23 勇者は転生者

 村の全員が、その轟音に家の外に出て見回していた。


 見張り台の当番が東の方を見て、鐘を打ちならす。


カンカンカン!カンカンカン!カンカンカン!


「魔族だぁ!また魔族が来たぞぉ~!」


カンカンカン!カンカンカン!カンカンカン!


 見張り番の視線の先には、魔法による炎や光が多数見えていた。

 前回の様に三ヶ所ではなく、少なくとも十以上の場所で放たれている。


 現在、この大陸の八割程は魔族が統治している。

 確かに、一部の不埒な魔族が遊び半分で人間領を蹂躙する事はあるが、十数年に一度だし同じ場所を攻める事は皆無だった。


「なんで、こんなにコノ村ばかりが襲われるんだ?」


 実際には他の村も襲われているかも知れないが、人間と言うものは視野が狭く、自分だけが不幸なのだと思いたがる。

 だが、今回の襲撃は、あまりに異常ではあった。


「みんな、いつもの避難所へ急ぐんだ。お客人も行って下さい」


 アキトラードに急かされて、父親のゼルドラートが筆頭に、町の鍛冶屋ヤベルトとマルガリータを引っ張っていく。


 この村では、小高い山の岩盤をくり貫いた洞穴に避難所が有り、大雨、強風、地震、洪水や動物の暴走など自然災害や、戦争の時などに、避難したり隠れたりする為の施設を作っている。


「アキトラードさんは、どうするのですか?」

「息子は、なかなかの腕前なので、魔族の何匹かを倒すつもりなのですよ」


 息子の能力を知らされている父親は、客人に都合の良い言い訳をして引っ張っていく。


 当のアキトラードは、見張り台に登って状況を確認し、降りて自前の日本刀二本を腰に差してから、森の方へと歩いて行った。


「半年ぶりか?なかなか実戦の機会がなかったが、二刀流訓練の成果が試せるってもんだな」


 アキトラードの口元に、笑みがこぼれる。


 彼にとって魔族なら、千や万でも恐れるに足りない。

 魔法攻撃も驚異にはなり得ない。


「魔族ってのは魔法に頼る傾向が有るから、剣技の相手にはなりにくいが、中には剣士も居るだろう」


 剣での戦いは、練習では十分な成果を果たせない。

 命の危険性がないと、流儀や型に拘り、防御や選択が甘くなる。


 命の奪い合いこそが、実際の技量を上げる事に繋がる。

 とは言え、実際に刀で切れるのは数人までだ。

 刀は血糊で斬れなくなり、あとは刺すか撲殺かの戦いになり、体力を異常に消耗する。


 並みの人間と同じ体力しかないアキトラードは、五人ほど斬った後は特殊スキルで殲滅しようと考えていた。


 見張り台から見えた光の方へと歩くと、木々の間から炎が見えた。


「一匹目は・・・ハズレか!」


 相手が素手で魔法を放っているのを確認すると、アキトラードはスキルの領域を広げて魔族を覆った。

 見えない壁に煽られる様に倒れた魔族は、みるみる全身が灰の様になりながら地面に倒れた。


 アキトラードは、その姿を見る事もなく、既に別の方向へと足を向けている。


「二匹目は、斧か!」


 東の方に雷撃を放っている魔族は、左手に巨大な斧を持っていた。

 わざと雑木を凪ぎ払って進んで音を立て、魔族の注意を引く。

 暗殺者ではないのだから、不意打ちでは意味がない。


「チクショウ!こっちにも居たのか?」


 魔族がアキトラードに雷撃を放つが、途中で消えてしまった。


「アンチマジック?」


 魔族は顔を歪めながら、大きく斧を振りかぶる。


 不規則な歩調で接近するアキトラードは、その脇の下をすり抜ける様にして、脇腹を切り裂いた。


「先ずは一匹!」

「馬鹿な!なんで硬化と再生が効かない?」


 魔族は脇腹から血を流しながら、倒れていく。

 身体能力にも自信が有ったのだろう。おごりが仇になった様だ。


「次は・・剣か?」


 見ると、魔法は殆ど放たず、剣を抜いて走り回っている魔族が居た。


「あいやぁぁぁぁ!」


 掛け声と共に斬りかかるアキトラードの刀を、両手剣で受け止める魔族。


ガツン!


 その顔が一瞬、笑って見えた。 


カキン!


 背後から迫っていた別の者の剣を、アキトラードは左手の刀で弾く。

 見ると小柄な魔族が、ミドルソードで樹の上から斬りかかって来ていたのだ。


「アサシン、忍者と言った所か?」


 どうやら、二匹一組で誘っていたらしい。

 アキトラードは二匹から一旦間合いを取り、再び斬りかかる。


 アサシンは場を離れようとするが、アキトラードの狙いはアサシン側だ。

 剣士側に向けていた足をアサシン側へと切り換え、刀の突きで背中を刺す。


「二匹目!」


 倒れるアサシンを一旦追い抜き、剣士との間合いを取り直して、対峙する。

 斬りかかってくる大剣を左の日本刀で受けつつ流し、右の刀による逆袈裟懸けで首もとを切り裂く。


「三匹目!」


 血飛沫が、アキトラードの顔に飛んでくる。


「次は、少し離れているか?しかし・・・何かに追われている?」


 今まで遭遇した魔族四匹は、いずれも村と反対側へと攻撃や注意を払っていた。


「何かは分からないが、遠いな!」


 特に、最初の二匹が放っていた攻撃魔法は、かなり長距離を狙っている様だった。

 少し気になるが、アキトラードは新たなる獲物を求めて歩き出した。


「次も、剣か!」


 軽装でミドルソードを持つ魔族は、やはり東に向かって風魔法を放っている。

 見えない刃が木々を薙ぎ倒し、森がどんどん開けていくが、相手の姿は見えない。

 だが、帰ってくる炎の矢を見ると、闇雲に魔法を放っているのではない様だ。


 アキトラードは、風魔法も炎魔法も気にせずに、魔族へと突進していく。ただ、風魔法で倒れてくる樹には注意を払っていた。


「二対一とはな!」


 木々が倒され、森が既に開けているので、アキトラードの接近は容易に魔族の知る事となる。


 接近するアキトラードに、魔族の風魔法が炸裂するが、霧散していく。

 見た目には、刀で払っている様に見えるのを魔族が驚愕の目で見ていた。


「魔剣なのか?クソがぁ!」


 魔族がアキトラードの上段打ちをミドルソードで受け、空いた手で風魔法を相手の腹に撃ち込んだ。

 勿論、それも服の手前で霧散した。


「なっ?」


 身体を右に捻り、逆手に持った刀を魔族の腹に向かって刺そうとしたアキトラード。

 だが、魔族が二人の間に爆発的な風魔法を放って、魔族の体が跳ねのいた。

 アキトラードの方には一切の影響はないが、魔族は自分の魔法を間合いをとるのに使ったのだ。


「なかなかやるな、魔族!」

「人間の中でも特殊なんじゃないか?お前は。まさか、こっちが勇者か?」

「いや、俺は単なる村人だよ」


 アキトラードの返答を、魔族は鼻で笑った。

 アキトラードも、接近戦に長けた魔族に笑みを浮かべる。


 しばらくの睨らみ合いの後に同時に斬りかかるが、魔族は風魔法を自分の剣に付与し、剣速が急に加速した。

 アキトラードも、流石にコレには対応しきれず、力の入りきらない所で押しやられ、額で刀の峰を押さえて、なんとかしのいだ。


「ほう!コレを止めるとはな?」

「いや、まだだ!」


 アキトラードの空いた左手の刀が、逆袈裟懸けで切り上げる。

 今度は、二人の距離が近すぎた為に、魔族の回避も間に合わず、右腕に傷を負わせた。


 アキトラードの額と、魔族の右手から血が流れ落ちる。


「あの炎魔法を防いでいるのも、お前なのか?人間」

「ああ。確かに割り込んだのは俺だが、少しは空気を読めってんだよな!」


 彼方から放たれている炎魔法は、二人から離れた所で見えない壁に妨げられて霧散していたのだ。


「じゃあ、次で決めようか?魔族」

「既に太刀筋は見切った。勇者を倒せば魔族の繁栄は続く」


 魔族はミドルソードを左手に持ち替え、右手に魔力を注いでいる。

 筋を痛めていても、魔法には問題ない。


 アキトラードは、今まで後ろに下げていた右足を、前に出した。

 二歩、歩幅をつめて前進し、左手の突きが魔族を襲う。


 魔族は右に避けて両手で剣を振り上げるが、アキトラードは身体を時計回りに半回転させ、右手に持っていた刀で魔族の右脇腹へと迫る。


 風魔法を付与した魔族の剣が遅かった訳ではない。

 だが、最初に威嚇で突かれた左手の刀は、既にアキトラードの頭上でガードに回っており、魔族の剣を待ち受けていたのだ。


「グフッ!」

「ふーっ、ふーっ、ふーっ」


 魔族は血反吐を吐いて倒れ、アキトラードは深呼吸を繰り返していた。


 呼吸が落ち着いたアキトラードは、刀の刃を確認した。


「少し刃溢れもあるし、今回は、ここまでか?」


 アキトラードの身体から、再び見えない壁が広がる。

 森の樹の一部が、彼を中心に次第に枯れ落ちのが見えた。


「まぁ、こんな所か?」


 既に、今しがた倒した魔族の体もボロボロになっている。


 刀の血糊を拭き取り、鞘にしまったアキトラードは、村へと踵を返して歩き出す。


 途端に彼の横を、突風が通り抜けた。


「やぁ、凄い能力だねぇ?あれだけ居たた魔族が、消滅しているよ」

「やっぱり居たのか?」


 ゆっくりとアキトラードが振り向くと、そこに居たのは明らかに冒険者といった風体ふうていの男だった。


「おっと、魔族側じゃあないよ。戦うつもりも無い。君が鍛冶屋のアキトラードだろ?二刀流とは宮本くんかな?」

「【二刀流にとうりゅうや【宮本武蔵みやもとむさし】を知っているって事は、元日本人か。現地人なら【双剣そうけん】って言う筈だからな。魔族の言っていた【勇者】ってお前か?」


 この【ダルマン】と名のる男の能力なら、移動速度も火力も、ここに居た魔族くらいは直ぐに倒せただろう。


「そうだ。俺の名はダルマン!元日本人で勇者。そして、日本刀を依頼した注文主だ」

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