11.さようなら……

「罪人、高橋ワカナ! 友好国との関係を悪化させようとし、それだけでは飽き足らず全国民の命を脅かす戦争を仕組んだ罪、及び、身分問わず数多の令嬢を攫い殺めた罪―――」


「エヴィ、大丈夫かい?」


 心配そうな顔で覗き込んできたのはエドワードだ。


 これ以上ないくらい快晴の美しい今日、ワカナの罪が白日の下にさらされた。


「ええ」


 私は短く返事をした。


 エヴァリア生還ルートが、こうして幕を閉じるのかと思うと、私の心は不思議な気持ちでいっぱいだった。


 安心感と、吹けば飛ぶほどの罪悪感、少しだけ誇らしい気持ちに、未知の未来への期待と不安。


 随分遠くへ来た気がする。


 メインルートからなんとしても外れるべく、専属騎士を2人にしたり、こっそり魔力の使い方を練習したり、エドワードのことを諦めたり。


 エヴァリアだけど、山田ハナコだったから気づけた大切な人達。両親の愛情、友人の存在。


 手を差し伸べてくれた人達の顔が次々に浮かぶ。


 色んな人に愛されていたことを知ったし、信じてくれる人達も現れた。


 自身の死で出会ったエヴァリアとの最初で最後の会話。


 エヴァリアの身体に転生したと知ったあの日と、様々なことを乗り越え経験してきた今とでは全然違う。


 ワカナを捕らえたあの日から、気になっていたこともあった。


 ワカナは、多分エヴァリアと同じで、同じ人生を何回も繰り返していたんじゃないか。


 何度も繰り返す人生の中で、どんどん心が歪んでしまったんじゃないか。


 それが真実だとしても、許せることなんてひとつもない。


 何度も何度も殺され続けたエヴァリアのことを考えると尚更そう思う。


「顔色が悪いよ? 本当に大丈夫?」


 なおも心配してくるエドワードに笑顔を見せた。


 この人は本当に。


 ずっと気がつかないようにしてきたけど、今までのエヴァリアの人生とは違うエドワードの心からの眼差し。


 きっとこの人は本当に、この人生ではエヴァリアのことを愛してくれているんだと思う。


「心配なさらないでください。ちょっと疲れているだけですわ」


 それを私が、選んでしまっていいのか。


 エヴァリアが本当に手に入れたかったものだからこそ、一緒になってしまっていいのか葛藤する。


 婚約破棄も告げてあることだし、このままそっと人生を送る選択をした方がいいことはわかっているのに。


「色んなことがあったからね。それもこれも、今日で終わるよ」


 そう言って私の手を握るエドワード。


 少し恥ずかしかったけど、今だけはそのままにしておくことにした。


 スッと視線を向ける。


 石畳の広場に即席で作られた木組みのステージ。その上には、ぬらぬらと怪しく光る断頭台。その前にぼろきれのように跪くワカナを、私は王族の人たちとさらに一段高いところから眺めている。屋外だと言うのに上等なイスが用意され、そこにはエドワードの家族と、ラジアと、私。


 ステージの向こうは黒山の人だかり。多くの民衆が、悪しき聖女の最期を見届けようとぎゅうぎゅうに詰めかけている。口々に罵詈雑言を叫び、今までの怒りに身を任せている。


 それにしたって断頭シーンなんて、見ていて気持ちの良いモノじゃないと思うんだけどな。


 だけど、少なくとも私は、エヴァリアのため、自分のために見届けなくちゃいけない。


「エヴァリア・レトゼイア殿」


 畏まって名を呼ばれ、隣を見る。


「そなたを疑い、罵倒したことは我の間違いであった。そなたの勇気ある行動がなければ、あの場へ跪く女のように、我も愚かな人間として、戦争を仕掛けていたかもしれない。そんなことは、あってはならないことだ。それを気づかせてくれたそなたには、本当に感謝している」


 真剣な顔でラジアは淡々と私に告げた。


わたくしわたくしの責任を全うしただけですわ。わたくしなどの言葉を聞いてくださったラジア様がいる国は、きっと誰もが幸せに思う国になりますわ」


「ふはは。当然だろうな。それにしても惜しいことだ。エヴァリア嬢、本当に我の元へ嫁ぐ気はないか?」


 いつもの調子に戻ったラジア、とんでもないことをさらりと口にする。


「ラジー? 君はもう国に帰ってもらおうか? 今すぐに」


 反対側からエドワードの冷ややかな声が聞こえてきた。


「エド、エヴァリア嬢を泣かせたら戦争をしかけるからな」


「もう、笑えない冗談はやめてくださいませ」


 なんだかんだ言って仲が良い。


 2人が国王になれば、本当に素敵な国になるに違いない。


「罪人、最後に言いたいことはあるか」


 これで最後か。この言葉に視線をまたワカナへ戻す。


 問われているワカナは、だらしない笑顔を見せている。


 エドワードは私の顔を見ている。


「最後の言葉をかけさせていただいても?」


 この胸に感じている気持ちは、憐れみ?


「あぁ」


 全てわかっているかのようにエドワードは頷き、私をワカナの側へエスコートした。


 王族の席から優雅に階段を降り、ステージの上に立つ。


 民衆の野次がどんどん大きくなる。


 聖女だと思っていたからこそ、信じて崇めていたのに裏切られた。そんな持って行き場のない気持ちが爆発しているのだろう。


 ドレスが汚れるのも構わず、跪いているワカナと視線を合わせるよう、私はしゃがんだ。


「あは、あはははは」


 だらしなく笑い続けているワカナ。


 もしかしたら、次の人生を夢見ているのかもしれない。


 そんな現実逃避をしているなんて、許せない。


 突如沸き起こる感情に、私の口は突き動かされた。


「壊れてしまったの? 数え切れないほど殺されたエヴァリアは、最後まで自分を保ったままでしたのに?」


 私がそう言うと、ハッとしたようにワカナがこちらを見た。


「あの呪術でエヴァリアは死にました。物語は、変わったのです」


「!? そんな、じゃあ…………」


 みるみるうちに変わっていく顔色。


 わなわなと震え、目の前に横たわる現実に恐れおののいている。


 断頭台の刃が鈍く光って反射した。


「お別れですわね。地獄で罪を償いなさい」


「待って!」


 私の裾に縋りつこうとするワカナは、処刑人の手によって振り払われる。


 なおも喚くワカナは、処刑人によって取り押さえられた。


 そのワカナの顔に浮かぶ、本当の表情。


 絶望と言う名の表情を見つめて思う。


 これで、エヴァリアの無念を晴らせたかしら。


 同時に思う。


 いつのまにか私自身も、悪役令嬢みたいな考え方をしている。絶望しているワカナを、可哀想と思えないもの。


「エヴィ」


 爽やかな笑顔で私を待つエドワードの手を取る。


「罪人に別れの言葉をかけるなんて、エヴィは優しすぎるよ」


「いいえ、わたくしは心の狭い女ですわ。こうでもしないと気が済みませんでしたの」


「そういうことなら納得さ。気持ちは晴れたかい?」


「えぇ、多少は。……これでわたくしのこと、お嫌いになれました?」


「まさか。私は婚約破棄の破棄を願ってやまないよ。もう一度、考え直してくれないか? エヴィのように聡明で強く器の大きな女性は、この世界のどこを探しても見つからないだろう。心から、愛している」


 そう言ったエドワードの揺れる瞳がどんどん近づいてくる。


「ふふ、エドワード様ったら。そういうことは、聖女の断頭が済んでからにしてくださいませ」


 もう、婚約破棄なんかしなくても、エヴァリアの、私の人生を脅かす者はいないんだ。


 途端に、今までのエドワードの優しさが蘇ってくる。


 エヴァリアを、私を想い、かけてくれた言葉や、行動の数々がどんどん思い出される。


 こんな時だって言うのに、その優しさや愛しさに心がぎゅっと温かくなる。


「エドワード様、愛しておりますわ」


 私は処刑人に目で合図を送った。


 ワカナの顔に、汚いズタ袋がかぶさる。


「いやだ、いやだ!」


 ワカナの絶叫は、高ぶった民衆の声でかき消された。


ガコン―――。


 その声が最高潮に達した時、重く鋭い刃がワカナの首へ落ちた。

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