13 農村での関係

 こうして、二人でカバーストーリーを練ったのだった。


 案の定、リーリャンスの父親であるレクイモンドが、一時間後に駆け込んできた。

 いつもと変わらない農作業をしていたアキトラードは『やはり来たか!』と、内心でほくそ笑んでいた。


「おい、アキトラード!娘に何をした?」

「娘って、リーリャンスさんですか?彼女が何か?」

「お前の所から泣いて帰って来てから、部屋に閉じ籠ってるんだ!貴様のせいだろう?」


 娘の事となると、父親は正常ではいられないらしい。

 農作業途中のアキトラードの襟首を締め上げてきた。


「それは、人の家を覗き込んだコソ泥が、あらぬ噂を流したせいで彼女がウチの御客さんに迷惑を掛けた件ですか?」

「コソ泥だとぉ!村長が、そんな・・・・」


 どうやら、噂の出所は村長らしい。


「家業の邪魔をしといて【嫁にしろ】なんて言う娘は、親がちゃんと見合った相手をあてがわないのが原因だと思いませんか?」

「貴様ぁ!金が入ったからと言って頭にのりやがってぇ」


 アキトラードは農具を置いて、襟首を捕まれたままレクイモンドに向き合った。


「そもそもアノ金は受け取ったんじゃなくて、冒険者になりたい俺が、代わりに鍛冶屋を継いでくれる人を募集したら、『金貨でコレくらいは用意したら引き受けてやる』っていう【見せ金】なんですよ。今日は折角、値引き交渉をしていたのに、娘さんの邪魔で有耶無耶になっちゃいましたよ。金貨で【百枚の山三つ】を立て替えてくれるなら、いくらでも謝罪しますけどね?怨む相手が違うでしょ!」


 三百枚と言わず【百枚の山三つ】と言ったのは、アキトラードの無知さを表現して【見せ金】を正当化する為だ。

 この世界の教育は事実上は親が行っており、全体の文盲率は9割りに至る。

 計算も、大きな数もわからなくても生活ができるのが、中世風の世界だ。

 前世の記憶まで持つアキトラードではあるが、あえて知能の高さを知らしめる必要は無い。


 知能が高くないと思われている彼が、こうして話を作っておけば、アキトラードは風評と営業妨害の二重に被害者であって、責められるべきではないと言う話になる。


「ぐぐぐっ・・・」


 レクイモンドは、ニガ虫を噛み砕いた様な顔でアキトラードから手を離した。


「娘さんの代わりに、交渉を潰した謝罪に来たのかと思いましたが、違ったんですね」


 話の通りならば確かに、商談を潰したリーリャンスの父親こそが、代理で謝るのが道理だ。

 事の真実を知る者は、リーリャンスの親側には居ないので否定のしようもない。


 アキトラードは幼少期から『冒険者になる為に体を鍛えている』と言っていたし、自前で武器を作っているので全ての辻褄が合っている。

 魔族の襲来で冒険者が来たのを期に、家を継ぐ者の募集依頼をしたのは有り得る事だ。


 当然、『冒険者になりたい』と言っていたのは刀を振り回す為の体力作りを正当化する為の嘘だが。


「フンッ!今日のところは引き下がってやるが、二度と娘には近付くな!」


 レクイモンドは顔を歪めたまま、鼻息を荒くして去っていった。


「いや、寄ってくるのはテメエの娘だろうが!娘もだが、自分の非を認めて謝る事をしないのは遺伝だな。子供の頃から彼女に社交辞令で対応したのはマズかったか?」


 アキトラードは子供の肉体に大人の精神を持つ弊害を痛感した。


「だがこれで、リーリャンスに関わらなくて済む様になるだろう。御嬢様に鍛冶屋の女房は勤まらないからな」


 結婚とは、感情の問題ではなく『共に生活できるか?』が最大の問題だ。

 そんなリーリャンスに比べて、まだましなのが、


「アキ兄さんは、リーリャンスと結婚するんじゃあ無かったの?」

「俺は、そんな事を一回も口にした事はないはずだが?」


 隣の畑で働く従妹いとこのマルガリータが声をかけてきた。

 そう。まだ、この娘の方がましだろう。

 彼女は五歳年下だが炭焼きをしている家の娘で、血縁だけでなく家ぐるみの付き合いだ。


「あの御嬢様に、俺達の仕事ができると思うか?」

「まぁ、無理よねぇ」


 アキトラードとマルガリータは、家が隣なのも有り、お互いに家業を手伝う事もある。

 業種も共に火を使うので、注意事項なども万全だ。


「俺にはリーリャンスよりも、マルガリータの方がお似合いだが、お前もモテるからなぁ」

「アキ兄さんだら、常談ばっかり」


 笑っているが、その顔は赤くなっている。

 親戚以外の女性がアキトラードに近寄らなかったのは、リーリャンスが幅を効かせていたからなのだから。


「そうそう!聞いていたかも知れないが、客が来ていて鍛冶仕事を見学させる予定なんだ。数年前みたいに、少し多目の木炭を頼むから伝えておいてくれ」

「うん、大丈夫だと思う。お父さんに、ちゃんと伝えるから」


 マルガリータは成人前から、しっかりと家の手伝いをしているから伝言は心配はいらない。

 それに、【高尾】を作る時にマルガリータの父親にも手伝ってもらい、彼女もソレを見ている。


「畑の仕事も終わったし、狩りにでも行くか?一応は御客様だからな」


 来客に、野菜の料理ばかりと言うのも失礼かもしれない。せめて、肉料理を出して誠意を見せなくてはと、彼は考えた。


 涼しい午前中に畑仕事を終え、昼間は森で狩りなどをし、暗くなったら寝るのが農村の一日だ。

 特に金にならない作業や重要な用が無ければ、貴重な油を照明に使ったり、アイテムで照らしたりはしない。


 一度帰宅し、弓矢と刀を持って森へと向かう。


「クリソヘリルさん。俺は狩りに行ってきますから、用事があれば親父に言って下さい」

「分かりました、お気をつけて」


 狩りは弓矢を使い、ウサギや鹿を狙う。刀は熊や猪などから身を守る為だ。

 無論、熊でも倒せば獲物に早変りだが。





 リーリャンスの父親であるレクイモンドは、村長の所に押し掛けていた。


「アキトラード達が大金を手に入れたと言っていたのは、村長だったよな?」

「ああ、そうだ。たまたま窓から見えたが、父親に預けていたぞ」


 レクイモンドは、言質げんちをとる為に確認した。


「あんたの流言のせいで娘は泣き、儂は恥をかいた。この事は忘れんからな!」

「流言だと?私の目を疑うのか!」


 二人の中年が睨み合っている姿に、村長宅の者も一歩下がってしまう。


「こっそり見ただけで、その内容を確かめた訳ではあるまい!確かに金は手にしたが、ソレは数が数えられない鍛冶屋ごときに金額を提示する為の【見本】だったそうではないか?」

「なんで、あんな鍛冶屋に大金を見せるんだ?有り得んだろう。何か仕事を受けたに違いない」


 レクイモンドは、今しがたアキトラードから聞いた話を掻い摘んで村長に話す。


「本人に聞いたところだと、あの馬鹿息子が冒険者になる為に鍛冶屋を継ぐ者を募集したら、『これくらいの金を払ったら引き受ける』と言って金額を提示したのが、あの金らしいぞ」

「それで、ベリルハート様を仲介にしたと言うのか?確かに、あの馬鹿は冒険者の真似事をしていたな」


 アキトラードの奇行は村長の耳にも届いている。

 小さい頃から、夜中に棒を振り続けていたのを見た村人は後を絶たない。


「アキトラードめ、紛らわしい事をしよってぇ!」

「いや、紛らわしい話を流したのは村長だろうが!お前の所との婚姻話は無かった事にしてもらうぞ」


 娘が損失を与えた以上、レクイモンドがアキトラードを悪役にする訳にはいかない。

 風評を真に受けた自分達が悪かったと思う訳にもいかない。

 怒鳴り込んでおいて、親戚付き合いもできるわけがない。


「おい、待てレクイモンド。テバールンドの嫁は、どうするんだ?」

「儂の知った事か!?」


 リーリャンスの結婚話は、全くの白紙となってしまった訳だ。




 森で三時間ほど歩き回っていたアキトラードは、腰を据えていた。


「困ったなぁ。ろくな獲物が居やしない」


 魔族の襲来で騒がしくなった森では、小動物が移動したか用心深くなっており、姿が見えないのだ。

 代わりに縄張り意識が強く、獲物にありつけなかった狼の群れが、襲って来た。


 彼が今、捌いているのは五頭の狼の死体だ。

 四匹は血抜きの為に逆さ釣りにしている。


 十頭程の群れだったが、アキトラードが攻撃的過ぎたので、残りは退散したのだ。

 彼にしてみれば、貴重なタンパク源なので狩りつくしたかったが、狼も狩られている事に気が付いたのだろう。


「狼の肉は、旨くないんだよなぁ。燻製にでもするか?」


 塩と胡椒で味を誤魔化し、保存食にするのが、マズイ肉の消費方法だ。

 新鮮な肉を食べたいが、マズイ肉では甲斐がない。

 行商人からは新鮮な肉を入手できない。


 氷結魔法がある世界でも、その恩恵を一般市民まで享受できる訳がない。

 肉は殆どが干し肉や燻製の再調理で、新鮮な肉を料理した物などは、町の金持ち位しか口にできない。


「あぁ~!マーケットとコンビニが恋しいよぉ~」


 一部の者にしか理解できない叫びが、森に轟いていた。

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