03 人間の冒険者

 彼の後方から近付く者達に気付くのが遅れてしまったのは、後々の失態と言えた。


「この先に魔族が居る。この魔力量は間違いない」


 村々からの通報を受けて、鉱山の町ゼスに居た冒険者達が駆け付けたのだ。


 狼魔族達は、アキトラードと戦うのに色々と時間を掛けすぎた様だ。

 相手に感知能力がないからと、魔力の隠蔽も怠っていた。


「既に囲まれているか・・!」


 風向きも悪かったのだろう。理解不能な敵に苦戦し、片手を失い、仲間を失い、剣すら失った。

 動転して思考が停止していた狼魔族が気が付いた時には、ほぼ囲まれていたのだ。


「囲まれていないのは、例の人間が居る方だけか?これは強行突破だな」


 冒険者の数は五つ。人間側の冒険者など取るに足らないが、数と現状を考慮すれば離脱するのが最善だろう。

 彼とて魔力反応を完全に消す事はできない。隠蔽には限界が有るのだ。

 狼魔族は、魔力の一番弱そうな者目掛けて一気に走り出した。


 走りながら、誘導可能な雷撃を三つ放つ。木々を縫って電撃が飛ぶ。

 倒す必要はない。脚には自信が有るので、突破さえできれば良かった。


 だが、突破しようとした冒険者の魔力量が、急に増大し始めたのだ。


「チッ!魔力隠蔽まで使えるのか?」


 弱者は弱者なりに小細工や、数に頼って強者に対峙する。

 周りの冒険者達からも、既に攻撃魔法が向かっているのが分かる。


「ウォーターウォール」


 前方の冒険者から詠唱が聞こえた。

 詠唱が必要なのは力の弱い術者の証しだが、属性の親和性により、優劣などは変わる。


「雷属性の魔法を水属性で拡散か?だが、力押しには敵うまい」


 冒険者への見通しが良くなった段階で、狼魔族は身体加速以外の全魔力を雷撃に込めて放った。


 剛力ムリを通せば|道理が引っ込む。


 水系で拡散しきれない雷撃が、術者をさいなむ筈だ。

 あえて照準を少しズラす事で冒険者の回避方向を操作し、雷撃の通過した後を疾走して撤退する算段だった。


「ファイアーアロー!」

「クソッ!混ぜ者か?」


 純粋な魔族とは違い人間の冒険者には、弱いが複数の属性を使いこなせる者が存在する。


 なけなしの雷撃を、炎の魔法が弾く。

 雷属性は火属性に弱い。小さい力でも方向性のベクトルが変えられ、雷撃が空へと向かっている。


 結果、逃走ルートは確保できなかった。あとは、撃破するしかない。


 狼魔族は、本来持っている身体能力で爪を伸ばし、対抗しようとした。

 だが、冒険者の剣の方がリーチが長いと見るや急きょ戦法を変え、空中前転で剣撃をかわした。

 森の中は足場が悪いが、この様な場所での戦闘すら経験済みだ。

 大剣の大振りに加え、既に傷付いていた己の左腕を盾代わりの犠牲にして、剣撃の威力を相殺しての回避をした。


 恐らくは、最大の難関を突破した狼魔族は、自慢の速度を最大限に活かして、一目散に逃走する。

 幸いにも、追っ手の足は遅い様だ。


「冒険者どもは何とかなるが、あの【鍛冶屋】は要注意だな!軍の派遣を進言すべきか?いや、不干渉の意思があるなら、下手に刺激して敵対しない方が無難か。勇者とかと組まれると危険この上ない。何より調査が必要だ」


 走りながら、今回の事を整理する。

 狼魔族としては、危険人物の存在を報告できるのが、一番の成果だった。







「チクショウ、逃がしたか?」


 仕留めそこなった剣士が、ニガ虫を噛んだ様な顔で、魔族の逃げた方を睨む。

 追跡した仲間が戻ってくるのが見えているからだ。


 十分な布陣をした上での戦いだったが、残念な事に討伐はできなかった。


「思いの外に動きが速く、対応が巧妙な魔族じゃったなぁ」

「加速を変えて、狙いをそらすなんて、当てられないわよね」


 集まってきた冒険者が残念がって愚痴をこぼしている。


「通報だと、複数の魔族が居た様だが、他に気配は無いな。どういう訳だ?」

「いや、ちょっと待て・・・」


 冒険者の一人が、森を抜けてくる人影に気が付いた。


「魔族か?いや、人間だな・・なぜココに?」

「えっと、冒険者の方々ですよね?魔族を見ませんでしたか?」


 現れたのはアキトラードだ。


「確かに我々はゼスの町から来た冒険者だ。魔族なら逃げたよ。君も冒険者か?見ない顔だが?」

「俺は、近くの村の鍛冶屋です。村を守る為に出向いたのですが・・・そうですか、逃げましたか」


 冒険者はアキトラードの魔力を測定してから、手にしている刀に目をやった。


 アキトラードは刀を複数の紙で拭い、鞘に納めた。


「遭遇しなくて幸いだったな。魔族は君達の手に負える相手じゃない。ましてや、そんな刃物では傷すら付けられないよ」


 冒険者達は、アキトラードが魔族を追ったものの、遭遇しなかったと判断した。

 もし、遭遇していたなら、人間の鍛冶屋が鉄製の武器で立ち向かって、逃げおおせる筈がないからだ。


 アキトラードは、少し考えて笑顔を返した。


「そうなんですか?自慢の武器を試すのにも良いかと思ってたんですが、魔族って強いんですね」


 下手に戦った事を知られても、面倒なだけだ。


「自慢の武器とな?少し見せてみろ」

「良いですよ」


 アキトラードの言葉に、冒険者の一人が反応した。


 見たところ、土属性の力を持つ冒険者の様だ。

 岩石男ロックマンの血をひく冒険者らしく、ずんぐりとした体格をしている。ラノベならばドワーフといったところだろう。


 この世界では、アキトラードの刀を評価してくれる者は皆無だった。

 あくまで自己満足の作品だが、たまには他人の評価を聞くのも悪くはない。


「この軽さは、速度重視の造りじゃな?じゃが、この刃の模様は・・いや、ちょっと待て!中の構造が年輪の様になっとるぞ」

「分かりますか?」


 流石は土属性の冒険者だけの事はある。

 違いが分かるらしい。


「中と外とで少し材質が違う?同じ鉄じゃが、どうなっとるんじゃ?」

「おいおい、爺さん。たかが包丁に、何を感動してるんだ?」


 他の冒険者が覗き込んできた。


「いや、素材の平凡さは兎も角、この造りには驚きじゃ」

「何にしても【鉄】だろう?何が違うって言うんだよ?」


 冒険者同士でも、物の価値観は違う様だ。


「鉄と言っても種類があります。同系の素材で作っても、硬さと粘りを合わせ持ち、細くても折れにくい物ができるんですよ」

「そんなの、硬い金属で作るのが最強に決まってんじゃねえか?」


 若い冒険者が、自分の剣を見て、顔をしかめた。


「これだから物を知らん若造は!硬たいだけでは折れやすい。柔らかければ切りにくい。厚く作れば振り回しにくい。素晴らしい剣とは、軽くて折れたり欠けたりしにくい剣なのじゃ」


 理想の剣は、実現が難しい。

 この世界では魔法を使って、これらの欠点を補っているが、その分だけ魔力を消費し、手数が減ってしまう。


「この剣は、構造と材質特性を組み合わせて、理想の剣を目指しているんじゃ」

「御明察です」

「そんなもんかねぇ」


 分かる冒険者も居れば、最後まで分からない冒険者も居る。


「こんな森の中で立ち話もナンだ。村まで送ろうじゃないか」

「そうですね。他に魔族とか出るかも知れませんし、御願いします」


 会話を見ていたリーダー格の冒険者が、話の状況を見て切り出したのだった。

 周囲には魔力反応が無いのに魔族の存在を懸念する点から、この鍛冶屋は魔力などを持たない普通の人間なのだと、リーダー格の男は判断した。だが、


「(あの魔族は手負いだった。誰がやった?それに他の魔族はどうなった?仲間割れか?間に合った冒険者は俺達だけの筈だ。まさか、あの鍛冶屋が?・・・ありえない)」


 リーダーの心中では、幾つもの疑問が巡っている。

 だが、答えを得る事はできそうに無かった。


「村への道は分かるのか?」

「はい。これでも地元ですから」


 周りの山々を確認しながら進むアキトラードを先頭に、一行はラグの村へと向かう。


 冒険者達も現在位置は大方把握しているので、単独でもゼスの町まで帰れるが、来た時と同様に森を突っ切る形になる。


 アキトラードを村まで送ると言ったのは、村とゼスの町の間にあるであろう【街道】を利用する為だ。

 多少は遠回りになろうとも、森を突っ切るのと道を歩くのでは、速さも疲労具合も変わる。


「見えて来ました。あれが村です」


 森を抜けた所に獣避けの柵があり、更に奥に畑と家が見えていた。

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