走との差はせいぜい2、3分程度だ。数十人の警官が走り回り。20台以上パトカーが辺りを巡回した。にも関わらず、支店から500メートルも離れていない場所でオレンジ色のバッグを捨て、現金を別のバッグに詰め替えたと考えられるが、二つに分けたとしても5千万円にもなり、そのバッグを抱えていたら警官の目に触れたはずだ。と警部は強く主張する。
それで警部は、何かトリックが有ると考え、店内のカメラ配置や現金管理など店内のすべてを知り尽くしている店長が主犯で、手筈を整えた上で実行犯にやらせたのではないかという仮説を立てた。
で、店長に動機があるか調べた。
店長の剣立要一は大阪生まれで都内の一流大学を出て、浅草銀行に将来を有望視され入社した。本人もその期待に応えるべく努力し営業成績も良かった。当時の話を退職された役員に聞くと、将来の役員候補に名前が上がっていたそうだ。妻の美月は京都生まれで都内の大学をでて、浅草銀行に入社。夫の剣立と同じ支店に勤務している時、将来を有望視されている彼に魅力を感じ近づいたらしい。しかし、二人が結婚して剣立が30代半ばを過ぎたころ、役員の間で派閥の争いが顕著になってきた。本人は何処にも属さないと言っていたらしいが、同じ大学出の役員の派閥に属していると見做されていたらしい。剣立が40代に入いってからその役員が事業で失敗するという失態があり、翌年の役員会で降格になった。その後、大型店の店長や部長クラスに空きが出来ても、なんだかんだと理由をつけられ同期入社の行員や年下の行員までもが推薦されて昇進していった。自分はいつまでも小規模店の店長に燻っている。
店長は飲んだら必ずその話しをする、と店の複数人が証言した。
多少想像も入っているようだが。と警部は前置きして。
ーー そういう人事への不満からすっかり仕事への意欲を失い、酒、女、ギャンブルにのめり込んでいった。美月はそんな姿に失望して、外に若い男を作り遊び歩くようになったようだ。今では、夫婦関係はすっかり冷え切って、夫の死亡を伝えられても涙一つ流さなかった。ーー
と店の数人と、本部の同年代の行員が話してくれた。
だから、そんな会社と決別するために大金を奪い取って、ひとり余生を楽しもうとしたのかもしれない。死亡時51歳。動機としてはあり得るんじゃないかと警部はいう。
「そうすると店長は仲間割れで殺された。という事になるね」と一心が事件と重ねる。
「それなんだわ。仲間割れって盗んだ後、分けるときに起きるんじゃなあい?今
金奪る。警察が来るってときになる?」
と警部は困惑した表情で皆んなの顔を見ながら話す。
「私は共謀説をとるなら、初めっから殺すことが計画の一部だと思うわ。じゃないと無理」と美紗はいう。言われてみれば確かにそうだ。
「そうすると店長が立てた計画じゃないという事になる。じゃあ?誰?」
「銀行の内容に詳しく、計画性のある人物。殺人も臆さない。でも行員は麻酔銃?わけわからんわ」流石の一心もお手上げポーズ。
「それ内部役席じゃダメなのか?」と一助が天井を見上げ指を折りながらいう。
「融資とか外回りとか男なら大抵そういう事情は知ってるんじゃないか?」今度は数馬。
「それなら出納係の女行員は?」と美紗。
「おいおいチョット待て!広げすぎると調べられない。店長と内部の役席に絞ろう」と一心。警部も
「過去の事例を見ても、銀行内部に共犯者がいた場合、殆どは店長か役席で、一般行員が犯罪をお起こすのは、集金先の金を誤魔化すとか勝手に下ろす。銀行の金を着服するとかで強盗は一軒も無かった。」と過去の事例を紹介する。説得力があり皆んななるほどと頷く。
「おそらく本庁は行員全部の家族や金の関係は調べるはずだ!捜査員も20名以上いるから時間はかけないと思う。私がそっから情報を貰ってくる。それならこっちは楽。ねっ一心」そう言う警部に一心は頷く。
「続ける。」警部はと告げて、店長夫人の美月について話を始めた。その話によれば、昼間っから同じ会社の奥さん連中と頻繁にカラオケ通いをしていて、事件当日12時過ぎから4名でランチ&カラオケを楽しんでいた。これは参加した他の3名と喫茶店のその時に応対した従業員に聞いて裏が取れている。
警部が、次に、と言いかけたところで一心が、
「若い燕は誰か調べたのか?」と訊くと
「いやまだ分かっていない。今それを言おうとしていた」と手を振る。一心はメモをとる。そして静に目をやる。
静は事件の1ヶ月前から事件の日まで、浅草近辺のラブホテル15軒の出入り口の監視カメラの映像と、美紗が撮った事件の時に現場にいた客9名と店長含めて行員8名プラス客の彼氏と夫4人の顔写真との照合をしている。
「ひと月くらいかかるんやおませんか」と言う。
他の奴らは来週の報告という。どうやら警察の報告程度のことしかわかっていない様だ。3人とも頬っぺたを膨らませている。
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