15 人を呪わば?

「さて、どうしてくれようか?」


 村長宅に集まった数人の者達の前には、縛り上げられた賊の一人と、テバールンドが転がされていた。

 その脇に座ってうつむく、村長のタジンバール。


 【村長】と言えば村の最高権力者だが、実際は村長だけが力を持つ訳ではない。

 経済力を持つ者も居れば、歴代村長の分家も存在する。


 アキトラードは、そういった者に話をしてから村長の家へ向かったのだ。


「聞けば、大元おおもとは村長の勘違い。意趣返いしゅがえしの上に村人を殺そうなどと・・・」

「テバールンド、お前は何て事をしてくれたんだ!」


 既に成人しているテバールンドは当然だが、今回の件はタジンバールも無罪と言う訳にはいかない。


 地球でも、未遂は死刑とかには及ばないが、刑法の対象となり、民法上の責任や社会的制裁は免れない。


「タジンバールとテバールンドは、追放が妥当だと思う。確か独立していた弟が居たな?ソイツなら家人も問題なく従うだろう」


 結果的に村長の座は、予定通り次男に引き継がれていくのだが、現役の村長も居なくなるのは、かなりの勢力減退となる。

 だが、事情のあらましを聞いた上では、誰も庇う者は居ない。


「村の恩人であるベリルハート様の知り合いをも殺そうとしたなど、どれだけ恩知らずな行動だと言うんだ!裸にひんむいて、川に流してしまえ」


 他の村では、魔族に襲われて壊滅状態の所もあると聞いていた一部の村人からは、過激な意見も飛んでいる。


「逃げた実行犯が一人居るんでしたな?テバールンドや仲間を助けに来るんじゃないですかな?」


 人々の視線が縛られた実行犯に注がれた。


「助けに来るくらいだったら、あの場で立ち止まっているさ。テバールンドを見晴らしの良い所に縛っておけば、金が手に入らない事を理解して二度と村に来る事はない。警戒されている所に命がけで助けに来る程の仲じゃあないからな」


 男の返答は、極めてドライな内容だった。

 下手に騒いで殺されるよりも、殺人未遂で投獄される方がリスクが小さいからだろう。


「では、この実行犯は町の衛兵を呼んで引き渡すとして・・・クリソヘリルさんでしたかな?貴方からは何か御要望はありますかな?」


 被害者として呼ばれたクリソヘリルに、話が振られた。

 彼に不満が残れば、恩人ベリルハートへの不敬となるからだろう。


「僕は怪我もなく、アキトラードさんが助けて下さったので、特に要望はありませんよ」


 クリソヘリルの笑顔での返答に、参加者一同が胸を撫で下ろした。


「いやぁ~アキトラードの冒険者カブレも役にたつもんだなぁ」

「そう言えば、盗賊が来た時にも活躍したそうじゃないか?」

「いえいえ。あの時は三人掛かりで一人の賊を倒せたんですから、俺なんかマダマダですよ」




 村長達は、結局は村を追放で決まり、アキトラードとクリソヘリルは帰宅して、ひと息ついていた。


「しかし、どうしてこうなったんでしょうね?どうやら私が原因みたいなんですが、クリソヘリルさんには御迷惑をかけて申し訳ありませんでした」

「いいえ。人間関係は個人だけが原因ではありませんし、僕が不用意に持ち込んだお金が目撃された様でもありますから。懸念通りになってしまって残念ですが」


 自宅に帰ったアキトラードとクリソヘリルが、御互いに頭を下げ合った。

 大金で人間関係が悪化するのは予測していたとは言え、村長退陣や殺人未遂など、村中を引っくり返す程の事になるとは思っていなかったのだ。

 いや、そんな事を誰が予測できようか?


 この件においては、リーリャンスとの婚姻話を取り消したレクイモンドにも責任追求が及んだが、結果的に行き遅れとなったリーリャンスの身の上に同情が集り、不問となっている。


「こんな田舎の村でも、人間関係は如何いかんともしがたいものですよ」

「ははは、町では怨みつらみは日常茶飯事ですよ。鍛冶屋でもライバルの武具を作るのを邪魔する者、出来上がった武具や素材を奪って転売しようとする奴等とか、気が抜けませんから」

「それで、今回のクリソヘリルさんは、事なきを得たんですね?」

「町の鍛冶屋の職業病ですかね」

「ハァ~、俺には無理ですね。町の鍛冶屋は」


 笑い話で終わったのは幸いだが、一つ間違えば死者が出ていたのだ。

 だが、ここは笑うしかない。


「でも、あの賊が持ってた剣は、粗悪ながらもオリハルコンでしたよ。鉄の剣や、ましてや鞘で折れる代物じゃあ無いんですが?」

「ココだけの話ですが、接近戦専用の能力がありまして」

「【武器破壊】スキルの一種か何かですかね?アキトラードさんからは魔力を感じませんでしたが、範囲制限があるんでしょうか?」

「さぁ?生まれつき持ってたみたいで、よく分からないんですよ」


 魔法やスキルが使えるのは、冒険者や武器鍛冶など魔族の血を引く者だけだ。

 そんな中で、血の薄まった末裔が農村に隠れ住み、子孫に先祖返りなどで能力が発現する事は有りうる。

 本人も知らない祖先の話をするのはヤボだが、特殊な武器【刀】の技法を持っているのは、それに準じた理由が有るのだろうと、クリソヘリルは考えた。


 アキトラードにしてみれば、『分からないけど使えた』と言えば誤魔化せると考えた程度に過ぎない。

 聞いた話だと冒険者などは、生れつき魔法が使えるらしかったので、そう言えば納得するしかないだろうとの判断だ。

 力の詳細を話しているのは、現世での肉親である父親だけである。

 特殊な能力は、他者に話しても煩わしい事に巻き込まれるだけなので、必要最低限で良いのだ。


 アキトラードも話すつもりはないし、クリソヘリルも聞くつもりはない。

 創作を愛する者は、人間関係に頓着しない。

 よく言えば職人気質、悪く言えばマニアック。


 人間が争い事を起こすには、七つの原罪と呼ばれる感情が大きく起因する。

傲慢 superbia pride

強欲 avaritia greed

嫉妬 invidia envy

憤怒 ira wrath

色欲 luxuria lust

貪食 gula gluttony

怠惰 pigritia/acedia sloth


 だが、創作を愛する趣味人は他者の評価を気にせず、他者の良い所は進んで取り込み、趣味以外には無関心で、異性にうつつをぬかしている暇などなく、寝食を忘れて没頭していく。


 それで生活できるのは、必需品の専門職だけなので、農村では最低限の自給農業が必要になりはするのだが。


「昨日の行商人で材料も揃いましたので、そろそろ製作に掛かりましょうか」


 行商人は、犯罪者だけではなく、刀の材料も運んでいた。

 アキトラードは、幾つかの金属塊を取り出して見せた。


「そう言えば、アキトラードさんの持っている刀はミドルソードだと言っていましたが、ロングソードは作らないんですか?」


 日本刀でロングソードに該当するのは【大太刀おおたち】や【太刀たち】に相当する。


「一般に使われている剣同様に、刀のロングソードは、帯刀するのに専用の携帯ベルトを必要とします。対してミドルソードである【打刀うちがたな】は、衣服の帯に挟んで取り外しが容易な徒歩戦・市街戦用なんですよ。それに、両手に刀を持ちたいので、ミドルソードをもう一本欲しいんです」


 戦国時代の主要武器は、抜いたままで戦場を駆ける長い物や分厚い物が多く、肩に担いで走るのが基本だ。

 室町時代以降では、日常生活を送りつつ市街戦にも対応しているミドルソードが主流になり、椅子文化の少ない日本では座る時に鞘ごと外せる様式と長さが重宝され、打刀の長さと仕様が一般化した。

 アキトラードは職業柄、常に帯刀できる訳ではないので、装着も容易な【打刀】が妥当なのだ。


 また、盗賊との戦闘でも、多対一の対決を痛感したアキトラードは、二刀流が必要性と判断し、片手で使えるミドルソード級を欲していた。


 そう言った訳で、作るのは打刀の一択なのだ。

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