7.くれてやるわ……

「遅いですわ。レディーを待たせるなんて、一体どういう教育を受けたのかしら」


「あはは、お嬢さんには全部お見通しってわけ?」


「御託は結構」


 私達のやりとりにキョトンとしている4人。誰も、この目の前にいる人物がレオンだとはわかっていないようだ。


「誰ですか? ここには誰も通すなと言ってあったのですが」


 一早く驚きから立ち直ったマシューが声を上げた。


「ルクブルグともあろうお前が、俺のことをわからなくてどうすんだ……。先が思いやられるぜ……」


 大袈裟にやれやれと言った様子で肩をすくめるレオン。


「さてエドワード殿下にはお初にお目にかかりますね。いやー、噂にたがわぬ美男で妬けちゃうねぇ」


 ふざけた様子で1人喋り続けるレオン。


「もういいでしょう。それで、わたくしは今回正式に、あなたに依頼したいことがあるんですが、引き受けてくださるかしら?」


 私がそう言うと、合点がいったように、でも怪訝そうな表情をレオンに向ける一同。


「ようやく俺のことを頼る気になったのか? 俺の忠告も聞かずに攫われたお転婆なお嬢さん」


 ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべているレオン。憎たらしいのに嫌いになれない人だ。


「ええ。今までは、わたくしだけに降りかかる災難でしたけど、今回のことはわたくしの大切な人達のみならず、この国全ての命を左右する事柄ですの。引き受けてくださるわよね?」


「そんなそんな一大事に、俺なんかが携われることを光栄に思いますよ。それで? 報酬は何をいただけるんで?」


 やけに芝居がかったように言ってみせるレオン。目の前にいるこの男が何を考えているのか、さっぱりわからない。


「そうですわね。やはり、お金がよろしいんじゃなくて? わたくし、これでもレトゼイアですから、あなたが一生かかっても使いきれないようなお金を差し上げることもできますわ」


「金も魅力的だけどね~~~」


「希少価値の高い宝石もつけましょうか? 使用人と共に豪邸、なんてものもよさそうですわね」


「それもいいよね~~~」


「この国に関する問題なら、王族からも宝石類や金品を贈呈しよう」


「おー、王族の金品も魅力的だなぁ」


 エドワードも提案に混ざるけど、レオンの態度は煮え切らない。一体どうして?


「何か不満があるんですの? あなたはこれ以上ない富を手にすることができますのよ?」


「いやぁ、不満なんてもんじゃないさ。とってもいい条件の依頼だなって思ってるよ」


 のらりくらりと言う様子は変わらない。なんだか段々イライラしてきた。……私ってこんなに短気だったっけ?


「望みのものがあるのでしたらハッキリおっしゃったらどうですの? 潔くないですわね」


 口をついて出た言葉に、レオンはきらりと目を輝かせた。待ってましたと言わんばかりに。


「あ。そう? じゃあほしい報酬なんだけど、お嬢さんのその美しく長い髪の毛がほしいな」


「貴様ッ!!!」


 レオンが言い終わるかどうかで、マシューは立ち上がり、エドワードは腰に下げた剣に手をかけて抜いた。レイリーとユーリックは瞬時に、私を守るように囲んだ。


「貴様、その意味がわかっているのであろうな!!!!!」


 らしくない怒鳴り声を上げるエドワードは、剣を右手に提げたままツカツカとレオンに近寄っていく。


「おー怖い怖い」


 そう言いながらも口元はニヤついているレオン。


 エドワードがその間合いにレオンを捉え、剣を振りかざし切りかかった。


 と、思った。


 音もなく、剣が宙に浮いている。


 まるで見えない壁に剣が突き刺さったみたいに、不自然な場所で止まっていて下ろすも戻すもできないようだ。


「第3王子は物騒だな。戦闘狂なのは第1王子だけだと思ったのに」


「貴様、何をした!!!」


「何をしたって、魔力で自分の身を守っただけですよ~。備えあればなんとやらってやつですよ」


「その減らず口ごと消してやる!」


 そう言うが早いか、エドワードはありったけの魔力を、その見えない壁の向こうにいるレオンへ向けて放った。


「ちょ、ちょ、それは流石に困るって! まずいって!」


 さっきより少しだけ焦っている様子だけど、それでもまだふざけている。


 エドワードの放った魔力は、レオンに届く前にすうっと消えてしまった。


 まるで何かに吸い込まれるように。


「ねえ! お嬢さんからも何か言ってやってよ! というか、この取引を決めるのは第3王子じゃなくてお嬢さんなんだか」


「黙れ! その報酬の意味、わかっているのか!!!」


 髪の毛を相手に渡すこと。これはこの国の神話にも関わっていてとても特別な意味がある。


 この国の神殿が管理する神話には万能の神である女神様が登場する。今は女神様がこの国を見守っているとされているが、神話によるとその昔はもう1人の神様と夫婦でこの国を作り、土地を治めていたとされている。2人は幸せに暮らしていたが、神様は他の土地にも安寧を授けるために旅に出なければいけないと女神様に告げる。女神様はとても悲しんだけれど、神様を引き留めることはできない。神様が旅立つその日、女神様は長く豊かな髪の毛をばっさりと切り、旅の幸運と無事の祈りを込めた髪の毛を神様に渡したのだった。


 その女神様の髪の毛のおかげで、神様は様々な困難や窮地を無事に切り抜け、今も世界角国を旅しながら人間のために尽力しているという。


 そんな神話を持つ女神様を信仰しているから女性は髪の毛を短くしてはいけないし、髪の毛を贈るというのは死地に赴く婚約者の無事を祈ってとか、何をどうしても結ばれない相手へせめてもと気持ちを込めて贈るとか、そんな特別中の特別な行為なのだ。


 私ことエヴァリアは、婚約破棄の旨を告げたもののまだエドワードと婚約状態だし、大貴族だし、一応神殿で祈りを捧げたりもする。そんな私の髪の毛がほしいと告げるということは、プロポーズよりも大変な大事おおごとだ。


「どうせただの神話でしょ? 慣習でしょ? 何をそんなに喚き散らしているのか、わからないな。ただ美しいものがほしい。これ以上に純粋な動機なんてないと思うんだけど」


 ケロッとした顔のレオンとは対照的に、険しい表情のエドワード、マシュー、レイリーとユーリック。この国で暮らしている人間なら、その行為の重みについてわかりすぎるほどわかっている。


 でも、私は山田ハナコだった。


 たかが私の髪の毛如きで戦争を止められるなら、なんてことない対価だ。


「ギルド長であるレオン、あなたはわたくしを攫ったウィジャラ王国の民を操る、本当の黒幕をご存じかしら?」


「……あぁ、知っているとも」


 少し苦い顔をするレオン。こんなに表情がコロコロと変わって、情報屋なんて務まるのかと心配になるほどだ。


「その言葉、信じますわよ。……ユーリック、わたくしの髪を切りなさい」


「!!!!!!」


 長い髪の毛を束ねてポニーテールの位置で持つ私を、絶句した一同が見ている。


「何をしているの? 早くしなさい」


「お言葉ですが、お嬢様」


「エヴィ、なんてこと」


「たかが髪の毛ですわ。神殿の教えを守るより、今までの慣習を守るより、わたくしには守りたいものがあるんですの。そのための対価にしては安いものですわ」


「エヴィ! でも!」


「さあ、ユーリック、早くなさい」


「お嬢様……」


 まっすぐ見つめた先のユーリックの表情は、相変わらず読めない。でもその瞳は困惑や迷いの葛藤で揺れている。揺れているけど、その右手は剣を掴み、すらりと抜いた。


「!!! それでも専属騎士か!」


「おやめください!」


 尚もエドワードとマシューが叫んでいるけど、知ったこっちゃない。


「さあ」


 私がそう声をかけると、ユーリックは剣を下ろし、私の髪をバッサリと切った。


 掴み切れていなかった髪の毛が、はらはらと床へと舞う。


 軽くなった頭をひとつ振って、手にしていた毛束をレオンへ差し出した。


「これでよろしいかしら? 話を進めましょう」


 私がそう言うと、レオンは高らかに笑い始めた。


「あの大貴族のお嬢さんが! 命より大切な髪の毛を切って差し出すとはね! いやぁ、俺の目に狂いはなかった。予想外のことばかり起こしてくれる!」


 私の手から毛束を受け取ると、レオンはそのまま跪いて私の手の甲へキスを落とした。


「大変感動致しました。大貴族のお嬢様ともあろうお方が、慣習をはねのけて依頼したこの情報、包み隠さず申しましょう」


 そして立ち上がり、受け取った私の髪の毛にもそっとキスを落とした。


「どうかご無礼をお許しください。この情報は、各派閥や市民へ多大な影響を与えてしまう、大変扱いの難しい情報なのです。お嬢様の覚悟がどの程度おありなのか、卑しくも試させていただきました。私が今から口にすることは、全て真実であると、このお嬢様の髪に誓います」


 さっきまでのへらへらした様子から一変したレオンの様子に、一同は静まり返った。


「まず、お嬢様を攫った実行犯については、ご存じの通り一般市民の男達です。それも貧困層の男達で魔力のかけらもありません。ではなぜその男達が、魔力によって厳重に守られている学園内から、お嬢様を攫うことができたのか。それを手引きした者がいたからです」


 レオンが淡々と話し始める。


「お嬢様は実際にお会いしていますね。お嬢様の命を奪おうとした者、その男はウィジャラ王国の呪術師です」


「なんだって!?」


 驚きの声を上げたのはマシューだ。私達は知っていたから驚きはしなかったけど。


「ウィジャラ王国なんて! 何かの間違いじゃないですか? そんなことをするような人達じゃないです。そんな国同士の争いに繋がりかねない危険なこと、する人達じゃないですよ」


「いや、残念ながら事実だ。戦争をするために、選んだ行動だ。それがウィジャラ王国の総意ではないがな。何しろその国の王子が訪れているんだ。そんなことをすればあの王子がどうにかなることくらいわかるからな」


「そんなこと間違いじゃ」


「続ける」


 マシューの言葉を遮るレオン。ピリついた空気が辺りにたちこめた。


「ではなぜ、ウィジャラ王国の呪術師が、その国の王子が来訪しているにも係わらず、大貴族であるレトゼイアの息女を殺して戦争の火種を作ろうとしたのか」


 しんと張り詰めた部屋の中。指一本も動かせないほどの緊張感に包まれている。


「それはその呪術師を唆した人物がいたからです」


 息をする音も、心臓の音も聞こえない。静まり返った部屋の中で、ただ私達だけが立っている。


「……その者の名を教えなさい」


 痛いほどの空気を破って、私はレオンに問いかけた。


 レオンは少しだけ苦しそうな表情を浮かべた後、ひとつ呼吸を置いてから答えた。



「その者の名は、高橋ワカナ。この国の聖女です」

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