9.整ったわ……

「あるんだな? それはなんだ?」


 エドワードがレオンへと、静かに詰め寄る。


 でも、私は気がついてしまった。


 変身魔法の解除方法を明かすということは、レオン自身の本当の姿を明かすことになってしまうということ。情報屋として実体のない影のような存在であったからこそ、手に入れられた情報は数知れないだろう。


 それを教えてしまえば、情報屋として、影のような存在として、今までと同じように生きていくのは難しくなるだろう。


「あなた、もしかして……」


「国の一大事って、正直、今までなら俺にあーんまり関係ないことだったんだけど、お嬢さんの髪の毛ももらっちゃってるし? 仕方ないっしょ」


 観念したように、でもどこか清々しく言うレオン。


 その覚悟をわかってほしくて、私の肩を抱きしめるエドワードの手に、私は自分の手を添えた。


 こちらを見るエドワード。その顔に微笑を返して私は言った。


「レトゼイアの名前にかけて、あなたの姿を口外しないことをこの場にいる皆様に誓っていただきますわ。あなたの仕事は、今までも今もそしてこれからも、この国のためになることですわ」


「優秀な情報屋は貴重だからな。……エヴィ、私の名前に誓ってくれてもいいんだよ?」


 冗談を言ってる場合じゃないのにこの人は。


 ぐるりと他3人を見る。どの顔も真剣に頷いてくれた。


「寛大なご配慮、まことに感謝致します」


 レオンは仰々しくお辞儀をした。


「じゃお嬢さん、このお嬢さんの髪の毛をちょっと手に持って」


 ふわりと手渡される一束の髪の毛を両手で受け取った。


「じゃあこのご自分の髪の毛に、ありったけの魔力を詰めてください。聖女様は、俺よりも数段上手な変身魔法を使うと思うので、魔力は多ければ多い方が効くはずです」


「わかったわ」


 すうっと体内の魔力を、自分の手の平へと集めていく。


 じんわりと手の平が温かくなっていく。


 ありったけ、と言われたから、もっと。


 ピリッと、静電気のような熱さが加わっていく。


 もっともっと。


 どんどん熱せられる鉄のように。ワカナの魔力に負けないように。


「魔力は多い方がいいのだろう?」


 隣でエドワードがそう言うと、私の髪の毛へ手をかざした。


 私のものではない、氷よりも冷たい魔力の塊が手の平へと落ちてきた。


「エドワード様……」


 びっくりして見上げるとにっこりと笑うエドワードの顔。


 その笑った顔に、なぜだかドキリとした。


「お嬢様、私達の魔力もお使いください」


 そう言って手をかざすのは、レイリーとユーリックだった。


 この2人はいつの間に魔力のコントロールを覚えたのだろう。原作で操っているのは本当に最後の方だったのに、もう習得しているなんて。


 2人の、ずっしりと重たい魔力と、荒れ狂う嵐のような魔力が私の手の平に落ちてきた。


「微力で申し訳ありませんが、私の魔力もお渡しします」


 最後に手を添えたのはマシューだった。


 魔力はほとんどないといつか言っていたけど、それでも協力してくれるなんて。


 くすぐったい羽のような魔力が私の手の平に落ちた。


「あなた達……」


 エヴァリア、ちゃんと見てる? 少なくともここにいる人達は、私達の味方になってくれてるよ。協力してくれてるよ。私達の話を聞いてくれる、大切な人達だよ。


 そう思ったら、どこから生まれたのか、強く硬い魔力の塊が手の平に乗ったのがわかった。


 みんなにもらった魔力と自分の魔力を、余すことなくすべてを髪の毛へ込める。


 ワカナを止めて、戦争を止めるんだ。


「わーお、すごいことなってんじゃん」


 レオンに声をかけられて気がついた。


 私達は、はぁはぁと肩で息をしていた。


 手の平に乗せたブロンドの私の髪の毛。


 見れば、それは美しく輝く白色へと変化していた。


 持ち上げてよく見てみると、光の加減で金色に帯び、こもった魔力がキラキラと虹色に輝いている。


「なんて美しいの……」


 思わずため息がこぼれてしまう。


「いやー、俺もこんなにたくさん、しかもキレイに魔力がこもってるのは初めて見るよ」


 顔を近づけて、まじまじと見るレオンの言葉に嬉しくなった。この場にいるみんなの一生懸命な気持ちがひとつになったようで。


「そんじゃあ、仕上げと行きますか」


 レオンは私の手から髪の毛を取り、ぶつぶつ言いながら形を整えていった。レオンがぶつぶつと何かを言う度に、白い髪の毛は硬い金属のように変形していった。


 そしてポケットから鈍く金色に光る金具を取り出し、それをパチンと嵌めた。


「これで、完成、だ」


 ふぅと大きく息を吐き、額の汗を拭うレオン。


 レオンの手からブレスレットを受け取る。表面はつるりとしていて、硬いプラスチックのような軽さだった。元が髪の毛だったなんてとても思えない姿だった。白いけれど様々な色にキラキラと光るとても美しいこのブレスレットが、魔力がこもり変身魔法を解除する魔道具だなんて誰が考えるだろう。


「さ、お嬢さん。それを俺の腕につけてみてください」


 ゆるい笑顔でこちらに腕を差し出すレオン。


 原作でも、レオンの本当の姿がどんなふうなのか、明らかになっていなかった。


 どんな姿をしているのか。


 そう考えたら、急に緊張してきた。


 そして恐怖も沸き起こる。


 でもレオンの方が、もっと怖くて逃げ出したいはずだ。


「……つけますわね」


 レオンの差し出す腕に、そっとブレスレットを嵌めた。


 すると導火線が燃えていくみたいに、チリチリと小さな光を発しながら、手足の先から姿が変わり始めた。


 つるりとしたきれいな肌の下から顔を出したのは、所々に引き攣れのような痕や、爛れがある黒い肌だった。身体中に大火傷を負ったのだろうか。見ていて痛々しい傷跡の数々に顔をそむけたくなってしまう。


 身長はそれほど変化がないようで、解除の魔法はそのままのスピードで顔へと向かって行く。


 そうしてあらわになったのは、顔の半分がひどい火傷で潰れたレオンの本当の顔だった。


「これを聖女様の腕に嵌めることができれば、このように変身の魔法は解除されます」


 先ほどより少し低く、かすれた声でレオンは言った。


「あなたの協力がなければ、わたくし達に策はなかったでしょう。心から、感謝致しますわ」


 最大限の敬意を込めて、完璧なお辞儀をした。


 お辞儀なんてもんじゃ到底足りないのはわかってる。


 だけどこれ以外に感謝を示す方法がない。


 事が全部終わったら、マシューに頼んでレオンにたくさん寄付しよう。


「そんなことはいいんですよ、お嬢さん」


 力なく笑うレオンの声に顔を上げる。


「もう一つ。このブレスレットは、お嬢様でなければ外すことができません。変身魔法を使っている俺や聖女様がどんなに頑張っても、これを外すことはできません」


「……本当に感謝致しますわ。情報も、ブレスレットも、そして本当の姿を見せると決断なさったことも、本当にありがとう」


 レオンの手を取り、感謝の言葉を伝えると、照れたように鼻の頭をかいていた。


 そっとブレスレットを外すと、レオンはまた変身した姿へと戻った。


コンコン―――。


 ドアをノックする音が響いた。


「何用だ」


 マシューが声をかけると、扉の向こうから返事が返ってきた。


「マシュー様、エドワード第三王子に急ぎのご連絡をお持ちしました」


「入れ」


 執事が朱塗りの盆に乗せて、手紙を持って入ってきた。


 エドワードは何も言わずに受け取り、手紙の封を開けた。さっと目を通すと、顔を上げてこう言った。


「準備は整った。ラジアの待つ王宮へ向かおう」

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