05 ロックマン魂
兎にも角にも、災難は去ったのだった。
仕事を終えた冒険者達は、一路ゼスの町へと向かっていた。
町への帰路についていた冒険者の一人、ロックマンの血を引くベリルハートは、アキトラードにもらった短刀を眺めながら歩いていた。
武器に詳しい彼が、たかが鉄製のナイフに執着するのを、一緒に歩いていたリーダーのガーズトロンが気にとめるのは、それだけ珍しい行為だったからだ。
「鉄製だろ?そんなに、珍しいナイフなのか?」
「珍しいのは技術じゃ。あの鍛冶屋が魔力持ちじゃったら、さぞ素晴らしいオリハルコンの武器を作っていたじゃろう」
ベリルハートは貰った短刀を懐にしまうと、右腰からオリハルコンのダガーを外し、料理などの雑用に使っていたナイフを削り始めた。
「何をするんだ?」
「まぁ見ておれ」
オリハルコンの刃物は、鉄製ナイフなど簡単に削ってしまう。歩きながらでも
僅かな間に、長さこそ違え短刀と同じ厚さと形状のナイフが出来上がった。
小休止の時にベリルハートは、先に削り出した鉄製ナイフとアキトラードの短刀を左右の手に持って、ガーズトロンに見せた。
「ガーズ。これは、両方とも鋼鉄を使ったナイフじゃ。特に魔法などは掛かっておらん」
「ああ。確かに言う通りだな」
ガーズトロンにも、多少だが物の本質を知覚する能力がある。その能力は広範囲探索を得意とするが、鑑定にも使用できない事はない。
ガーズトロンの目の前で、ベリルハートは二本のナイフの峰部分を、冒険者特有の剛力で思いっきりぶつけた。
「おい、何を!・・・えっ?」
ガーズトロンが驚いたのも無理はない。
短刀の方は、峰が少しへこんだ程度だが、雑用ナイフの方は明確にヒビが入っている。
「分かるか?堅いだけでは割れやすいという事が!」
「いや、普通は長い物の方が折れやすいだろう?」
ベリルハートは、ただニヤケて答えようとしない。
「ガーズよ。剣での打ち合いになった時、御主ならどちらの剣を使いたい?」
「・・・・・そう言う事か!」
肉を切るだけなら、鋭さが物を言う。紙で手を切る様に、強度は切り進める力を維持する為のものでしかない。
打ち合いになれば柔軟性の優れた物に勝機がある。
特に日本刀は、折り重ね鍛錬により10万層近くの構造に加えて軟鉄でできた
「こんな物をちらつかされて、土を司る者の魂を揺さぶらされたから我慢などできるか!技が有れば、自ら
「ずいぶんな惚れ込み様だな。しかし、確かに欲しいな」
武器の違いが生死を分ける事は少なくない。
ベリルハートは、ヒビの入ったナイフを親指でへし折り、アキトラードの居た村の方を振り返った。
「確か『門外不出ではない』と言っていたな。オリハルコンを扱える武器職人を弟子入りさせれば・・・・」
ベリルハートは、口元に笑みを浮かべていた。
村の鍛冶屋と言うものは、忙しい。
忙しいのは鍛冶仕事ではなく生活と準備だ。
鍛冶屋と言っても、それだけで食べては行けない。
基本が農家で、その合間に鍛冶仕事をするのが現状だ。
田舎の鍛冶仕事には、それだけの需要が無いからだ。
更には、鍛冶屋仕事に必要な鉄鉱石や木炭などの手配や準備も必要となる。
自己消費用以外の商品作物を作り、行商人に売って、その金で行商人から生活用品や鍛冶仕事に必要な物を買わなくてはならない。
都会まで直接売りに行けば高値で売れ、割安に買えるが、移動の労力と時間を考えれは割に合わない。
都会で仕事をすれば鍛冶仕事だけに専念する事もできるだろうが、商売仇も多く断念して田舎に引っ込む者も出るらしい。
それに都会へ出れば、田舎の鉄製品を修理する者が居なくなり、故郷を見捨てる事になる。
そんな訳で、農村鍛冶屋の一人息子であるアキトラードは、村から離れる事ができなかったのだ。
元より、憎悪の渦巻く騒がしい町で暮らしたいとも思わなかったが。
「さて、運良く撒き餌も撒けたし、気長に結果待ちしますか」
砥石で愛刀【高尾】の磨き直しをしながら、アキトラードは冒険者とのやり取りを思い出していた。
魔族との戦いに出たのは、村を守る為と刀や能力を試したかったのも有るが、魔族討伐に手配されるであろう冒険者との接触を期待しての事だ。
彼には、『日本刀を世に広める』と言う使命が有るのだが、村の環境はコノ様に村から出歩けないのが現状だ。
であれば、向こうから来させるしかない。
その為の呼び水として理解のある冒険者を活用するのは理想的な事だ。
「これも全て、【女神様の
地球での現実では『御都合主義』と言われる非現実的事象だが、依頼者も世界の設定に影響のない範囲での
それに、あくまで趣味での日本刀製作だが、理解者が居るのは悪い気はしない。
「アキトラード、やはり戦ったのか」
家長として村の集会から帰った父親のゼルドラートが、作業場のアキトラードに声を掛けた。
「ああ。いい試し斬りにはなったよ。二匹は能力で消したが、一匹は面白い戦いになった」
「あまり無茶はするなよ。女神様からの使命が有るんだろう?万一と言う事も有るんだからな」
使命を引き合いに出してはいるが、親としての心配が本音だ。
幼い頃から神童めいた言動をしていたアキトラードから、父親はソノ正体を知らされていた。
だから、鍛冶屋の実務に邪魔な日本刀造りも容認し、武器に関しては分からない事だらけだが、良き理解者たらんとしてきた。
知らされた内容は、容易に信じられない事だったが、そうでなけれは説明のつかない事が多すぎたからだ。
「使命も大切だろうが、お前も17歳。そろそろ嫁をもらわないか?リーリャンスも待っているだろうに」
「俺の居た世界では、20代で結婚するのが常識だったんで、なかなか乗り気になれなくてな。それに往年65歳の精神が彼女を子供扱いしてしまう」
アキトラードは俗に言う【転生者】と言う奴だ。
「こっちでは、50代で寿命だ。その調子だと孫の顔も見れんぞ。『郷に入っては、郷に従え』だったか?以前の世界でも環境に合わせろって言葉が有るんだろう?」
「そうだな、親父。前世での目標は一応は達成しているから、こっちではコッチの幸せを見つけるのも悪くはないか」
磨きの手を止めて、アキトラードはゼルドラートの言葉に耳を傾ける。
彼の精神年齢からすれば30代の若造だが、言葉も分からず身体も動かない時分から面倒をみてくれた恩義もある。
「ただ問題は、リーリャに俺の前世と使命を話すべきかなんだよ。親父に話したのは使命を果たす為に身近な者の協力が不可欠だったからだが、他の奴には演技をしていたからな」
「確かに、難しい問題だな。幼かったお前の異質ぶりを知らなければ、今のお前が何を言おうと信じられないだろうしな」
実の親ならば、異質な子供であろうと受け入れられるが、他人であれば異端として排斥される事が少なくない。
その為に、アキトラードは対外的には普通の子供を演じていたのだ。
今も刀を作ったり、振り回したりして異質ではあるが、都会の現実を知らない村人達は『何処かで聞きかじった、都会の冒険者の真似事がしたいんだろう』と、思っているらしい。
「だが、あの娘ならば受け入れるんじゃないか?幼馴染みなんだし、そうだ!あの力を見せれば」
「物を壊す力なんて『呪われている』としか思えないだろ?女って自分のメリットになる相手を欲するだけだから、デメリットが上回れば豹変するもんだよ」
「人生経験が豊富なんだな、お前は」
アキトラードは、この世界が地球のコピーの一種である事を聞いている。
だから、人間の喜怒哀楽も同様な物だと判断できているのだ。
「基本は隠す方向で暮らして、子供が産まれた辺りで話すのがベストだろうね」
「じゃあ、OKなんだな?向こうの親とも話して、行商人が来たら家財道具の手配をするぞ」
父親としては、早く子供に家庭を持たせて、孫の顔を見たいのだろう。
「ああ、分かった。ただ、近々、弟子も取るかも知れないから心しておいてくれ」
「なんだ?王都に修行と称して出掛けて広める案は無くなったのか?」
使命を果たす為に、幾つかの選択肢を考えて父親に話していた。
その中には、成人後に一時的に村を離れる案も有ったのだ。
「結婚したら、村を離れる訳にはいかないだろ?どうやら女神様が
「一人で鍛冶屋を続けないといけないかと思っていたが、女神様々だな。ありがたや、ありがたや」
女神様の目的に殉じている間は、その加護が有るのだろう。
「お前が居れば、我が家は安泰という訳だな!」
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