エピローグ
私は……
「今日は一段と美しいな。やはりそなたこそ、我の妃に相応し」
「ラジー? エヴィは私の妻、第一妃なんだけど、意味わかるかい?」
「相変わらず耳聡い男よ。エドが嫌になったらいつでも我の胸へ飛び込んでくるがよいぞ」
「この場で条約文を破棄しようか?」
「冗談の通じない男はこれだから……」
「あぁ! なるほど! ではこちらの呪いと魔法を」
「オリバー様、落ち着いてください。本日は式典なのですから」
「そうは言ってもルリミエ、ウィジャラ王国の持つ呪いと、私達の魔法を合わせれば更なる国の発展につながるのだよ。これが興奮しないでいられるか」
「お気持ちはわかります。私だって今すぐ研究に取り掛かりたいと思っておりますけど。平和条約式典並びに、エヴァリア様とエドワード様の結婚式ですのよ……」
「あぁジュエリア。我が娘のなんと美しいことだろうか。今日のために最高級の生地、最高級のデザイナー、最高級の食材、最高級のシェフ、最高級のもてなしを、夜な夜な一生懸命考えた甲斐があったなぁ」
「パパ、泣かないでくださいな。私達の娘が、いつの間にあんなに立派になったんでしょうね。本当に、本当に……」
「貴殿の商品は本当に質の良い物ばかりで、私も鼻が高い」
「ありがたきお言葉にございます」
「なに、それなら私にも紹介してくれないか?」
「知らなかったのか? こちらはかの有名なルクブルグ商会の3代目当主のマシュー・ルクブルグ様だぞ……」
聖女がいなくなって5年。あっという間に流れた月日。
その中でエドワードとラジアはそれぞれ王位を継承し、2人の努力があってこうして2国間の平和条約が結ばれた。
私はエドワードの猛アピールに根負けして婚約破棄を取り下げ、平和条約が叶った今日、盛大な結婚式を挙げることになった。
一足先に結婚していたルリミエとオリバー夫婦は、2国間の特徴である魔法と呪術を融合させた、新しい技術を開発しようと日夜研究に励んでいる。
この5年でめっきり老け込んだ両親のことがとても心配になるけれど、これからはもっと親孝行ができると思っている。今までたくさんの迷惑や心配をかけた分、楽をさせてあげるつもりだ。
マシューは家業の規模を、レトゼイアに次ぐ大きな商団へと成長させた。確かな目利きの腕と、物怖じしない交渉術はイグラント・ウィジャラ以外の国にもその名が轟いているとか。
「お嬢様、って、もう呼ばない方がいいんでしょうかね?」
「そのうち奥様って言われるの? なんだか嫌だわ。名前で呼んで頂戴」
「エヴァリア様、会場を抜けていいんですか?」
「ちょっと風に当たりたいの。外に居てくれるかしら」
「かしこまりました」
レイリーとユーリックは相変わらず、私の側へいてくれる。
レイリーは衰えた自分を少し恥じているような素振りを時折見せる。ユーリックは社交性をほんの少し身に着けて、会話が多くなってきた。本当は2人に良い相手を見つけてあげたいけど、それをしたら怒られそうで。
「はぁ、気持ちいい」
バルコニーへの扉を開くと、満天の星空が迎えてくれた。
会場の熱気から解放され、ひんやりと心地いい夜風に当たる。
「お嬢さん」
「お元気してたかしら?」
「あれー、驚かないの?」
「あなたも祝いに来てくださったの?」
「ふっふっふ、もちろんさ。お嬢さん、お手を」
不意に現れたレオンは、茶髪ですらりとした長身、あの日情報を買った時の姿だった。
差し出した私の手に、そっと乗せた。それは小ぶりの宝石がついた指輪だった。赤みがかった茶色をした宝石。初めて目にする石だった。
「不思議な色の宝石ね」
「お嬢さんがもし、俺の助けを借りたくなった時、その時はその指輪に向かって俺の名を呼んでください」
「あら、忙しいギルド長を呼びつけられる指輪なのね。素敵なプレゼントだわ」
「とんでもない。あのあと多額の報酬を受け取りまして、あの時の情報と釣り合わないと思っただけで」
そう言ってレオンは私の手にキスを落とした。
「それに俺はお嬢さんのことが気に入ってるんでね」
さぁっと風が吹いた。
目の前にいたはずのレオンは跡形もなく消えていた。
手の中には指輪だけ。
その指輪を握りしめて夜空を仰いだ。
こんな今日が訪れるなんて、一体誰が想像できただろう。
エヴァリア、ちゃんと見えてるかしら。
もう2度と、あなたが惨めな思いをすることはないわ。
「エヴィ、ここにいたのか」
エドワードがするりと姿を現した。
「冷えると風邪をひくよ」
心配して、私の肩に上着をかけてくれる。
「エドワード様」
すぐそばにいるエドワードに手を伸ばす。
「エドワード様がいてくださったから、
「何を言ってるんだ。私の方こそ、そなたをいつも1人にして本当にすまなかった。これからは2人で、共にどこまでも過ごそう」
「えぇ、もちろんですわ」
エドワードのきりりとした顔は、月明かりに照らされていつもの何倍も魅力的に見える。
もう原作とは関係のない、私達の世界。
山田ハナコがエヴァリアとして生きていく、誰も知らない物語。
きっとエドワードとなら、私を愛し大切に思ってくれる人々となら、この物語の結末がハッピーエンドだって自信を持って言える。
そっとエドワードの吐息が近くに感じられた。
私は目を閉じ、そっと唇を重ねた。
<終>
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