浅草銀行強盗殺人事件

きよのしひろ

第1話 銀行強盗全行員殺害す

 四温の雨は鬱陶しい、今の気温は8度。傘なんか差したくないけど、濡れるのはもっと嫌だ。おまけに寒いしお洒落な服は着れないし、お気に入りの蝶柄のパンプスも履けない。野暮ったいブーツで・・一応カシミアの淡いピンクのコートは着ているけど、お陰でお気に入りの小洒落たパステルグリーンのタートルネックのニットセータを隠してしまっている。見せたいのに・・・と、心の中で春に恋焦がれる20歳の美紗。仕事は親父の岡引探偵事務所で諜報機関並みの糸屑型やシール型、カード型の盗聴器を独自で作っている。それにカメラ機能を搭載した毛虫型や蠅型の盗聴カメラ。翼を模ったアドバルーンとドローンを組み合わせたバルドローンなどの大物も作っていて、前の事件、希死念慮者殺人事件で大活躍した。そういう精密機械の作製が仕事でもあり趣味でもある。世間に大きな声で叫びたい自慢だ。しかし、仕事というものは好きなことばかりじゃない、中でも一番嫌いなのは金の管理。所長の親父一心か母親の静がやればいいと思うのだけど、一心や兄の数馬は金を持たせると帰ってこない。何回も使い果たして、プロ並みのボクサーの母静にボディーやフックをたらふくご馳走になって、もう結構ですご馳走様でしたと音を上げた。静はそれなのに何時も着物姿で京都弁を使うボケ婆あで、領収書をすぐ無くす。だから結局私がやる羽目に。と、ぶつくさ言わさる。

 やっと浅草銀行の浅草支店に着いた。傘を預けて発券機から125番と書かれた整理券を引き抜く。三つの窓口では取扱中番号が113番から115番までとなっている。

 この店は比較的古くて小さい、正面の壁は分厚いガラス製で両翼は昭和の時代に流行ったブロックガラスが組込まれたブロック造り、そしてやたらと背高の天井。しかもATMは1台しかなくて、多忙日には長蛇の列ができる。

 室内にはダイナマイトにも負けないほど頑丈そうなL字型のコンクリート製のカウンターが置かれ、ロビーと事務室を分けている。正面カウンターには預金窓口が設けられ、女性3人とウインドウマシーンが交互に並んで融資以外は何でも受ける。そのカウンターの右端を曲ると、少し背の低い融資相談カウンター延びている。この列は1線と呼ばれる。

 一線の後ろは二線がある。真ん中に男性行員が座っていて、窓口の処理を承認したり検印を押したりする。横に間を空けて女性行員の席がある。受電応対や大口の現金の入出金、各種資料の配布など、雑務を一手に引き受けている。そこから少し距離をあけて壁際に集金や勧誘活動などを行う渉外係の机が2つ並んでる。日中は不在がちだが、今は帰店後処理をしているようだ。

 二線の後ろは支店長の席が中央に位置取られている。他の行員よりは二回りも大きい木の年輪模様が綺麗な机と袖机を並べていて、大きな背もたれに両肘付き椅子に今も座っている。その後ろは通路になっているようで、行員が台車を押して通れるほどのスペースを空けている。

 店長席と渉外席の間の壁では、金庫室が重厚なドアを思いっきり開いている。ただ、入ろうする者を頑に拒否するように、ガッチリとした極太の鉄格子が行く先を閉ざしている。

 ロビーの中央部には3人掛の長椅子が4つ置かれている。今は座っている女性が自分のバッグを隣の席に置いているので、美紗を含めて3人立っている。

 そこから融資係の前を通って進むとドアのない廊下が延びていて、すぐ右側に小さめの出入口があってトイレが併設されている。突き当たりは関係者以外立入禁止と書かれたドアがある。そこを入ると突き当たりが職員玄関になっているようだ。

 カウンターの左右の端にはカウンタードアが設けられていてロビーと事務室とを繋いでいる。

 正面玄関は通りに面していて、建物のほぼ中央にある。ガラス製自動ドアが二重に造られている。

 監視カメラは四角に設けられ、室内を漏れなく映し出す様にレンズが向けられている。


 この支店の行員は店長以下9名。

女子行員は何時も和かで愛想が良い。優しい言葉使いで、自分も結構話し込んだりして、後ろで咳払いをされることもある。

 今日、美紗は事務所の経費の支払いに来たのでATMは使えない。

玄関を入るとすぐ、女性行員と目が合い軽く頭を下げられた。それだけで気持ちが良いものだ。だから、事務所からもっと近いところに銀行はあるのだが時間を掛けてもここまで歩いてくる。


 午後3時の数分前になると、シャッターを下ろすので、お帰りの際は融資相談窓口を過ぎたところの出口からお願いします。間も無くシャッターが下がりますのでお気をつけください。とアナウンスが繰り返し流される。

 時間になるとガラガラと派手な音と共にシャッターが下がり始め入店を拒む。ここまではいつも通りだ。

 しかし、その音に紛れて何の前触れもなく、女性行員がドサッ、ドサッ、ドサッという音と共に3人とも姿を消した。微かにパシュッパシュッパシュッパシュッっとサイレンサーのような音が美紗には聞こえた。

えっ?と思う間も無く、外回りの男性2人と融資の1人と2線の女性も男性も椅子から崩れ落ちる姿が見えた。急いでカウンター越しに中を覗き込む。女性行員も床に倒れている。

 頭から足先まで黒尽くめの男が目に留まる、両壁際から事務室内に侵入して、行員らを倒したようだ。

 店長は事態が飲み込めない様子、一瞬目を見開き口を大きく開いている。そして固まった呼吸を緩めて、前席の床に倒れている男性行員の傍ら屈み込んで、肩を揺すり名前を呼び続けている。

 美紗が行員を助けようと動き出すのと同時に、店が賊に脇腹を押されながら金庫室に向かって歩き出した。それで初めて銀行強盗だと理解する。

 美紗は混乱する頭で、自分はどうすべきか考えていると、いきなり美紗は横へ蹴飛ばされる。

「痛えっ何すんだっ!」怒号を発して倒れ込む。膝を強かに打ってしまった。振り向くともう一人の目出し帽の男。いつの間にか自分の横に立っていた。銃で壁のほうに行けという。

美紗は壁に向かって痛そうに歩きながら、イヤホンマイクで一心に緊急事態を告げる。

「浅草銀行強盗、二人、銃、全身真っ黒、目出し帽、ウィンドウブレーカー、スニーカー、180ガラと中太、行員被弾」それだけ伝えた。

「横の壁に全員手をつけ!早くしないと、こいつらみたいに全員ぶっ殺すぞっ!」賊が叫ぶ。行員が全員殺されたんだと思い、悲鳴をあげる女性客の背中を賊は蹴る。つんのめる女性。

 全員が壁に手をつくと、賊は持っていた大きな袋を広げ、無言で女性達の持っているバッグとコートをその中に入れさせる。手も身体も恐怖でガタガタ震えてコートを上手く脱げない年配女性が、男に蹴られギャッと壁に頭を打ち付ける。美紗が手を貸してコートを脱がせてバッグも袋に入れる。女性はただ震えているだけ。男性にもバッグとコートを袋に入れさせてから男性の尻ポケットに入っているものを賊が手を突っ込んで取り出し袋に入れる。

全員分を無理やり袋に突っ込む、いくつかのロングコートがはみ出し床を拭いていても、構わず引きずって裏口の方へ向かっていく。

カウンターの角を曲がりかけた時、いきなり走り戻って、端の男性の後頭部を銃で殴る。ズンと音がして男性客が頭を押さえて崩れる。手に携帯を持っていた。賊はそれを取り上げ

「またこんな事をしたら今度は撃ち殺すからな!」と言い捨てて、裏口の方へ姿を消した。

 賊の姿が見えなくなっても、頭から血を流して呻く男性を見ると、どの客も恐怖で身動きができない。

美紗はハンカチで出血を押さえてあげる。

一心に今起きた出来事を伝える。


 一方、店長は賊に連れられ金庫室に入ったまま。賊はオレンジ色の大きなバッグを持っていた。

2、3分で賊がパンパンに膨らんだ派手なバッグを重そうに肩にかけ、こちらに目をやりパンパンと銃を2発撃って

「全員金庫室に入れ!」と叫ぶ。銃口が客に向けられている。

もう一人の賊もいつの間にか戻ってきて銃口を客に向けている。

 悲鳴を上げながら我先にと女性客が急ぐ。カウンターの端のカウンタードアから事務室内に入り、バタバタと金庫室へ向かう。美紗は賊を良く観察しようと一番後ろに回ろうとするが、二人の女性に後ろから押され上手く動けない。その二人が邪魔で賊を見ることもできない。上を見ると四隅の監視カメラが状況を記録している。

一心が通報していればそろそろ警察が、と思って美紗はわざとゆっくり金庫室に向かう。

 何台ものパトカーの甲高いサイレンが近づいてきた。

 美紗は賊がどこにいるのか見ようするが、声も姿もない。美紗は賊は逃げたか。と思って、二人の女性を押し退けそっと金庫室から融資係の方へ行く。賊が見えない。さらにトイレを覗き職員玄関の方へ行ってもいない。

ビクビクしながらそっとドアを開ける。そこまでやって、賊はもう逃げたんだと確信する。

 ドアを開け放し駐車場から車道へ出る。近づくパトカーに向かって両手を一杯に振って、裏の職員出入り口へ招く。

 美紗はまんまと銀行強盗にやられたと思った。賊の侵入から5分か6分か。 

 機動隊が続々と店内に雪崩れ込んでくる。

一心の高校の同級生だった丘頭桃子(おかがしら・とうこ)警部も美紗の肩をポンと叩いて中へ入って行った。その後ろから一心も静も数馬も一助も皆んな続く。気の短い美紗が何かやらかして撃たれるのでは無いかと心配していた。という声が美紗の耳に届いた。むかっとはらわたが煮えたぎってくる。

「てめえ!か弱い女が人質に取られてたのにその言い草は何だあ!」と一心を殴る。

殴られた一心、鼻血を流しながら心の奥で、どこが?と苦く笑う

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