17 暗躍する人物

 アキトラードの家の様子を伺う者の姿に、今は誰も気付いていなかった。


「今なら、大丈夫そうね。よそ者も居ない様だし」


 コッソリと家を脱け出したリーリャンスは、アキトラードの家の様子を伺っていた。

 テバールンドの事件から半年が経っており、彼女の父親レクイモンドや村人の気も緩んでいたのだろう。


 だが逆に、その間は部屋に軟禁状態だったリーリャンスの心は病んでいっていた。


「あのマルガリータとか言う娘さえ居なければ、アキトラードは私の元に帰ってくるに違いないのよ」


 アキトラードとマルガリータの結婚話が出たのは、リーリャンスとの破談が確定した後なのだが、最近になって外の情報を得た彼女にとっては、時系列を考えられない状態になっていた。

 その思いが、アキトラードに対する一途な感情なのか、テバールンドすら居なくなり『行き遅れ』と言われたストレスの結果なのかは、分からない。

 ただ、本人だけは『別の女が誘惑して話が進んでしまっているだけで、邪魔者が居なくなれば再びアキトラードと結ばれる』と思い込んでしまっている。


 人間誰しも、自分の考えが正しいとしか思えないものだ。

 そして、間違っているのは、自分と異なる判断をしている存在の方だと思うものなのだ。


 リーリャンスは、アキトラードが仕事に集中しているのを確かめると、他の村人にマルガリータの居場所を聞いた。


「ああ、マルガリータなら畑で見たわ。場所は、あっちの方だよ」


 彼女には幸いな事に、アキトラードとマルガリータの婚姻話しは、まだ一部の者しか知らない。

 リーリャンスがソレを知ったのは、レクイモンドがアキトラードの動向を調べていたのを耳にしたからだ。

 だから、その村人は『リーリャンスがマルガリータに男を取られた』とは知らず、情報を流してしまったのだ。


「ああ、マルガリータ。久しぶりね」

「りぃ、リーリャンス?どうしてココに?い、いえ。何か用ですか?」


 同じ村人であるマルガリータとリーリャンスは顔馴染みだ。

 たた、リーリャンスはアキトラードにベッタリだったのと、その間は婦女子の近寄る隙が無かったので、話すのは久びさと言える。


「小耳に挟んだんだけど、アキトラードと結婚するんだって?」

「そ、それは親とかが勝手に話してる事で、そう言った事はリーリャンスさんの時もあったでしょ」


 以前も結婚話を広げているのは、主にアキトラードの父親であるゼルドラートの仕業だった。

 早めに跡継ぎが欲しいのも有っての行為なのだが、それがリーリャンスと、その父親のレクイモンドとの方針の違いにもなっていたのだ。


 リーリャンスは気心が知れた同世代を望み、レクイモンドは村の権力を手中におさめたい考えもあって別々の行動に出ていた。

 レクイモンドの方は、利害関係だけでなく親心としても、鍛冶屋の嫁よりも次期村長の嫁の方が楽で良い生活ができる事を考えていたのだった。


 当然だが、マルガリータはリーリャンスとアキトラードの破談を知っている。

 確定ではないにしろ、彼との婚姻話をリーリャンスが快く思っていない事は理解していた。

 だから、彼女を刺激しない様に言葉を必死に選んで話した。


「そうなんだぁ~でも、あなたはアキトラードとは御隣だし幼馴染みだし、彼の好みとか知っておいた方がいいでしょ?いろいろと教えてあげるわ」

「ちょっと・・・リーリャンスさん。私は仕事の最中だし、今は・・・・」


 周りに目撃者も見当たらないのを確認し、リーリャンスは半ば強引にマルガリータを森の方へと引っ張っていく。


 村の実力者の娘であるリーリャンスに、下手に抗って怪我でもさせては色々と問題になるので、力ずくで抵抗する事もできない。

 結婚の意思もないアキトラードが、十年近くリーリャンスを拒み切れなかったのと同じ理由だ。


「リーリャンスさん、いったい何処まで?」

「他の人には、(あなたの悲鳴を)聞かせたくないのよ」


 森の茂みに入れば、10メートル程で見通しは悪くなる。


 森に彼女を押し込む様に連れ込み、リーリャンスはスカートに隠していたナイフを抜いて逆手に持ち、マルガリータの背後から振り上げた。


カキ~ン!


 いきなり視界に飛び込んできた剣の腹で、リーリャンスの手は止められ、ナイフは高くはねとばされた。


「何をしてるでござるか?」

「痛い!あなた誰?」


 マルガリータとリーリャンスの間に割って入ったのは、中年の男性だ。

 村人ではなく、猟師か冒険者の様な姿だが、身なりは小綺麗にしている。


 背後で起きた騒ぎに、マルガリータは驚いて転倒していた。


「リーリャンスさん、誰なんです?」

「知らないわよ!いきなり現れて・・・」


 剣に当たって痛めた右腕を押え、リーリャンスも後ろに下がっている。

 タイミング悪く、跳ね上げたナイフが近くに落ちてきた。


「この女が、そなたを刺そうとしていたのでござるよ。たまたま居合わせた拙者が阻止したでござるが・・」

「本当なの?リーリャンスさん」


 そう言いつつも、マルガリータにはリーリャンスが彼女を憎む理由に心当たりはあった。

 だが、ここまでの行為に出るとは思ってもみなかったのだ。


「マルガリータ、貴女さえ居なければ良かったのよ」


 リーリャンスは唇を噛んで、マルガリータを睨んでから、走り去った。


「拙者は魔族の再来を警戒して見回りをしていた冒険者でござるよ。先日、この辺りまで来たのでござろう?」

「ええ。でも町の冒険者さん達が追っ払って下さって。あっ、その前に御礼を言わなくちゃ!助けて下さってありがとうございました」


 命の恩人の言葉に、一応の納得をしたマルガリータだが、彼女の安堵した顔を見た冒険者の顔が、少し不自然に歪む。


 本当なら、いくら森を見回っていても、偶然にコノ様な場面に出くわす筈はない。

 実は、この冒険者が見張っていたのは村であり、アキトラードの家の周囲だったのだ。

 不穏な動きをしている女性が気になり、監視していた結果の救出劇だった。

 いくら隠れての監視とは言え、殺人を見逃す事はできなかったのだ。


 とは言え、それを馬鹿正直に話す必要も無い。


「彼女は放っておいて大丈夫なのか?今の様子だと、また命を狙いかねないぞ」

「そうなんですけど・・」


 マルガリータには、どうすべきかの判断ができなかった。

 ある意味では彼女マルガリータも原因の一つではあるし、リーリャンスの家は権力者だ。


「拙者としては、関わった以上は村長なりに話す義務があると思っておる」

「黙っていてもらう訳には・・いかないですよね」


 もし黙っていた場合、再びリーリャンスがマルガリータを襲った時に、黙認していた彼の立場が悪くなるのは彼女にも理解できている。


「兎にも角にも、家まで送るでござるよ」


 冒険者はマルガリータの背を押して、村の方へと歩みを始めた。





「リーリャンスまでもですか?」


 村長の家では、代替わりした若い村長が、話を聞いて頭を抱えていた。

 実の兄に続き、またも村から殺人未遂犯を出してしまった事に、頭を抱えずにはおられなかったのだ。

 そして、共に村人以外が関わっているので隠蔽もできない。


「拙者はザウラスと申して、冒険者ダルマンの仲間でござる」

「冒険者ダルマンと言えば、一昨年に正式認可された新しい勇者様では?」

「そうでござる。魔族襲来を聞き付け馳せ参じたのでござるが、既に撃退済みとの事で、拙者のみ森で警戒をしていての遭遇でござった」

「御陰様で、人死には出さずに済みました。ありがとうございます」

「たまたまの幸運でござったよ」


 村から殺人犯が出たとなると、事態は更に悪くなる。


 ちょうどその時、呼ばれたレクイモンドが村長宅へと到着した。

 彼も、前回の騒ぎの要因であった為に、外出時は村長の選んだ見張りが同行している。


「村長、話は聞いたがウチの娘がソコまでするはずはないだろう!」


 開口一番、レクイモンドは否定の言葉を発した。

 世間の親は、特に娘には甘いものらしい。


「では、レクイモンドさん。娘さんは、ずっと御自宅に?」

「いや、村長。確かに娘は家には居なかったが、そんな事をする子ではない」

「娘さんも外出時には、同行者を付ける約束になっていましたよね?」

「それが、いつの間にか・・・だが、有り得んだろう!リーリャンスまでが」


 そこまで話したレクイモンドの前に、例のナイフが差し出された。


「このナイフに見覚えは?」

「確かにコレは・・・・」


 ナイフを見たレクイモンドは、目を見開いたまま固まってしまった。


「拙者は王都より派遣された冒険者でござる。魔族の再来に備えて見回りをしてなければ、あの金髪の娘子むすめごは殺人犯になるところでござったよ」

「・・・・・・・」


 冒険者ザウラスの横で頷くマルガリータを見て、レクイモンドに言葉は無かった。


「見間違いと仰るのならば、金髪の娘子むすめごの右腕に拙者が弾いたアザがある筈なので確認すると良いでござるよ。ひょっとしたら魔族の変身かも知れぬでな」


 ザウラスは、半ば冗談で言ったのだが、田舎の村に魔族に詳しい者がいる訳もなく、それを耳にした村人達は、それぞれに間合いをとって監視し始めた。


「じ、冗談でござるよ。それより、あのリーリャンスとか言う金髪娘子むすめごを、早めに見付けるべきでござる!(いやはや、この村は何故にトラブルが多いのでござろうか?)」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る