04 鍛冶屋の趣味

 森を抜けた所に獣避けの二重の柵があり、更に奥に畑と家が見えていた。

 柵と柵の間には深い堀があり、特定の橋から以外は入れない様になっている。


 舗装されていない道、石と土と木で作られた建物。

 不衛生な環境と野放しの家畜。

 地球で言えば中世辺りの時代にあった農村の風景が、そこに有った。



 剣と魔法の世界では、文明レベルが上がらない。

 地球では機械などに頼るところを魔法が代行してしまうからだ。


 馬の代わりに車が開発されるより魔獣による牽引が採用され、電灯よりも光魔法が横行し、医療技術よりも回復魔法が役に立つ。

 戦闘においても、物資の補充が必要な火薬よりは、魔法が優位に立っている。


 勿論、全ての者が魔法を使える訳ではないが、魔法を使える者が有力者に仕えてステータスとされ、有力者がステータスを維持する為に文化の促進を阻害しているのが原因だ。


 いや、もっと根本的な所に、現状を維持したい【創造主】の意思が働いているのだが、ソレをドウコウ言っても始まらない。


 そして、人間と魔族が争っている。

 これも【創造主】である女神の意向らしい。




 そんな村の中を、アキトラードと冒険者達が進んでいく。


「誰も居ないな・・」

「魔族が現れたので、みんな避難したんですよ。遠くに逃げた者も居ますが、山の退避小屋に隠れた者は直ぐに帰るでしょう。少し失礼します」


 そう、冒険者に告げると、アキトラードは広場の一角にあるやぐらに登って、鐘を突き始めた。


カーン!カカーン!

カーン!カカーン!


カーン!カカーン!

カーン!カカーン!


 避難の鐘とは別のリズムだ。

 鐘の音は、山々にコダマして行く。


 鐘を打ち終わると、スルスルと櫓を降りて再び冒険者の元へ戻って来た。


「家に来ますか?水くらいしか出せませんが」

「ありがたい。ひと息つきたいんでね」


 向かった先は、アキトラードの家である鍛冶屋だ。

 冒険者は、仕事場も覗いてみるが、一部に見知らぬ物があるくらいで、普通の鍛冶屋の様だった。


「すみませんね。食べ物は、全て避難所に持っていったので、こんな物しか出せなくて」


 彼が用意したのは、木のコップに入った水と、裏の畑から取ってきた野菜の幾つかだ。


「いや、助かるよ」


 リーダーが礼を言ってから、皆が差し出された物を口にしだした。


 居間で少し足を伸ばしてから、仕事場を覗き込んだドワーフみたいな男がアキトラードに問いかけた。


「あの剣の作り方じゃが、アダマンタイトとかオリハルコンに用いれば、かなりの名剣が作れるんじゃないかのぉ?」

「そうなんでしょうけど、魔力の無い俺なんかじゃあ、オリハルコンとかの加工ができませんからね」

「そうかぁ。もったいないのぉ」


 アダマンタイトやオリハルコンなどの特殊な金属は、魔力を加えないと加工が困難だ。

 アキトラードの様な魔力を持たない普通の人間には、能力的に銅や鉄、金銀と言った金属の加工しかできない。


「しかし、不思議な作りじゃのう」

「手間は掛かりますが、その分は丈夫な道具が作れますから」



 地球でも、この世界でも、多くの金属製品は【鋳造ちゅうぞう】と言う方法で作られる。

 素材を沸点以上に加熱し、液状化した物を鋳型いがたに流し込みんで形を作る。

 あとは、叩いたり削ったりして形を整え、磨いて製品にする方法だ。


 刃物も多くは、この方法で作られるが日本刀は違う。

 日本刀の技術は刀だけではなく、和包丁などの製作にも用いられている。


「手間は掛かりますし、コストも掛かる。作る方からすればメリットはありません」

「じゃが、戦場で速度が重視され、折れにくい刀は命を左右する。武器専門でない、ただの鍛冶屋が理解できる内容ではないじゃろう」

「まぁ、過去に人間同士の争いが無かった訳でもないらしいですからね」


 普通の農村同士の争いなどが無かったわけではない。


 冒険者の様に特殊な能力を持たない人間にも、特殊な金属でできた武器を購入して振り回す事はできるが、大変に高価だ。

 それを一本入手するよりは、鉄製の割高だが高性能な武器を多数揃える方が集団戦では総合的に安くなるのだ。


「確かにそうじゃが、あそこまでの技術は・・・」

「これに関しては、鍛冶屋代々の趣味が講じたってところですかね」


 こう言われては『そんな奴等も居るのか』と、冒険者は無理矢理納得せざるをえなかった。


「(しかし、これは良い機会かもしれんな)」


 アキトラードは、冒険者が武器専門の鍛冶屋に武器を依頼する事も聞いていたので、ひとつ行動にでる決心をする。


「おっしゃる通り、この製法でオリハルコンなどの武器を作れば、一段高いレベルの武器を作れるでしょう。別に秘匿したい訳じゃないので、知りたい人が居れば伝授しない事も無いんですが、興味を持つ人もメリットを感じる人も居ませんでしたから」


 アキトラードは、そう言って若い冒険者の方に視線を送って苦笑いをした。


 年輩の冒険者は、先ほど苦言を口にしたチームメイトをチラ見した後に、顎に手を当てて考え込んでいた。


 実際の戦闘は、斬殺と言うより撲殺に近い。刃物は血糊により数回の斬りつけで切れなくなるからだ。

 多数の敵を相手にしたいなら刺し殺すしかなく、戦術が絞られてくるし、槍の方が有利だ。

 だが、槍は小回りが利かず乱闘になれば不利になる。

 結果、多くの戦闘は、最終的には金属の棒による殴り合いに至るのだ。


 武器同士のぶつかり合いでの力は質量と速度の積で決まる。質量が小さくとも速度を速くできれば相殺は可能だ。

 そうした場合には武器の強度が物を言う。


 身体への直撃に関しては、確かに重い武器による一撃は強烈だ。

 だが速度に劣る攻撃は、重くとも回避や流す事ができる。

 重く遅い一発を打ち込むのと、軽く速い数発を打ち込むのと、どちらが現実的かといえば後者だろう。

 現代戦で例えればバズーカと拳銃。乱戦で使うなら、どちらが便利かと言う次元だ。


 それに軽くて丈夫な剣は、移動時の負荷も軽減してくれる。複数の武器や金属防具を持つなら尚更だ。


「そんなに気になるなら、短刀を差し上げましょう」

「タントウ?」

「この片刃剣の系統で言うナイフですよ」


 アキトラードは、棚から30センチ程の黒塗りの棒を取り出して冒険者に渡した。

 左右に引っ張ると、20センチ程の刃が見えてくる。

 つばの無い、例の刀を短くしただけの物だ。


「手間が掛かるのじゃろう?貰っても良いのか?」

「村を救ってくれた御礼ですよ。おや、どうやら皆が帰ってきた様ですね」


 家の外で話し声がする。


 アキトラードが率先して外に出て、冒険者リーダー達が続いていく。


 広場に出たアキトラードに、勢い良く抱き付いた女性が居た。


「アキっ、無事だったのね!」

「心配掛けたな。魔族は冒険者の方々が追い払ってくれたよ」


 アキトラードが紹介する冒険者に、多くの村人が安堵の声をあげ、頭を下げている。


「我々はゼスの町から来た冒険者です。魔族の驚異は去りました。警備体制も強化されます。皆さんも御安心下さい」


 冒険者の宣言に、再度の喝采が上がる。

 村人の一人が櫓に登って、再び鐘を突き始めた。

 遠方に逃げた村人に、安全を知らせる為だろう。


「本当に、心配をかけないでよ、アキ。いくら毎日の練習を欠かさないと言っても、鍛冶屋に冒険者の真似事ができるわけがないじゃない」

「しかし、リーリャ。人間相手に殺傷事を起こす訳にもいかないし、魔獣じゃあ戦術が活かせない。こんなチャンスは他に無いんだから」

「おやおや?夫婦喧嘩ですか?」

「違いますよ!」

「他人は黙ってて!」


 アキトラードとリーリャンスは、セリフは違うが息もピッタリに冒険者リーダーを睨み付けた。

 共に顔が赤くなっている。


「ハイハイっ!犬も喰わないって奴だね」


 いまだに言い合いを続ける二人から離れて、冒険者リーダーは笑いながら人々の笑顔を確認する。


「リーダー、そろそろ報告に帰らないと」

「そうだな。町の方でも退避している人々に安心してもらわないとならないからな」


 メンバーが揃ったのを確認し、冒険者リーダーは再びアキトラードへと声をかけた。


「じゃあ、アキトラード君。我々はゼスの町へと戻る」

「あっと、色々とありがとうございました」


 今まで言い合いを続けていた二人がピタッとやめて、冒険者達に頭を下げた。


 兎にも角にも、災難は去ったのだった。

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