16 日本刀の作製

 そう言った訳で、作るのは打刀うちがたなの一択なのだ。


 アキトラードは鍛冶場の火床ほどに木炭をくべていく。

 追加の木炭を頼んではいるが作業が数日かかるので、最初は手持ちの分でも事足りる。

 藁を突っこみ、火打ち石で小さな火を起こしてから、ゆっくりふいごを動かして火を大きくしていく。


「昨日から拝見してましたが、道具自体は大して変わりないんですね」


 今回は観客であるクリソヘリルが感想を言う。

 違いは、先にクリソヘリルが振り回した【大鎚】や【テコ棒】くらいだ。

 鋳造鍛冶では、使わない所もある。


 徐々に鞴を早く操作し、火力をあげていく。近代日本だとモーターを使った送風を使っている。

 炎の色を見て温度か高くなったのを確認し、鋼鉄の地金板を一枚と、常備してある鋼鉄のテコ棒の頭を燃える木炭の中に突っ込む。

 テコ棒とは50センチ弱の鉄製の棒で、加工する時の持ち手となる物だ。

 一部が刀と交わる為に地金と同じ素材を使っている。


 地金が溶ける程ではなく、表面が柔らかくなった程度で革手袋をして、火箸ひばしを使って取り出す。

 加熱した地金を金床に乗せ、同じく加熱していたテコ棒とくっつけて、小鎚で叩いて一体化していく。このくっついた地金をテコ皿と言い、素材を追加する際の台ともなるのだ。


 テコ皿の分を含めると、完成した刀と同等の鋼鉄地金をテコ皿に乗せて、再び火床へと入れて加熱する。

 流派によっては、三分の一づつ三つに分けて作る所もある。


 今回は、地金を融合させる為に、溶ける直前まで加熱する。

 コテ皿と一体になった素材を金床に戻し、小鎚で叩いて鍛錬していく。


 鍛錬と加熱を繰り返し、特定方向に倍の面積まで広がったら切り鏨きりたがねと呼ばれる道具で折り目を入れ、半分に折り重ねる。

 次の鍛錬で交差する横方向に伸ばし、また折り重ねる。

 これが【折り重ね鍛錬】と呼ばれる手法で、金属内の不純物や空気を排出すると同時に、地金内の成分を均等にしていく働きがある。


 日本刀の場合、これを合計15回以上行う。


 以上の行程を、軟鉄の地金と軟鉄のテコ棒でも行う。

 但し地金の量は鋼鉄の半分弱だ。

 地金の総量が刀一振り分よりも多いのは、鍛錬の時に排出される酸化鉄や不純物の分を含んでの見積り分である。


 灼熱の鍛冶場での力仕事は、一日中できるものではない。

 この折り重ね鍛錬だけでも、一人では一週間以上かかる。


 毎日、火床を起こしては素材を再加熱するので、効率を考えれば火を起し続けて5~6人での交代作業の方が無駄がない。

 だが、それは人員的に現実的とは言えなかった。


 この様にして鍛錬が終わった鋼鉄の地金を、次はUの字に曲げていく。

 この時に専用の型枠を使う場合も有るが、頻度が少ない為に、今回は使わない。

 このU字の内側に鍛錬した軟鉄を挟み込み、軟鉄側のテコ棒を切り離す。

 火床で加熱して一体化させ、軟鉄を包む様に鍛錬しながら伸ばし、日本刀の形へと近付けていく。


 この軟鉄と鋼鉄の一体化までは最低限一人でできるが、長物はコレから先の冷却速度が早まる為に、鍛錬と冷却が時間との争いだ。

 故に、テコ棒を持ち小鎚で微調整をする者と、大鎚で整形する者の二人か、三人での作業となる。

 アキトラードの家の場合は引伸しを含む造形化作業を、親戚の叔父に手伝ってもらって三人で行っている。

 従姉妹いとこのマルガリータも、手伝いの叔父と一緒に、毎日の様に炭の補充を兼ねてやって来る。


 この打ち伸ばしの時も、温度を下げない為に可能ならば連続して作業するのが望ましいが、徹夜や交代勤務が必要な程ではない。

 逆に、ある程度は区切りをつけて作業をして、同じ者が形の調整ができる様にしないと、刀の形が定まらなくなる恐れがある。


 順当に行って、刀身の打ちあげまでに二週間以上かかる。


 その後に、金属用のやすりで形を整え、刃を研いでいく。

 そして、最後の焼き入れに失敗すると、ヒビが入ったりして全てがやり直しだ。


 【研ぎ】にも、約二週間かかるので、刀身の完成だけでも一ヶ月以上かかるのが日本刀という物だ。

 酷い時には、一振り完成させるのに数年かかる時もあるらしい。



 今回はクリソヘリルに刀身の打ちあげと、研ぎの一部までを見せて終了だ。

 彼の目的は、日本刀を作る事ではなく、その製法を用いてベリルハートのハルバートを作る事だからだ。


「どうですか?感想は!」

「予想以上に手間と時間が掛かりますね」


 半月強の行程を目の当たりにして、クリソヘリルは鋳造との違いを痛感していた。


「オリハルコンを加工する上で、特に必要な鍛冶道具とか設備は有るんですか?」

「いいえ。特に違いは有りません。要は魔力の注入具合いですから」


 アキトラードの問いに、クリソヘリルが差異を口にした。

 厳密には、若干の温度差が有るが、木炭でも出来ない事はない。

 砥ぐ道具はオリハルコンの混ざった特注品になるが。


「もし時間があれば、オリハルコンで一振り作ってみませんか?いきなり客の素材で作るのも心配でしょう?」

「確かにソウですが、材料も有りませんし・・・」


 そう言うクリソヘリルの前に、アキトラードは幾つかの剣を持ち出してきた。

 かつて、野盗から奪った物や、先日の暗殺者が落としていった物で、折れている物ばかりだ。


「先日の物や、森で見つけた残骸です。今回の軟鉄の部分は、オリハルコンと鉄を混ぜて弱くしましょう。それで短刀程度を作ってみるのは、どうですか?」

「しかし、コレはコレでも売れば、お金にはなりますよ」


 壊れた武器でも町の鍛冶屋に持ち込めば、溶かして新たな武器へと作り直す事ができる。

 特にオリハルコンの様な希少素材は高値で買い取ってくれる。


「私は、この手の相場が分かりません。下手に仲介者に買い叩かれるよりは、クリソヘリルさんの練習台になって、できた製品を貴方の伝手つてをつかって現金化してもらえる方が助かるんですが?」


 しがない村鍛冶屋のアキトラードが、オリハルコンの武具などを持っていても、出どころを怪しまれ、買い叩かれるのが落ちだ。

 かと言って、魔力の無いアキトラードがオリハルコンは加工できないし、完成品を持っていても、彼の持つ特殊能力は手に持つオリハルコンさえ崩壊させてしまうので所持にも意味がない。

 ある意味で、有効な処分に困っていた物でもある。


「確かに、使わせてもらえるなら、有りがたい事です」


 クリソヘリルも、技法は見て覚えてはいるが、違う素材で、ぶっつけ本番では失敗が否めない。

 近い素材で一度でも練習しておけば、成功率は遥かに跳ね上がる。

 仮に失敗しても、町へ持ち帰り精錬し直して武器へと作り直し、販売代金をアキトラードへと還元すれば良いのだ。


 双方にメリットのあるコノ提案を、クリソヘリルが断る理由は無かった。


「分かりました。では、御指導をよろしく御願い致します。師匠!どうせなら、打刀をつくりましょう!」

「そうですか?では、新しい素材に問題点も出るでしょうが、協力して頑張りましょう」


 こうして更に三ヶ月後、クリソヘリルが村に来てから半年近くたったある日、はじめてオリハルコン製の日本刀が作られる事になったのだ。


 この日本刀のめいは、日本名山に因んで【穂高ほだか】と名付けられた。


 流石に研ぎは、この村では出来ないが、折り重ね鍛錬の時に、先に作った鉄製日本刀の研ぎを始めたので、注意点などは修得済みだ。


 因みに、高尾と対をなす二本目の鉄製日本刀は【景信かげのぶと名付けられた。


 そうして、クリソヘリルもゼスの町に戻り、女神からの依頼を最低限は成し終えたアキトラードは、懐具合も暖かい。

 なので彼は、畑の維持と村の鍛冶依頼を父親に任せ、二本目の日本刀【景信】の研ぎに集中した。


 手伝いに来てくれていた叔父も、手数料を手にして本来の炭焼き家業へともどっていく。


 こうして、半年ぶりに人の動きが少なくなったアキトラードの家の様子を伺う者の姿に、今は誰も気付いていなかった。

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