18 町への修行旅 

「いやはや、この村は何故にトラブルが多いのでござろうか?」

「確かに、そうですね。嫌になります」


 村長の家を出た冒険者ザウラスに、たまたまやって来たアキトラードが思わず答えた。

 いきなり後ろから入った合いの手に、一瞬ドキッとした彼だったが、倒れる程ではなかった。


「お、御主は、村の者か?」

「はい。鍛冶屋です。見たところ冒険者の方ですか?事件に巻き込まれたとかで、御迷惑を御掛けしました」


 騒ぎは、村人にも広がりつつあり、関係者に属するアキトラードの耳にも、いち早く入ってきていた。

 ザウルスは、アキトラードを見て、目を細める。


「ほう?そなたが鍛冶屋か」

「俺を御存知で?」

「ま、まぁ、そうじゃなぁ。何でも、ここしばらくの間に起きた騒ぎの原因だと聞いておるがな?」

「俺が、何かしている訳でも、させてる訳でもないんですがねぇ」


 ある意味では、アキトラードも被害者だ。

 家の前で繰り広げられている、そんな冒険者とアキトラードの会話を聞き付け、村長が家から出てきた。


「なんだ声がすると思えばアキトラードか?今回も、お前絡みの騒ぎだ。いったい、どうなっているやら」

「村長、俺のせいにしないでくださいよ。それより、お願いが有るのです。これから15日ほどゼスの町に行きたいのですが?」


 事の詳細でも聞きに来たと思っていた村長は、予想外の言葉に、首を捻った。


「ゼスの町に?何か用があるのか?」

「はい。手持ちの作業に片がついたので、この前きた鍛冶屋の所に勉強へ行きたいと思いまして」


 実際には、そろそろオリハルコンの刀も研ぎが終わる頃なので、様子見をしに行くのだ。

 クリソヘリルからも最終確認をして欲しいと言われているの。


「話は聞いていると思うが、リーリャンスが行方不明らしい。お前が村に居ると、また事件が起きるかも知れないから、しばらく村を離れるのは良いかも知れないな?」

「だから、俺のせいにしないでくださいってば!」


 アキトラードが居なければ、これ以上話がこじれることはないと思った、村長の考えは妥当だ。

 リーリャンスは思い通りにならないアキトラードの命さえ狙うかも知れない。

 再び狙われるかも知れないマルガリータも居るので、リーリャンスが見つかるまでは保護対象が少ない方が安全だ。


「いいだろう。修行を重ねて、村に貢献してくれるとありがたい」

「ありがとうございます村長」

「ならば、拙者も同行しよう。報告もせねばならないからな」

「そうしていただけると、村としても安全です」


 冒険者は憲兵ではないので、法の執行に関わる事はない。

 ただ、地方の情報や事件の情報などは行政に報告すると金になるので、彼等の小遣い稼ぎになるのだ。


 村の不祥事を村長としては隠しておきたく、金を渡して隠してもらう事も有る。

 だが、事が公になった時に『脅されて口止め料を要求された』とひるがえされる場合も有るので、マトモな冒険者は金品を受け取らず、手間でもチャンと報告するのだ。


 また、隠れているリーリャンスが、アキトラードを付け回す事も懸念される。

 村の者を付ける訳にもいかないので、村長としては大変助かる話だ。






 アキトラードがゼスの町に行ってから、一週間ほど経ったある日、レクイモンドが村長宅に駆け込んできた。


「村長、助けてくれ!リーリャンスが行方不明なんだ」

「何を今さら騒いでいる?彼女は七日ほど前から行方不明ではないか!」


 レクイモンドは少し考えたが、正直に話す事にした。


「すまん!実は親類の家にかくまっていたのだ。その、匿っていた叔母の所から昨日から姿が消えて、帰って来てないんだ」


 村長は、『やはりな!』と言う顔で、レクイモンドを見た。


「そんな事だろうと思っていたが、今さら再捜索はできんぞレクイモンド!もう人手をさく余裕も、いいわけもできないからな」


 人命が掛かっていたので、村人に無理を言って捜索に協力してもらっていたが、農作業があるので、それもそうそう続ける訳にはいかないのだ。


 周りを野獣の住む森に囲まれている村からは、街道を通って近隣の村を経由するしかない。

 近隣の村には、既に村人を送って聞き込みを終えていたし、リーリャンスの様な御嬢様が森を越えて行けるとは思えない。


 村人のほとんどが、既にリーリャンスは森で死んでいると考えている所に、『親が匿っていました。今度は本当に行方不明です』と言っても、誰が協力してくれるだろうか?


「頼む!娘の命が掛かっているんだ」

「たしか、私の父親と兄が追放される時に、貴方は反対も擁護ようごもしてくれなかったと聞いていますが?」

「それは・・・」


 実際この二人は、色々と因縁がある。

 当時のレクイモンドにしてみれば、前村長を庇えば自分も追放の可能性が有ったのだ。


「今のは聞かなかった事にしてあげましょう。是非にと言うなら、貴方の追放を前提になりますよ」


 見つけ次第追放が確定しているリーリャンスだけでなく、レクイモンド自身にも、前回の事に加えて今回の事も含めると、既にレッドに近いイエローカードが出ている。

 レクイモンドには、他に後継者が居ない故の恩赦だが、これ以上、村に迷惑をかけるなら、前村長と同じ処罰をする事ができ、父親と兄を追放に追いやられた現村長としては、良い報復になる。


 だが、少なくとも身内が生きているのより、死ぬ方が何倍も辛いと判断した村長は、捜索隊を出さないと言う方向に持っていこうとした。


「分かった。うちの者だけで探す」


 案の定、大地主という権力にしがみつこうとしたレクイモンドは、娘よりも、自分の保身を優先した様だ。

 実際、村長に頼んでも、どれだけの人数が手配でき、どれだけ親身に探してくれるかは期待が持てない。


 だが、その結果は以外と早く出た。


 森の浅い所に狩りに出た村人が、バラバラに切り刻まれたリーリャンスの死体を発見したのだ。


「こりゃあ、酷いな」

「獣に喰われているが、二三日ってところか?」

「じゃあ、誰かに拐われて、直ぐに殺されたって事か!」


 聞き付けて、やってきた父親のレクイモンドは、娘の死体にすがり付いて泣いている。


「樹に縛り付け、口を封じて、大型の剣で刺したり、手足を切り刻んでいるな」

「マトモな奴にできる仕業じゃあねえよ」

「半年前の暗殺者の生き残りが、復讐に来たんじゃないのか?村長の息子とリーリャンスの破談が原因だったろう?」

「依頼者のテバールンドも、標的のアキトラードも居ないから、リーリャンスってか?」


 集まった村人が、思い思いの事を口にするが物証もなく、想像の域をでない。


 ただ、村人が振るう様な刃物では無いのは確実だ。

 近いのは、アキトラードの刀だが、彼はゼスの町から出ていないのが、直ぐに確認された。


 多くのトラブルが発生してから、この村では単独での外出を控えていた。

 とは言え、親元に閉じ込められていた時よりも甘い監視体制であったのは間違いない。

 農作業の為に老人と子供以外が居なくなった昼間の家で、ワガママに育てられていたリーリャンスが一人で敷地内を出歩いていた可能性は有る。


 そこを、賊に襲われたのか?


「そう言えば、マルガリータは大丈夫か?例の賊は知らないかも知れないが、一応は関係者だろ?」

「彼女なら、リーリャンスに襲われてから、引きこもり気味だったが、ここ数日は部屋から出てないらしい」

「たしか、見知らぬ男達に名前を聞かれてから、引きこもったとか親が言っていたな。上手く逃げれて良かったよ」


 場合によっては、若い女性が無差別に殺された可能性もある。

 たぶん、主犯のテバールンドが口にしたリーリャンスの名前を、実行犯が聞いていたのだろう。


 暫定的ではあるが、名前を聞かれたマルガリータが無事な状況から、事件は半年前のアキトラード殺害未遂で逃げた犯人が、関係者に復讐をしたものとして判断された。

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