14 皮算用と怨み

 一部の者にしか理解できない叫びが、森に轟いていた。


「何故だ?なんで婚約破棄になった?俺が何をしたってんだ!」


 森で叫んでいたのは、35歳にもなって独身のテバールンドだ。

 彼は、村長タジンバールの長男であるのを良いことに、【人脈をつくる】と称して町で遊び呆けていた放蕩息子だ。


 『結婚しないなら勘当して金も打ち切る。家は弟に任せる』と言われ、相手がリーリャンスならばと帰ってきていた。

 彼にとって弟は、クソ真面目で面白味のない存在だ。

 既に結婚して子供も有り、農場の一部をもらい受けて独立しているが、ただの小作人と変わりばえしない。


「リーリャンスと結婚してレクイモンドの義理の息子になれば、あっちの資産も手に入れられる筈だったのにぃ」


 このまま、愚弟に資産を奪われるのもしゃくだが、何より縁談を壊したと言う鍛冶屋に腹が立っていた。

 リーリャンスの実家は広い農場を持ち、金もある。

 そんな家に意趣返いしゅがえしをして村を二分する争いを起こすほど、彼も馬鹿ではないのだ。


 彼は、鍛冶屋の息子が婚約破棄の原因とだけしか知らされていない。

 父親が、その詳細を話したがらなかったからだ。


 リーリャンス相手も年齢差には無理があったが、村には他に年の近い独身女性は居らず、更に年齢差を広げるのも世間体が有り、今回の破談で実質テバールンドの勘当は決定していた。


「クソォ!鍛冶屋の息子めぇ」


 彼は、村を追い出される置き土産に、鍛冶屋の息子を血祭りにあげる決心をした。




 村には一日おきくらいに行商人がやってくる。

 同じ行商人が来る訳ではなく、複数の行商人が営業ルートとして立ち替わり立ち替わりやってくるのだ。


 村長の息子が叫んでいた数日後、行商人馬車に見慣れぬ二人組が同乗していた。

 テバールンドがゼスの町でつるんでいた男達を、行商人に頼んだ手紙で呼び寄せたのだ。


「よう、テバールンド。金儲けの話があるそうじゃないか?」

「今回は、誰を始末するんだ?」


 彼等は俗に言う【悪い仲間】という奴で、流れ者の元冒険者な上に、金を積めば女性と仲良くなる為のチンピラ役から人殺しまで、何でもやってくれる便利屋だ。


「ああ、何てことない。鍛冶屋のガキを一人殺すだけだ。死体は残して良いが、成功報酬なのとゼスの町に戻ってからの後払いになる」

「いつもと違うな?支払いは大丈夫なのか?」

「俺は、直ぐにここを離れられないから、もらい逃げされても困る。地元だからココで支払って俺との接触を知られても困るんだよ。」

「それで、こんな森まで引っ張って来たのか?」


 行商人馬車から降りた彼等をアイコンタクトだけで、近くの森で人目につかない所まで誘導したのには、地元ならではの理由がある。

 誰かに殺害現場を見られた時に、彼等は村から逃げれば良いが、テバールンドは直ぐには無理だからだ。


「それに、俺が今まで支払いをしなかった事があるか?」

「確かに無いな。遅れた事は有ったが」


 町でも自分の手を汚さず、金で雇った荒事師に事をやらせるのは、テバールンドの小狡こずるい所だ。


「鍛冶屋の家は、他の村人に聞けば分かる。今日中にできるか?」

「ああ、大丈夫だろう」


 話が纏まると、二人の荒事師は森を出て村へと向かった。


 テバールンドは森の中を回り込んで、別の方角から村へと帰る用心ぶりだ。

 しばらく帰っていないからと言って、生まれた村の近所を迷う事はない。


「二人には悪いが、今回ばかりは踏み倒させてもらうよ。俺は王都の方に逃げるんでな!騒ぎに紛れて家の金を持ち出す算段もしなくちゃならんな」


 勘当確定の彼には、支払う金すらもったいないのだ。

 王都に行ってどうこうする計画もないが、彼は自分の世渡り術に自信を持っていた。


 荒事師に死体の始末をしない様に指示したのは、田舎の村では殺人事件は殆ど起きないからだ。

 騒ぎとなって右往左往している間に親の金をくすねるつもりでいる。


「親父の近くにいて、アリバイを作らないとなぁ」


 騒ぎになったら、金をくすねて『こんな村は嫌だぁ~』と叫んで逃げ出せば、だれも怪しまないだろう。

 そんな算段をしながら、彼は自宅へと足を運んだのだった。






「ここが鍛冶屋か?」


 荒事師の二人組は、所用を頼む様子で鍛冶屋の家を聞き付け、中の住民に声を掛けた。

 テバールンドの話の通り、鍛冶場には一人の青年が準備作業をしている。


「はい。確かに鍛冶屋はココですが、今は・・・・」

「ファイアボール」


 返事をしかけた若い男へ向かって、火の玉が飛ぶ。


 だがソノ火の玉は若い男に当たらず、カーブして地面へと落ちた。


「何をするんだ?いきなり!」

「田舎の村に魔力持ちだと?」


 ファイアボールを受けるか避けた所をミドルソードで斬りつける予定だった荒事師は、思わぬ反応に躊躇していた。

 鍛冶師の方は急激な魔力の集積を感じたので炎の障壁を張っていたのだ。


 場所は鍛冶場。


 鍛冶師は、作業用の大鎚を手に取り構えた。

 大鎚は、ミドルソード程の長さがあり、当たれば骨折する事もある。


「なにごとですか?クリソヘリルさん」

「アキトラードさん!この二人がいきなり魔法を放ってきて」


 騒ぎを聞いて、家の奥からアキトラードが駆け付けた。

 鍛冶場で襲われたのは、町から来ていたクリソヘリルだったのだ。

 賊の手にした刃物を見てアキトラードも、近くに有った棒を手にした。


「おい、若いのが二人いるなんて聞いてないぞ」

「めんどくせえ!二人とも殺っちまえ!」


 意を決した二人が、剣を振り上げるが、アキトラード達は共に剣の動きを熟知していたので、そう簡単にはやられない。


 二対二ならば、動きの牽制はしやすい。

 アキトラードは、一瞬だけクリソヘリルを盾にして、鍛冶場の神棚に置いてあった愛刀に手を伸ばした。


「クリソヘリルさん、あとは俺が!」


 アキトラードが鞘を盾代わりにして一人の剣を弾き、刀身でもう一人に切りかかる。

 やや刃渡りの長いアキトラードの刀に、防戦となった荒事師の剣が刀を受け止めるが、その瞬間に、二本の剣が音を立てて折れた。


 アキトラードの刀と鞘は無事だ。


「クソッ!どうなってやがる?」


 想定外の事が起き続け、場数を積んだ荒事師は、二人で視線を合わせて逃げに走った。


「逃がすかぁ~」

「ウギャッ!」


 逃げようとしたうちの一人の背中を刀の切先が掠め、倒れこむ。

 一瞬だけ仲間に視線を向けたものの、残る一人は逃げ去ってしまった。

 クリソヘリルが出入り口を固め、残った一人にアキトラードが刀を向ける。


「クソッ!クソッ!クソッ!全部アイツのせいだ!嘘ばかりほざきやがって」


 村に関心がなく、町に行っていたテバールンドは知らなかった。

 鍛冶屋に武器鍛冶の来客があった事と、アキトラードが刀を作っていた事。更には彼の腕前を。


「アイツって誰だ?言わなければ脚の一本くらいは失う事になるぞ!」


 殺人未遂に対して、報復して殺しても通る世界だ。

 物証として二人が投げ捨てた剣もあるし、承認も居る。

 依頼殺人の未遂なので、うまくすれば五体満足で投獄止まり。


 単なる金づるの一人であるテバールンドに、そこまで義理立てる必要が無いと判断したのは、逃げた仲間同様に、彼がポリシーも仲間意識も持っていなかったからだろう。


「分かった。俺達はテバールンドに金で雇われたんだ。許してくれ」

「テバールンド?勘当されて金がない筈なのに、良く雇えたな?」

「か、金が無いだとぉ?あのヤロウ騙しやがってぇ」


 逃げた一人を見失い、残る一人も足掻くのを辞めた様なので、クリソヘリルが縄を用意して犯人を縛り上げた。


「さて、どうしてくれようか?」

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