22 二組目の来訪

 だが実際には、次なる事件が待っていたのだった。


 田舎の村に行商人以外が来るのは、数年に一度くらいだ。

 だが、魔族の襲来以後、その常識は崩れ続けている。


「私はヤベルトといいます。冒険者のガーズトロンさんに、この村に面白い鍛冶屋が居ると聞いてきたんですが、知りませんか?」

「ああ、魔族から守ってくれた冒険者のリーダーの人だね?面白い鍛冶屋と言うか変な鍛冶屋なら、ゼルドラートん所のアキトラードだろうねぇ。奇妙な剣を作って振り回してるよ」


 アキトラードの留守中に、彼を訪ねてきた者が居たのだ。

 その者も鍛冶屋らしく、冒険者のガーズトロンに話を聞いた別の冒険者からの依頼らしい。

 ベリルハートとクリソヘリルの時とは違い、鍛冶屋のみの来訪だ。


「はい。確かにソノ剣を作っているのはウチですが、あの剣の詳細は、息子のアキトラードに聞いてもらうのが一番だと思いますので」


 アキトラードの使命が日本刀を広める事だと聞いていた父親のゼルドラートは、彼が不在の数日間、来客の接待と概要の説明をしていたらしい。


 帰宅したアキトラードは、その話を聞いて、さっそく実演をする事にした。

 父親が、既に前金を受け取っていたのも有るが、クリソヘリルだけでは十分に技術が広がるか不安に思ったからだ。


「うちの流儀では、この63センチ以上を【打刀うちがたな】と呼び、60センチ以下の物を【小太刀こだち】と呼んでいます。作り方は同じなので、手早い小太刀で実演してみせます」

「長さによって名前が違うのですか?」

「使い方は、ミドルソードと短めの予備といった関係になります。ロングソードに当たるものも有りますが、騎馬戦用に分類されています」


 アキトラードにしてみればベリルハートに脇差を渡してしまったので、その補充と言う意味で有用な話ではあった。


 この世界は、元が日本のラノベだけあって物の単位が日本流なのが有りがたい。

 長さのインチ変換など、したことのない彼では、頭を悩ませるところだ。


 だが、脇差しや小太刀を語る時に、先ずは日本刀の種類について語らねばなるまい。


 時代によって定義が変わるが、日本刀は騎馬戦用の【大太刀おおたち】【太刀たち】と、軽作業に使う【腰刀こしがたな/短刀】から始まる。中途半端な長さの刀は邪魔でしかない。

 戦国時代では、歩兵の主要武器は槍に統一される傾向にあった。


 時代が、騎馬戦から個人での打ち合いに主流が移ると、腰帯に差して携帯できる【打刀うちがたな】と呼ばれる、2尺(約60.6センチ)以上の刃長を持つ物が主流となり、予備の刀として2尺以下の【脇差わきざし】を持つ様になる。


 【小太刀こだち】とは、刃長が二尺(約60センチ)前後の刀で、長さ的には脇差と変わりない。

 小太刀の名称については、脇差の別命説。打刀と共に差す際に【脇差】と呼び、単独使用の時に【小太刀】と呼ぶなどの諸説が存在するが明確な区別はつかないらしい。


 アキトラードは既に完成している二振りの刀を見せて、完成型を説明した。


 材料は既に父親が準備していたので、直ぐに鋼鉄の折り重ね鍛錬から入る事ができる。


 今回も、研ぎの前段階である打ち上げまでの実演になる。

 ここまででも二週間ほどかかるので、最後まで見せると一ヶ月以上掛かるからだ。


「私は魔力が無いので鉄でしか作れませんが、アダマンタイトやオリハルコンで作る時は不純物で硬度を調節して、魔力を注ぎながらの鍛錬になる違いだけです」


 クリソヘリルの作業を見て、鉄との違いが言える所は、以前より説明しやすくなっていると言えるだろう。

 今回はオリハルコンなどの備えが無いので、オリハルコンでの試し打ちはできない。


「ゼスの町に居るなら、トリフェーンさんの所のクリソヘリルさんにも教えましたから、彼が詳しいですよ。でも、派閥とかがあって聞けないのかな?」

「そうですね、家単位で秘蔵するものですから難しいですね。可能なら、材料を手配しますから、ここで打たせてもらえませんか?」


 まぁ確かに、普通なら商売仇でもある他の鍛冶屋に教える訳がないのだ。

 アキトラードが教えているのは、彼が作れない特殊金属を使った武器製作だからで、商売として住み別けができているからだ。


 世の中、現実には思いや根性、努力では物事が実らない。


 天才は1%の閃きと99%の努力だと言う。

 目標達成の為の閃きが無ければ、99日努力しても、99年努力しても無駄に終わる。

 努力は容易く人を裏切る。


 目的があり、情報を集め、知識がを集め、手法を考え(閃き)、練習や試行錯誤により微調整や最適化を行ない、成功に至る。


 この鍛冶屋が今回手にしたのは、手法(閃き)までだ。

 ちゃんとした形の物を作るには、実際には練習が必要になる。

 ただ、それはアキトラードと言う導き手が居れば、一気に目標達成へと至るだろう。


「良いですよ。確かオリハルコンとかアダマンタイトは、なかなか手に入らないんでしたよね?」

「はい、そうです。ですが、仕事の依頼主が、材料のオリハルコンを持ってきてくれる算段になっています」


 どうやら、依頼主も村に来るらしい。

 連絡がついているのか、一向にゼスの町に帰る気配はない。


「ではオリハルコンを、ここで錬成し直して、一部に不純物を入れて柔らかくしなくてはなりませんよ」


 クリソヘリルの時は、オリハルコンに鉄を混ぜて折り重ね鍛錬で均等化し、軟鉄の代わりに使った。

 鉄は炭素化合率が高いほど硬いが、オリハルコンなどは純度が高いほど硬いらしい。


 アキトラードとヤベルトとの話が終わったのを見計らって、父親であるゼルドラートが彼を居間へ呼び出した。


「アキトラード、仕事が一区切りついたところでナンだか、マルガリータの事をな」

「ああ、結婚だろ?話を進めてくれよ。彼女なら気心も知れてるし、鍛冶屋の女房にも耐えられるだろうし」


 アキトラードは直ぐ様答えた。


 アキトラードが帰宅して、すぐに鍛冶仕事に入ったが、マルガリータは彼の家に毎日通って、仕事前後に世話をやいてくれていた。

 そんな彼女にアキトラードも笑顔で対応し、マルガリータの笑顔も増えていっていた。


 以前より持ち上がっていた話でもあり、いつもより過剰な彼女の対応と周りの空気に、アキトラードとしても気が付いていた。


 この世界の結婚は、基本的に親同士が決めるものだ。

 地球の貴族は勿論、平民も親が結婚相手を決める文化は、古今東西に存在している。


 鍛冶仕事を手伝ってくれたマルガリータの父親も喜んでくれているが、マルガリータはうずくまって泣いている。

 嫌で泣いているのではない様だ。


「正直、リーリャンスには手を焼いていたんだよ。大農園の娘だから、安易に邪険にもできなかったしね。例の件は、いい機会だったと思うよ。今頃は、別の村にでも縁談話を持っていっているんじゃないかな?」

「ああ、そのリーリャンスなんだが・・・・死んだよ」


 ゼルドラートが告げた言葉に、アキトラードの動きが止まった。


「えっ!死んだ?冗談だろ、親父」

「冗談じゃない。お前がゼスの町に行って、数日後の事だった」

「死んだって、病気か何かか?」


 リーリャンスは、父親の家に軟禁されていた筈だ。

 確かに、行方不明になったと聞いているが、誰かが匿っているのだと思っていた。

 ただ、ずっと引き込もっていると、病気になる場合があると聞いた事がある。


「いや、賊に襲われたらしい。たぶんテバールンドの手配か、以前に彼が雇った殺し屋の片割れじゃないかと噂されている」


 家人と共にいたマルガリータが声をかけられた時以外は、誰も余所者の姿を見ていない。

 それ以後も、この村では女性の一人歩きは厳禁となっているらしい。


「俺が留守の間に、そんな事が起きていたなんて・・・」


 アキトラードは頭を抱え、マルガリータは賊の事を思い出したのが、青ざめて震えだした。


「大丈夫だマルガリータ。俺が居る限り、お前は守ってみせる」

「アキトラード・・・・」


 怯えるマルガリータに気が付き、抱きしめるアキトラードを見て、双方の父親が目頭を押さえている。

 マルガリータが襲われたのはアキトラードが不在の時だった。彼は武器も持っているし、賊を退けた事も何度か有る。

 そんなアキトラードに抱き締められて、マルガリータの震えは、ようやく止まる事ができたのであった。


 ただ、アキトラードの口角が上がっていた事に気が付いた者は、居なかったが。



 一仕事を終え、婚約も確定した平穏な時間は、そう続かない。

 マルガリータの引越し作業を続けていたアキトラードの家に、山の方から大きな爆発音が届いた。


 彼の家だけではない。


 村の全員が、その轟音に家の外に出て見回していた。

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