第2話 賊の犯行全容

 「賊を追え!」の号令で、半数の警察官は外へ飛び出していった。数名の警官と機動隊は倒れている行員の、首筋に手を当てたり呼吸を確認している。鑑識官はあちこちで写真を撮っている。行員に刺さっている吹き矢の針のようなものも撮っていた。

「生きてる!と誰かが叫んだ。そして

「救急車!」と。行員はみんな生きているようだった。そして行員の頭を持ち上げ座布団を差し込んだり、身体に毛布を掛けたりしている。残りの刑事らは、美紗ら人質となった客を椅子に座らせ、一人ひとりから事情聴取を始めている。警部は負傷した男性を寝かせたまま傷の辺りを見たり、状態を聞いたりし、枕と毛布を掛けるよう指示した。意識は確りしているようだ。

 

 5分ほどしてサイレンを響かせて救急車が到着する。駆け込んできた3名の救急隊員に、刑事が融資係の男性行員を指し示して診てもらうと、

「寝てるだけですね」と少しホッとした表情を浮かべる。身体に刺さっていたのは、麻酔の針だと警察に声をかけてから、抜いて針を鑑識官に渡してゆく。

 救急隊は全員を確認してから、警部に手当の必要な行員はいない。と言って引き上げようとする。警部が何とか起こしたいと聞いているが、救急隊員は首を横に振っている。銃で殴られた男性は、隊員の肩を借りながら救急車まで歩いて行った。男性は篠田了(しのだ・りょう)と言って近くの警備会社の警備員だそうで、支払ものの手続きに訪れたのだった。個人用と会社用の携帯を持っていて、事件を会社に知らせようとして、賊に殴られたのだった。

 

 美紗は事情聴取を終えて、事務室内の窓口の女性行員に声をかけ身体を揺する。寝息を立てて確り寝ている。他の女性行員も同じみたいだ。1時間が経過したが状況は変わらない。行員が起きないことには何も始まらない。

 警部は2線で倒れている男性行員の身体を一層強く揺する。大声でネームプレートの名前を呼ぶ。他の行員にも刑事らが同じように声を掛け、身体を揺する。

 それから暫くして大分という2線で倒れていたその男性が目覚める。が、夢見心地のようで周りをキョロキョロするだけ。警部が手を貸して椅子に座らせ、軽く頬を叩く。ビクッとして男性行員が顔を上げる。

「えっ!どうしたんですか?」が彼の第一声だ。

「大分さん!目覚めましたか?大丈夫ですか?麻酔銃で撃たれたようです」と耳の側で大きめの声で話しかける。

 意識が徐々にはっきりしてきたようで、

「み、皆んなは大丈夫なんですか?」と心配そうに言って、立ち上がろうとすると、ふらっとして、警部が支えて椅子に座らせる。

「行員の皆さん大丈夫です。まだ倒れている方も麻酔で寝てるだけです。が、男性のお客さんがひとり、通報しようとして、銃で頭を殴られて救急車で運ばれました。警察病院に行ったそうです」そう言われて、表情が強張る。そして辺りを見回して

「あれっ店長は?」と警部の顔を見つめる。

「私らが来たときには、もう姿は見えなかったんですが。いたんですか?」

「えっ、自分の後ろの席に座ってました」

警部は部下に店長を見た客がいるかを聞いてくるように指示。

「金庫室へ入ったところまでは見た人がいますが、出てゆくところを見た人はいないようです」と報告を受ける。美紗も同じだと伝える。

「金庫室に入りたいのですが」と大分に言う。

「あ〜そうだ、現金の被害額を確認しないとけない」と窓口の女性の方へ目をやる。

ちょうど全員がもぞもぞ動き出した。次々に目を覚ます行員。

早速、大分は

「吉井さん」と窓口に向かって声をかける。

1人の女性行員が振り向いて

「はい」と返事をする。大分は警部に、

「出納係の吉井というベテラン行員に被害額の計算をするよう指示します」と告げて、吉井さんを手招きしてその旨を告げると、

「代理、分かりました」と返事をしたので、大分が代理職であることが分かった。

「ATMを除いて、ビニール包装も大結束もとにかく全ての現金を当たって」と言ってから、思い出したように本部へ事件の報告をし、人質になった客のところへ行って、巻き込んで申し訳ないと謝罪し、怪我はないですねと確認した上で、時間は過ぎてるが非常時なので、これから受付をやりますので番号順にお願いします。と告げる。

 窓口係の方に向き直って、二つの窓口で処理途中だった客の分から順に再処理をするように指示する。美紗も言いたいことはあったが、行員も被害者なので我慢して順番を待った。

 吉井さんが金庫室内の鍵を管理庫から持ち出し、金庫室に入ると警部も続いた。警部が金庫室の中を覗いたが、店長は見えなかったようだ。横に手を振っている。

 警部が金庫室から出てきてすぐ、吉井さんがキャーと悲鳴を上げた。警部も一心も美紗も何事かと金庫室に飛び込む。開戸のキャビネットを開けたまま、吉井さんが中を指差し口を押さえて、尻餅をついたまま壁一杯まで後退りして震えている。3人が金庫室に入ると、彼女は目に溢れるほどの涙を溜めて助けてと訴えている。美紗が彼女の手を引いて立ち上がらせ、中を覗くと中年男性が両手で胸に刺さった刃物を握ったまま、横倒しで足を屈めて、驚いたように目をかっと見開いて死んでいた。その上には厚手のビニールがかけられていた。お札が何枚かその中に見えた。

 警部が吉井さんに

「誰?」と聞くと、震える声でやっと

「店長」とだけ言った。

警部は鑑識を呼んで美紗らは庫外へ出される。

1時間ほどして死体は担架で外へ運び出された。その間ず〜っと吉井さんは、美紗の腕を掴んだまま青ざめ、歯をガチガチ言わせていた。美紗がコーヒーないの?と聞いて台所でインスタントのコーヒーを入れて

「落ち着くよ」といって差しだすと、頭を下げてカップに両方の掌を添えて啜りふーっと息を吐く。

 鑑識の作業が終わると、吉井さんがが呼ばれ、立ち上がった。が、まだ怯えていて、美紗に助けを求めるような眼差しを向けるので、美紗も立ち上がり先に金庫室に入って、吉井さんを招き入れる。美紗にお礼を言いながら、でも、側に居て、を繰り返す吉井さん。美紗は頷いて、札束や硬貨袋、トレイ、カルトンなどを事務室へ運び終わるまで付き合った。

 出し終わると、吉井さんはホッとした様子で、美紗に微かに口元を緩めて頭を下げる。

 集計作業に入ると表情が変わる。落ち着いた目になり手の動きが断然に素早くなる。3台ある紙幣計算機をフル稼働させ、硬貨計算機は2台もずっとがらがらと音を立て続けている。瞬く間に集計がでた。

 強盗により盗まれたお金は、ビニール包装された万券が9990万円とキャビネットの上に置かれた23万5000円だった。ビニール包装は通常1億円なのだが、何故か死体を覆ったビニールに10枚残されていた。賊は2、3分でビニールを外し、2種類の結束で固められた札束から10枚抜いてオレンジのバッグに詰め、10枚を店長の身体に載せてから、ビニールでナイフを掴み店長の胸を刺したということになる。何故そんな事をしたのか?可能なのか?同じキャビネットの中には、まだ万券が残っているほか、五千円券や二千円券、千円券など全部で8千万円余りあった。

何故、それを盗まなかったのか、警部も首を捻った。


 客は全員で10名。殴られた男性客は救急車で病院へ運ばれていったので、美紗を除けば残り8名。一人ひとり身分証の提示や通帳、カードの提示を求められた。その上で氏名、住所、電話などを自筆させられ、来店の理由を訊かれ、発券機のレシーや請求書などを刑事見せた後、強盗犯の様子を聞かれていた。

 美紗は挙動不審な女性二人について警部に耳打ちする。客がロビーの壁に両手をついていた時、賊が背を見せて歩いていて、カウンターの角を曲がろうとしていたところで、突然走ってきて携帯を手にした男性客を殴った。客の中に、賊に知らせた人間がいたとしか考えられない。また、美紗が金庫室に入るとき後ろから押され、賊を目視出来なくなった。この2点に関わったと思われる女二人の着ていたコートの内側にシール型のGPS発信機をつけたのだ。一心は静を事務所に戻し、所在を確認出来るようにした。警部にも伝え尾行することにした。

 疑わしきはGPSか盗聴器と鍛え上げられていた。岡引探偵事務所の所訓。

 警察が事情聴取した結果、美紗の指摘したのは飯野辺夏鈴25歳と鳶渡すず30歳だった。二人とも請求書を持っていた。発券機のレシートの時間は午後2時44分と45分。見る限りは不審点は無かった。

 そのほかに警部は主婦の大外山道子と戸田英子の二人にも尾行を付け、行動を監視する事にした。

 大外山は、請求書類や店舗に用事があることを示す何ものをも持ち合わせていなかったうえ、通帳には既に今日までの入出金が記録されていた。そしてロビーにいた理由をはっきり述べない事など不審な点があった。

 戸田はこの店舗の近くにある樫田税理士事務所の事務員で、月末払いの税金などを支払に来たと言って請求書などを持っていた。しかし事務所を出たのは午後2時だと自らが言い、真っ直ぐ来たとも言っているので、2時10分過ぎには着いていて、とうに処理は終わっていて良いはずなのに、発券機のレシートすら持っておらず、ただロビーにいただけという事になる。そしてその事情を説明しない。


 犯人の逃走経路を捜査していた刑事らからの報告はない。大きなオレンジ色の目立つバッグ、且つ重さも10キロほどもありすぐ発見できそうな状況だった。店前の歩道の幅は5、6メートル。車道は片側2車線、交通量が多く車が停まっていたら、流れが悪くなるので気付くはずだが、見たものはいない。

 美紗もうろ覚えだが、玄関前に車は停まっていなかった。職員玄関は建物の隣に設けられている駐車場に繋がっていて、賊はそこかもしくは顧客用の横玄関から出て行ったと見ている。

 賊が駐車場に車を停めていたとするのは、車道に出るところで、事故ったりパトカーとの鉢合わせなどリスクが大きいと一心も考えている。警部も私も同じ意見だ。バイクの騒音も、急発進するタイヤの音も聞こえていなかった。

だから徒歩または自転車で逃走したと思う。

そう警部にも伝えた。出動できる警察犬はいないそうだ。

 走るか、歩くか、自転車かいずれにしてもオレンジのバッグは目立つ。


 客が全員解放されたのは夕方6時だった。

 美紗は疲れたので自宅へ向かった。後は、一心らに任せることにした。



 飯野辺夏鈴(いいのべ・かりん)は警部が尾行し部下と数馬を帯同する。途中買い物をしたり、洋品店を覗いたりして1時間余り歩いて、台東区清川のアパートに着いた。阿蘇都洋(あそと・ひろし)という男の部屋に入った。

 もう一人の鳶渡すず(とびわたり・すず)は佐藤という刑事が尾行し一心と一助を帯同する。35分ほど歩いて山居康介(やまい・こうすけ)という、荒川区日暮里のこちらも安アパートの2階の部屋に入った。尾行直後から一心は道すがらゴミ箱を漁った。歩いて10分後マンションの大きなゴミ廃棄用の小屋に入って10分、黒いバッグに入れられたオレンジのバッグ、拳銃と麻酔銃を見つけた。小屋の道路側は細かい網が木枠に張られていて、中が見えないわけではないが、中で背中を向けて金を分けていてもわからないだろうと一心は考え時間を割いて探した。

 警部に即報告した。警部も経路のゴミ箱を洗わせたが、そっちは有力な証拠となるものは無かった。

 警察は何故現金を他のバッグに入れ替えたとのかを考えた。そんな近くで、しかも車内ではなく屋外で?一応一心の考えも理解はできるが、疑問は残ったと頭を捻る。

 一心があまりに早く部屋の名義人が分かったので佐藤刑事に聞くと、たまたま管轄する派出所の警官が定年間近で、引き継いできた住民の台帳を最新のものにしてから退職しようと、半年かけて作り直していたのだった。


 次の日、美紗の親で岡引探偵事務所の所長でもある一心は妻の静、長女の美紗、長男の数馬と甥っ子の一助を事務所に集合させ10時から事件について話す。

 静は和服、美紗はよくわからないが若い女性向きの今流行りの服装らしい、一心は相変わらず上下ジャージ、数馬は黒のジャンパーで背中に大きな意味不明の絵が描かれている。パンツはゆったりしていて、そこにも大きく何かの絵が描かれている。一助はカーキのセーターにネイビーのクライミングパンツ。一族はバラバラで統一性が見られない。いつもの一族のスタイルである。

 一心は呼びかけるような話し方で、

「なあ、事件なんだけど、既に警察が動いているし、誰からも調査依頼を受けていない。だから、事務所として動く理由はない。」

まだ話の途中だが

「何言ってんだ!そんなの関係ねえー、私やるっ!」と美紗は鼻息が荒い。目付きがやばい。

「だから、待て!。・・そう言う奴もいるし俺も黙ってはいられない気分だ!だから、皆んな協力してくれっ!給与無しの仕事だ!」

ここが言いたかった一心。一同を見回す。・・・

にこにこ顔で静は

「ええやんか・・やりまひょ」と相変わらず京都弁は柔らかい。

数馬も一助も美紗を心配して、銀行に顔色変えて飛び込んできていた。美紗の厳しい三角の目を見て、黙って頭を縦に振った。


 一心は前夜遅く警部と話した内容を報告する。

 警察は事件に関係があるのか明確な証拠はないが、他に捜査線上に浮かんだ人物がいないので、聞き込みを続ける一方で、美紗が指摘した二人の女性と主婦の二人とその彼氏とか夫を捜査対象にした。警部に、うちの美紗が目の前で強盗事件を起こされ、店長が殺害されて、怒り心頭、絶対あの女二人に関わりがあると、盗聴器やカメラをつけてやろうとストーカーのように毎日付き纏ってやると息巻いていた。と話すと、警部も自分も同じように署の目の前の凶悪犯罪に相当腹を立てている。と心境を語った。

 そして主婦二人の尾行について、戸田は事務員服姿で支店をでてから働いている税理士事務所によって、私服に着替えてから浅草消防署裏の自宅に真っ直ぐ帰った。こちらは見るからに主婦という雰囲気の装いだった。

 大外山は落ち着いた感じの短いコートを羽織っていたが、その下に見える膝丈のスカートには大きく刺繍が施され、裾はレースで飾られていて膝上10センチくらいまでは透けている、おしゃれな傘を差して、どっかのブランドのバッグを肘にぶら下げていて、お出かけ風に見える。浅草の東本願寺から徒歩10分の寿町1丁目の自宅へ真っ直ぐ帰った。でも銀行へ行く姿だったのかなと警部は疑問に感じたようだ。


報告を終えた一心は、

「じゃあ、俺は、店長と代理関関係を調べる。美紗は阿蘇都と女絡み、数馬は山居と女絡み、一助は主婦の大外山と戸田絡みだ。

静は皆んなのサポートしてくれ、盗聴とかGPSとか色々出てくるはずだから。

誰か他に調べた方がいいやついるか?」

「逃げた犯人の追跡は警察任せか?」と美紗。そうとう怒っている、言葉がピリピリしている。

「そうだ。丘頭警部に新しい情報はもらうことになってるし、こっちの情報もやることにしている。・・・じゃ、次は来週の日曜日10時に話ししようぜ!」と一心がいうと、おうっ!と全員。気合が入っている。


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